第六百八十八話
「で、こっちの時間に来たのは椿だけなのか?」
「そうですよ。コスト的な問題で私だけです!」
とりあえずリビングに移動した秀星と椿。
セフィアが無言でお茶とお菓子を用意して、椿は満面の笑みで秀星と話している。
「コスト的な問題ねぇ……」
今の秀星であっても、十年以上前に移動して過去を変えるとなるとそれ相応の準備と事後処理が必要になる。
そんな中で、椿は二十年後の未来から何度もやってきている。
それほど椿が重要な存在なのか、それとも『椿が時間移動に対して適正が高い』のか、いずれにせよ、二十年後の秀星は今の秀星と比べてとんでもなく強くなっている可能性がある。
無論、その段階であっても秀星本人が過去に飛んでこないことを考えると、秀星本人に対してのみ制限がかなり重くなっている可能性もある。
結論は出せないが。
「で、未来の俺から、今の沖野宮高校に通ってみたらどうかって?」
「はい!きっと楽しいぞって言われました!」
おそらく、二十年後の未来の秀星も、高校二年生の二学期という時期に椿が飛んできたはずなので、おそらくその意見に偽りはないはずだ。
「ふーむ……まあとりあえず、アトムのところに行ってみるか」
「え、すぐに会えるんですか?」
「まあ大丈夫だろ。多分」
断言はあえてしない秀星である。
ただ、アトムを納得させる内容が書かれた封筒を持っているので、これを手渡す必要がある。
「で、アトムを納得させる封筒っていうのがあるんだよな」
「はい!アトムさんから手渡されました!」
とのことだ。
コールは一回でつながった。
「……お、アトム。さっきぶりだな」
『こんな時間にどうしたんだ?秀星』
「いやー。二十年後の未来から来た俺の娘が、沖野宮高校に今年度だけ通いたいってさ」
『……ワンモア』
「二十年後の未来から来た俺の娘が、沖野宮高校に今年度だけ通いたいってさ」
『……リピート』
「二十年後の未来から来た俺の娘が、沖野宮高校に今年度だけ通いたいってさ」
『……いったいどういうことなんだ?』
「未来の俺の考えはさすがの俺も知らんよ……で、俺の娘は椿っていうんだけど、アトムを納得させることが書かれた封筒を持って来てるそうだ」
『未来の私が書いたものなのか?』
「そうらしい。未来のアトムから手渡しされたそうだ」
『受け取ろう。私は今、魔法省の自室にいるから来てもらおう。ただちょっと待ってくれ。一度だけ転移魔法に対する許可を出す申請をしておかないと大騒ぎになる……よし、いいぞ』
秀星は頷いた。
「それじゃあ椿。行くぞ」
「はい!」
秀星は椿の手を握って、転移!
★
「お父さんの転移は一瞬ですね!」
「転移だからね」
というわけで、アトムの執務室に転移した秀星と椿。
その二人を見て、アトムは溜息を吐いた。
「……で、そちらの子が、秀星の娘というわけか」
「はい!朝森椿です!中学三年生ですよ!」
「なんで高校に通うんだ……」
もっともな疑問である。
「それに関しても書いてるみたいですよ」
椿は封筒を取り出してアトムに渡す。
アトムはそれを受け取ると、封を切って中を見る。
四つ折りにされたA4の大きさの紙一枚だ。
それをざっと読んで、頷く。
「ふむ……まあ、明日からでも学校に通えるようにしておこう」
「え、そんな簡単に?」
「私の権限を考慮すれば編入そのものは難しいことではない。大雑把なものだが成績表も記載されているし、それを見る限り、秀星のクラスに放り込んでも問題はないだろう」
「椿って意外と勉強ができるんだな」
「ふっふーん!……え、意外ってどういうことですか!?」
言葉通りである。
少なくとも椿を見て『この子は勉強ができそうだ』とは誰も思わないだろう(失礼!)。
「君が秀星の娘というのは本当のようだ。それと……母親は八代風香かな?」
「はい!その通りです!」
「……なんでこんな子に育つんだろう」
もっともな疑問である。
「椿君。一つ聞きたいのだが、未来の私はどのような人間なのかな?」
どうやらアトムは気になったようだ。
椿はアトムをジーッと見た後、話し始める。
「そうですね……外見が年を取っているだけで今とあまり変わらないです!」
「アハハハハハハハハハ!!!」
秀星爆笑。
アトムはなんとなく答えを予測していたのか、『デスヨネー』と言いたそうな微妙な表情である。
「秀星。笑いすぎだ」
「いや、すまんすまん。あまりにも答えが予想通り過ぎて……プクク……」
まだ笑いが抑えきれていない秀星。
「未来の私の家族構成はどうなっているのかな?」
「息子さんが一人いますよ!すごく強いです!結構挑戦的な性格ですね。アトムさんとお父さんによく挑んでかなりぼっこぼこにされてます!」
「「……」」
秀星はアトムを見る。
このアトムから、そんな戦闘狂がねぇ……。
「勉強の方は?」
「そっちもすごいですよ。常に全国模試一位だったみたいです」
「まあ、私もそうだったし、そんなものか」
「どういう遺伝子だ……」
秀星はげんなりしている。
「何を言ってるんだ。秀星。君もだぞ」
「……そうでした」
アルテマセンスの理解力が模試の答案の難易度を軽々超えてしまうので結果的にそうなるのだ、仕方ないね。
「とりあえず、椿が通うことに問題はないみたいだな。そこがわかれば俺はいいや」
「私としても不安点はない。未来の私からのメッセージもあるし、椿君の影響力も悪い方には進まないだろう」
というわけで、椿が沖野宮高校に通うことが正式に決定した。
「お父さんとの高校生活。楽しみです!」
「字面がすごいな」
「あ、やっぱそう思う?」
苦笑するアトムと、賛同する秀星であった。




