第六百六十一話
「うーわ。なにあれ」
「出力が凄まじいことになってるな……」
雫と羽計は、遠くから風香の無双を見て絶句する。
「私達、今は私の『風の力で察知されない』アイテムを使って誤魔化してるけど、それがなかったら容赦なく倒されてたかもね」
雫が使うアイテムは、元々彼女が所持していた『カースド・アイテム』だ。
一度過去に戻っていじった際に呪いの部分がなくなったので普通のアイテムのようなものだが、それでも、彼女と一緒にい続けたアイテムたちなので使い続けている。
基本的に短剣を二本使った接近戦だが、弓や大剣など様々である。
「もしそうなったら私は雫をおいて全力で逃げるぞ」
「あの風香ちゃんから逃げられるならご自由に。ただ、風香ちゃん。本当に強くなったね」
「ああ、未来から椿が来たあたりから、凄まじい成長速度だ」
「やっぱり秀星君を意識しちゃうんだろうねぇ」
「まあ、未来から娘がやってくるとか、普通なら考えられないからな……」
そう、普通なら考えられない。
だが、秀星たちは普通ではない。
「さてと、とりあえず風香ちゃんを避けて他の生徒を狙いに行こうか。羽計ちゃんの戦法は付与術を使ったものだし、もうちょっと常識的なところに行きたいでしょ」
「それもそうだな」
二人は移動することにした。
「……そういえば、羽計ちゃんは勧誘とかどうなってる?」
「主に道場からだな。私は体中に魔力をいきわたらせて強化するが、それらを応用する技術を学ぶためにって誘われることが多い。ただ……その道場に通っている生徒が天窓学園にいて、その生徒の技術を見る限り、価値はあると思った」
「なるほど、羽計ちゃんは興味があるってことだね」
「ああ。雫はどうなんだ?」
「私のほうは戦力兼雰囲気で誘われてるね。私を誘ってるのは私が入ってた孤児院の先生なんだよ」
「なるほど」
ドリーミィ・フロントの三人。アトム、竜一、道也がいた『黄昏荘』という孤児院だ。
そこの先生から呼ばれているということである。
最も、剣の精鋭は来夏からの招集がない限りかなり自由なチームなので、言うほど抜ける意味があるのか?と羽計は思ったが……。
「あちこちで勧誘合戦が始まってるからね。ちょっとだけ移動するとなれば、それだけで結構税金がかかるらしくて、私のほうに先生から電話があってね。来ないかって言われてるんだよ」
「雫はどうなんだ?」
「そうだねぇ……お兄ちゃんに話したら前向きにとらえてたよ。剣の精鋭からのチームの脱退例って結構すごいみたいだし」
「そうなのか?」
「アトムさんが率いるドリーミィ・フロントって四人チームだけど、全員が剣の精鋭にいたことがあるみたいだよ」
「……まあ、来夏なら抱えていけるだろうな」
「そうだね。器っていう面でいうと、やっぱりすごいと思うよ。その点では秀星君よりもすごいかもしれないね」
秀星は確かに強いし、その手が届く範囲が圧倒的なので世界くらい変えられるだろう。
だが、それだけなのだ。
『世界』を抱えることはできても、『人』を抱えられるような人間ではない。
「だから、私もそっちに行ったほうがいいかなって思うんだ。というより、いつ抜けても結果が変わらないような、そんな気がする」
「確かにな」
来夏について考えるとき、常識とか社会的通念とか論理的整合性にとらわれてはいけないのだ。
それを一瞬でもしてしまうと、まったくもって諸星来夏という人間から遠いものを見ていくことになる。
「剣の精鋭にとっての転換期なのかな。エイミーちゃんと千春ちゃんもセットで呼ばれてるし、アレシアちゃんもエインズワース王国からいろいろ言われてるみたいだよ」
「アレシアも?」
「うん。まあ、剣の精鋭は来夏とアレシアちゃんが作ったチームだから、これまではいろいろごまかしてたみたいだけど、エインズワース王国は王族が明確に権限を持ってるからね。アレシアちゃんは日本にいながらもエインズワース王国の情報をしっかり集めてるし、とても賢いから、その手腕を発揮してくれって言われてるみたい」
「ふむ……なるほどな」
アレシアはエインズワース王国の第一王女だ。
現在はアースーが奮闘しているはずだが、アレシアの力だって必要な時がある。
そして『アレシアが権限を持っている』ということは、エインズワース王国のリソースのうち、いくつかをアレシアが握っているということだ。
アースーからすれば帰ってきてほしいというのが本音だろう。
「まあでも、脱退と再入の回数が一番多いのはアレシアちゃんみたいだけどね」
「リーダーが来夏だからな」
「そういうこと」
そりゃ苦労は多い。
『まあどうにでもなるか。うん』と思うのが一番いいのだが、幼いころのアレシアにそれができたかと言われればそれは無理というものだ。
「……そもそも、アレシアはなんで来夏と出会って、そして一緒にチームを作ったんだろうな」
「もともと来夏って『獣王の洞穴』っていうチームのメンバーだったよね。そこが何か関係してるのかな?」
剣の精鋭の誕生経緯。
まったくもって不明だが……。
「お、生徒がいた。行くよ羽計ちゃん!」
「そうだな」
今はそれに対して、答えを求める時ではない。




