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第六百七十二話

「いいですか?山登りで、なおかつモンスターも出てくるのです。ペース配分はしっかり考えましょう。皆さんは沖野宮高校の訓練で鍛えられているので、ただ山頂を目指すだけなら問題はありませんが、モンスターが出てくるとなれば緊張感が出てきます。とはいえ、冷静に見ればいいですし、ある程度の人数が揃っているので、隣の人の監視ポイントにも注意する余裕はあるはずです。協力しましょう」


 長々と説明する沖野宮高校生徒会副会長の英里。

 もちろん、説明していることは難しいことではないし、『改めて言葉にして意識し直す』ためのものなのであり、実際油断しなければ問題はないため強い口調にはならない。


 緊張感が高まるのは間違いない。

 それぞれが武器を持って、開けた場所が少ない山の中を歩くのだ。

 しかもモンスターが出現する。

 だが、冷静になれば問題はないのだ。


 英里は『余裕』というものを『無駄』と言って切り捨てるタイプではない。

 いつでも持つべきだ。

 ただし、『油断』するのは許容しない。

 だからこそ、こうして注意している。


(英里も頑張っているんだな)


 そしてそんな様子を、生徒会長の宗一郎が見守っていた。

 英里の実力や指揮能力を疑っているわけではない。

 だが、たまたま近くを通りかかったので、『英里って率いて大丈夫なのか?』と気になって見ていたのだ。


 大丈夫なのかと疑問に思う理由は単純だ。


 英里の注意を受ける生徒たちの視線の先にあるのは……英里の血塗れの棍棒と、鉄ブロックが入ったアタッシュケースである。


 流石に気になるのだ。何度も見てるけど、ていうか宗一郎にいたっては結構あれで叩かれてるけど。


「もう一度いいますが、沖野宮高校で行われている訓練は適切なプログラムで構成されています。山登りの経験が少ない人が多いとは思いますが、問題はありません。思ったより簡単に登れますよ」


 そういう英里だが……笑顔が壊滅的になく真顔なので、ちょっと思うところがあるのだ。


(まあ、能力で言えば問題はないか)


 そう思うことにした宗一郎。

 要するに、ミスが発生しても全員でカバーできるということだ。

 それは間違いない人数が集まっている。


(バトルロイヤルでは沖野宮高校側に出来た派閥をまとめていたようだが、うまくやっているな)


 納得する宗一郎。

 だがここで、英里が隠れている宗一郎の方を向いてきた。


「そこで何をしてるんですか人型粗大ゴミ」

「誰が人型粗大ゴミだゴルア!」


 怒鳴り声を出して彼らの前に姿を表す宗一郎。


「だってこう言えば居留守使わずに絶対に出てくるでしょう」

「……」


 ハメられたといえばいいのだろうか。

 だからといって人型粗大ゴミはないと思う。


「たまたま通りかかってな。ちょっと様子を見ていただけだぞ」

「そこは事実でしょう。実際、会長は緊急時の対応を兼ねているので、見て回る必要がありますからね」

「まあ、あまり意味はなさそうだがな」

「え?」

「現段階で、この森で君らがミスすることによって何かが起こるとしても、あのメイドのマスコットがいるから問題ないということだ。気がついてなかったのか?」


 宗一郎が指さした。

 全員がその先を見ると、そこではマスコット・セフィアが木の枝に立ってこちらに手を振っている。


「……気が付きませんでした」

「しかも、配備されている数は生徒一人に対して三体だ。これで何か問題が起こるのなら、逆に何が起こってるのかって話になる」

「そ、そんなに……」

「それほどしっかりした計画だということだ。まあ、気が付かないのも無理はないが、無理にいろいろ考える必要はないぞ。そもそも山登りは魔戦士としても必須とは言われないスキルだからな」


 基本的にダンジョンにもぐることが多いため、そちらのセンスを鍛えたほうがいい。


「それじゃあ、私は次の見回りのポイントに行くから、これで失礼する……必要なのか?見回り」


 最後にボソッと、見回りの必要の意義に対して疑問を持っているかのようなつぶやきとともに、宗一郎は去っていった。


「……とまぁ、そういうわけなので、深く考えずに行きましょう。ただ、あのマスコットがいる以上、喧嘩はいいですが、誰かを一方的に攻めるのはやめてくださいね。マスコットの右ストレートで沈められますよ」


 と英里が言って、それを聞いた生徒たちがマスコットのほうを見る。

 すると、マスコットが右手でシュシュッとやっているが……正直、全然強そうではない。

 ただ、沖野宮高校にいると、たまに大馬鹿をやらかすものがいるので、そのたびにあのマスコットの鉄拳(綿拳?)で制裁されている。


 そのため、こういった脅しはしっかり通用するのだ。


「あの、副会長」

「なんですか?」

「あのマスコット。本気出したらどれくらいのパンチ力があるんですか?」

「山にトンネルを作れるくらいじゃないですか?」


 全員がゾクッとした。


 そもそも、それでイメージできるのかという話なのだが、実はできてしまう。


 魔法学校の建設時、どうしても山を迂回しなければならないルートが存在したのだ。

 交通網は重要である。

 そして突貫工事で山にトンネルを掘るか。という話になったとき、秀星が登場したのだ。

 彼は山に拳を叩き込み……一撃で、山の反対側まで穴をあけたのである。


 その時の映像は残っており、沖野宮高校の生徒は知っているのだ。


 だからこそ、それを理解し、そしてあのマスコットにそんな出力が出せることに恐怖する。


「……おとなしく、ついていきます」

「そうしてください」


 というわけで、沖野宮高校の『派閥』である二十人は、恐怖に支配された統制のもと、山頂を目指すことになった。

 聡子が聞いてたら、『こんなはずでは……』と嘆いたことだろう。

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