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第六百七十話

 次の日の朝。

 ストレッチをした後、山登り開始である。


 とはいえ、少年自然の家じゃあるまいし、全員でゾロゾロ集まって目指しても仕方がないので、生徒ごとに出発地点と出発時間が異なるようになっている。

 もちろん、山にはバスで高速道路に乗って移動して到着した高い山なので、素人が登るにはちょっと時間がかかる。

 内部で合流することは認められているのだ。


 速度制限を設けられた秀星だが、『一番速く頂上に行く』という点では彼は同率三位だろう。

 基樹と宗一郎にも最大速度が決められていて、その速度は三人とも同じだ。

 そして出発時間は同じ。出発地点から頂上までの距離もほぼ変わらない。

 そのため、途中にある木をすべて斬り倒して、モンスターを殴り飛ばして、まっすぐ頂上に向かえばいいのだ。

 単なる自然ごときに神器使いを止める術は無い。


 そのため、『自然破壊は禁止』とUSBメモリに書かれていた。

 じゃあ飛んでもいい?となったが、こちらも駄目だった。


 とまあ、それらをはじめとして禁止事項が数多くあったのだが……。


「なあ秀星」

「なんだ?来夏」

「オレのバールで空間をぶち割るやつって転移に該当するのか?」

「……さあ?」


 ただ、聞いたとしても許可は出ないだろう。


 今回の趣旨は『全員が時間制限内に頂上に着くこと』である。

 そんな状態で、森中の空間に穴をあけまくってトンネルなど作ったら興ざめだ。


「ていうか来夏はUSBもらってないのか?」

「神器使い以上に渡しても意味がないからって言われたぞ」

「それには同意する」


 秀星も持っている『ギャグ補正』という力は圧倒的というより意味不明だ。

 秀星でさえいまだどういうものなのか明確な答えが出せずにいる。

 正直、多少ルール作りが得意な程度で扱えるようなものではない。

 そう考えれば『なるようになってくれ!』と神に祈って何とかなることを祈るしかないのだ。

 幸い、秀星の家に行けば神はいる。

 堕落神だけど。


「意外と穴が多いルールだなぁ」

「多分俺たちがいるからだと思うぞ。だって現代日本はまだ理不尽じゃないもん……多分」


 ちょっと自信が持てない秀星。

 風香は神器を持っていないのに最近成長がすごいし、このままいけばどうなるのやら。と思わないわけではないのだ。


「ただ、今回オレたちは『緊急対応』が仕事だもんな」

「俺も含めて、一部の生徒は自力でサクサク進んで山頂まで行けそうだもんな。ただ、それができない生徒たちも出てくると予測してるから、その時の対応だ。だから俺たちは最初に山の中に入ることになったみたいだし」


 秀星と宗一郎と基樹と来夏の四人は、地点は別だが出発時間は全員が同じで最初だった。

 そして、すでに秀星と来夏は合流している。

 速度制限がある割にすごい速度だが、もちろん空間を割ってきたからだ。 

 そもそも禁止事項が来夏には存在しないので、普通にやってきたのだ。

 最初、『バールで空間を割るのがルール上問題ないのか』という質問をされたのはそれが理由である。


「ちょっと電話してみるか」

「だな」


 聡子に電話してみる。


「あ、聡子さん。秀星です」

『どうかしましたか?』

「ちょっとルール確認ですね」

『ルール確認?』

「今、来夏が隣にいるんですけど……」

『……空間を割りましたね』

「そうらしいっすね」

『……生徒たちの緊急対応の際に、即座に動ける力があり、それをむやみに制限するつもりはありませんが、あまり使わないでください。来夏さんが山頂と麓を空間を割って繋げたらそもそも企画が成立しないので』

「わかった。適度な倫理観にのっとって行動することを善処させておく」

『……いや無理でしょう』

「当然ですね(笑)」


 ちょっと楽しくなってきた秀星。


『はぁ、来夏さんが来た時点でこうなることはある程度分かっていましたし、来夏さんも常識を知らないわけではないので問題はないということにしましょう』

「問題はないのか?」

『だって意味がありませんよ。そもそも空間を割って繋げることそのものは、秀星さん、基樹さん、宗一郎さんなら可能でしょう』

「まあそれは確かに」

『緊急時であればそれは有用な力になりますから、そちらも制限するつもりはありません。ただ何度も言いますが、倫理観を持って行動してくださいね。それでは』


 通話終了。


「で、どうだった?」

「……適当にやろう」

「なるほど。要するに答えになりそうな答えが全然出てこなかったんだな!」


 ギャグ補正は最強だ。

 シリアスだろうがなんだろうが容赦なく踏みつぶし、自分が一番得する空気と状況に作り変える。


 尤も……それでも許されるような生き方をしているのが、一番楽しいといえば楽しいのも事実だ。

 だからこそ、来夏は常に楽しそうな顔をしているのである。


「さてと……昨日の夜の時点で、五人くらいそわそわしてるやつがいたんだよなぁ……」

「ん?ああ、メンバーの脱退の話か。まあ大丈夫だって!どうせチームに入ってたって入っていなくたって、オレや秀星じゃなかったら描写量ゴッツ少ないからな!」

「メタいこと言ってんじゃねえ!」


 絶叫が森の中に響き渡るのだった。


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