第六十七話
「秀星君って生徒会室に入ったことある?」
風香と一緒に学校の廊下を歩く秀星。
頭の片隅で、『学校の放課後は吹奏楽部が練習しているが基本静かだな。あ、マーチだなこれ』と思いながら歩いているが、その先に待っている場所を思いだしてげんなりする。
「あるわけないだろ。ていうか、生徒会室に呼びだしって……俺まだ悪いことばれてねえぞ」
「自首してるよ?それ。あと……悪いことをした時に行くのは生徒指導室じゃないかな」
「それもそうですねー……」
返答が適当になってきた秀星。
生徒会室。
沖野宮高校ではそこまで表立って行動している訳ではない。
別に進学に影響するという話も聞かないし、時折姿を見るが、特別何かすごいことはないはずだ。
秀星が気になっているのは、生徒会長の戦闘力の方である。
少数精鋭を座右の命(と言うわりに最近メンバーが増えてきているが)とする『剣の精鋭』のリーダーである来夏よりも強いとなれば、その戦闘力はまぎれもなく高い。
悪いことではない。
それにくわえて、静観しているということになる。
興味はあるのだが、会うほどの相手だとは考えていなかったのだ。
あと、秀星は剣の精鋭でこそ切り札的存在だが、沖野宮高校ではただの一般生徒である。
成績は良いし、運動もできるし、普段から美少女が隣にいる気もするが、一般生徒である。
何か良い気分がしないのだ。
「ここだね」
「……普通だな」
大した権力も持たない普通科高校の生徒会室などそんなものだが、ものすごく普通だ。
ノックをする。
すると、不愛想な表情をした黒髪の女子生徒が扉を開けた。
二年の先輩である。
左手にアタッシュケースを持っていた。
「いらっしゃいませ。会長はあちらです」
先輩が右手を向けた先には――
「……寝てんじゃん」
自作感がすごいソファで、顔に数学の教科書をおいて寝ている人がいた。
イビキが出ない体質なのか、意外とすやすや寝ている。
「なあ、俺達って、放課後に呼ばれてきたんだよな」
「その通りです。起こしますのでソファで待っていてください」
会長が寝ているソファの反対側には、ミニテーブルをはさんでもうひとつソファがある。
こちらは普通に購入したものだろう。
秀星と風香が座ると、女子生徒は生徒会長のところに行った。
「会長、二人が来ましたよ。早く起きてください」
「zzz……」
起きない。
女子生徒が体をゆすっても起きない。
どうするのだろうかと思ってみていると……。
「フンッ!」
「おぐげあっ!」
なんと、持っているアタッシュケースを、教科書ごと顔面に打ち付ける。
奇妙と言うか、何かまずいものをつぶしたような声を出しながら悲鳴を上げる生徒会長。
教科書をとって体を起こす。
その眼鏡は割れていた。
「あ……」
生徒会長は眼鏡を近くにあった『燃えないゴミ』と書かれたゴミ箱にいれると、ミニテーブルの引き出しから新しい眼鏡をとりだしてつける。
「……さて、朝森秀星と八代風香だな」
「あの、さっきまでのやり取りを全部スルーするような雰囲気出すのやめてくれません?大丈夫なのかどうかのラインがいまいちよく分からないんですけど」
さすがにアタッシュケースで顔面強打は目にも精神にも衝撃的である。
何事もなかったようにされてもこちらが困るというものだ。
「……別にいつも通りだ。気にすることではない」
「……そうですか」
そうなると、もう秀星がかかわるべきではない。
本題に入った方がいいだろう。
秀星と風香はそう感じた。
「自己紹介がまだだったな。私はこの学校の生徒会長、鈴木宗一郎だ」
「副会長の古道英里です。よろしくお願いします」
お辞儀をする英里。
不愛想な感じだが、礼儀は正しい感じだ。
「あ。本題どうぞ」
「そうさせてもらおう。今回君たちを呼んだのは、九重市で起こっていることについてだ。あまり人数が多くてもいいことはないから、剣の精鋭の切り札である君と、九重市の魔法社会事情に深くかかわっている八代家の長女である君を呼ばせてもらった」
「事情は大体わかりました」
秀星が言うと風香もうなずいた。
「九重市にアメリカ人がかなり送りこまれているのは知っているな?」
「もちろんです」
「私も調べました」
宗一郎は頷く。
そして言った。
「ほぼ全員を疑った方がいいぞ」
「え、全員ですか?」
風香が驚いた。
一体誰がかかわっているのか、いないのか、それらが全く分からなかったのだ。
必死になって調べているのが現状である。
だというのに、この生徒会長は『全員を調べるべきだ』と言いきった。
「今この町に送りこまれているアメリカ人は、チーム『アストログラフ』のメンバーだ。日本で言うプラチナランクチームだな。ちなみに、ほぼ、といったのは、ルイス家のみがそれに該当しないからだ」
「なるほどなぁ。ていうかプラチナランクって……そんな重要な立ち位置のチームを送りこんでくるとは……」
「これが送ってくるんだよ。目的はおそらく、秀星。君の評価の暴落、君本人の暗殺、いろいろあるだろうが、勧誘してくる者たちもいるだろうな」
ある程度は予測している通りだ。
「ちなみに聞いておきたいのだが、秀星、君にハニートラップのようなスキルは通用するのか?」
「いやまったく」
エリクサーブラッドが生み出す効果はいずれも常時発動であり、切れることはない。
ハニートラップと言うのは、エリクサーブラッドから見れば『魅了』という状態異常にかけられていると認識する。
そのため、感じるとしてもすぐにそれらは沈黙するのだ。
「まあ、それは大体察していたがな……剣の精鋭について調べたが、はっきり言ってハーレムじゃないか……」
「ですが会長。関わりたくはないと豪語していましたよね」
「無論だ。あんな手に負えない猛獣ばかりのチームを制御できるわけないだろ」
ヒドイ言い分である。
そしてできることなら少しの期間でもいいから変わってほしいと六割くらい本気で思った秀星である。
「あと、君はルイス家について何か知っていることはあるか?」
「いえ、特に何も」
「君たちのチームに所属し、それをメンバー全員に受け入れられると分かった瞬間、彼女は『安心』したはずだ。それは察したか?」
「さすがに分かりました」
「その理由だが……英里」
「はい」
宗一郎が英里を呼ぶと、英里はタブレットをとりだしてこちらに見せてきた。
「……サクリファイス・サンクチュアリ・プロジェクト?」
「生贄を見つけるのではなく作りだそうと考えられたものだ。魔法社会では、様々な『儀式』が存在する。それらに適合する生贄の選別項目は毎度異なるのだが、全てに該当させることが出来る『体質』がある」
「簡単に言いますと、その体質を持つ人間のDNAを魔法視点から解析することで、儀式の成功率を格段に上げることが目的です」
「……」
秀星は考える。
そもそも、現在の時点でアメリカが持つ魔装具の力は弱くない。
その状況で、一体何を求めているのかが分からないのだ。
魔獣島の未開拓の部分に進出するためなのか、それとも犯罪組織にかかわることなのか……可能性はいろいろあるが、分かっているのは『生贄と言うのは個人的にもダメ』ということである。
「多くの儀式に適した体質か……」
秀星はチラッと風香を見る。
すこし、顔が蒼くなっていた。
一年間もの間、奴隷になっていたことを掘り返された気分なのだろう。
「じゃあ、エイミーはずっと狙われ続けていたのか?」
「その通りです」
英里がタブレットの画面を操作すると、様々な『事件』が記載されている。
破壊痕がかなり目立つものだ。
ほとんどはアメリカだが、日本でもそう言った爆発関係のことをやっていたようだ。
「……ひどい」
風香がそれを見て表情を変える。
破壊痕がたくさんある。
それは要するに、事件の被害者は一般人にも及んでいるのだ。
データを見ると、その数は十万人を超える。
一人や二人の人間を追うためだけに、これだけの人間が被害にあっているのだ。
本人たちにとっても苦しいものだろう。
「私が君たちを呼んだ理由だが、『アストログラフ』の壊滅について考えているということもある」
「え、潰すの?」
「そうだ。もともと、生贄と言うものは認められていない。法的なものではなく、あくまでもモラル的なものだがな。第一、それが認められてしまえば、犠牲者の数は考えられないレベルになる」
それもそうだ。と秀星は思った。
「それと……メイガスラボを覚えているか?」
「勿論覚えてる」
風香を隷属状態にしていた犯罪組織だ。
全員を眠らせて、資料も全部奪ったので、実質的にもう存在しないだろう。
「アストログラフは、メイガスラボと密接な関係があったことが分かっている」
「……なるほどね」
隣を見ると、風香が震えている。
「……続きはまた今度でいいですか?」
「構わない。時間をとらせたな」
秀星が立ち上がると、風香もついてきた。
ただし、何も言わない。
その表情を見て、秀星は察した。
(ヤバいな。特攻しかねない。釘は刺しておく必要があるかもな……)
風香の目は、雫があの船で見せたあの目と似ていた。