第六十六話
『緊急伝令!警戒レベルをマックスにしろ!剣の精鋭の朝森秀星に発見されている!』
誘拐した被害者を乗せたトラックの列。
向かっているのは、巨大なタンカーだ。
これを使って別の国に密入国し、治安が悪く、警察組織が甘い地域を経由して売りさばくのが『サクリファイス』のやり方。
十台あるトラックの荷台にいるのは、ほとんど……いや、全員が魔戦士だ。
実のところ、魔戦士の人間を誘拐するということは、魔戦士ではない人間にとって困難である。
魔戦士は普通の武器では対応できないレベルの装備を持っていることも多いからだ。
そうなると、魔戦士を誘拐するのは魔戦士と言うことになる。
さらに言えば、魔戦士と言うのはまだそれそのものがよく分かっていない場合も多いので、多くの『裏』を持つ資産家が買いたがっている場合もある。
「朝森秀星?一体誰だ?」
「さあ?知らねえよ。ていうか、前回も緊急警報なんていって何もなかったじゃねえか。どうせ今回もガセだろ」
トラックの運転手と、その助手席に座る銃を構えた二人の若者はそう言った。
裏組織とは言え、人である。
クライアントの言うことはしっかり聞くが、別に百点満点を毎回取ろうと思っている訳ではない。
それに加えて、若いものはネットサーフィンをよくやるものだが、調べているのは自分が興味を持った記事だけだ。
サクリファイスの拠点はアメリカにあるわけだが、組織の規模が大きすぎて教育が末端に人間に行き届いていない。
結果として、『警戒すべき対象が分かっていない』のだ。
九重市で秀星のことを考えない魔戦士などいない。
表であれば、功績のある魔戦士と言うのは話題になるので、あることないこと噂で広がり、それが続けば、噂のレベルでも一流になる。
だが、裏と言うのは、構成員の勤勉さはそれなりに差が出るのだ。
「それにしても、楽な仕事だったな」
「ああ。あんなに魔戦士がたまってるなんて思ってなかったぜ」
八代家は誘拐された人数を五十人と判断したが、これは『最低でも』という条件付きだ。
魔戦士と言うのは見ただけでは分からないからである。
実際、五十人と判断された後で、また被害者は出ていたのだ。
魔力が単純に多いだけの人間もいるのだが、魔力を見れる風香ならともかく、他の人間はそうではない。
だが、九重市と言う場所は、他に比べれば楽な条件がそろっている。
広いだけでランクが低く、小遣い稼ぎで訪れるものが多いダンジョン。
そのダンジョンに挑むために引っ越してきたのか、あまり戦闘力は高くない魔戦士たち。
しかも、かなりの人数がいた。
ダンジョンに潜るのは魔戦士だけだ。少し張り込んでいれば容易に特定できる。
「さーて、ちょっとは警戒しているフリでもするか。あまり無防備だと上がうるさいからな」
「クソめんどくせえな。しっかり調べてから警報を出せって――」
彼らの会話は、ここで止まる。
目の前の地面、いや、制動距離的にギリギリ止まれるくらい先の地面が、レーザーによって破壊されたからだ。
「あぶねえ!」
急ブレーキで止まると、ようやく事の重大さがわかったようで、トラックから降りる。
他のトラックからも構成員が降りてくる。
その顔にあるのは驚愕だ。
そもそも朝森秀星という魔戦士のことを知らない。
破壊された地面の先。
そこには、金の魔法拳銃を持つ秀星がいる。
「誰だてめえ!」
「アメリカではまだ有名じゃないのか?俺が朝森秀星だよ」
警戒対象をマックスにするという伝令。
それの原因となる人物が目の前にいる。
レーザーのこともあるだろう。全く警戒していないというわけではない。
だが、その警戒は、『本当に最大限やっているのか』というものではないだろう。
そもそも、緊急警報の場合、その対象となる障害は問答無用で殺害しても構わないのだ。
それくらいの気持ちでなければ、理不尽に見舞われるだけ。
その通りに従ったとして勝てるかどうかは別問題だが、それくらいのことはしなければならない。
犯罪組織特有の平和ボケである。
「なら、お前を打ち取れば昇格だな!」
アサルトライフルが弾丸をばらまく。
もちろん、魔戦士に対応するための強化装備だ。
SATの盾であってもボロボロにできる。
「……」
秀星はトリガーを引いた。
すると、拳銃から光り輝く刃が出てくる。
その刃は、弾丸をすべてを切り壊した。
斬る。というよりは破壊する。のほうが正しいだろう。
「何!?」
「やっぱり何も知らないんだな。知ったうえでこの程度のことしかしてこないのなら、アメリカの犯罪組織は大したことがないということになるが。そのあたりどう思う?」
「ふ、ふざけんじゃねえ!」
二十人を超える構成員が様々な銃器を構える。
全員がトリガーを引き絞り、大量の弾丸が秀星に向かう。
「……」
秀星の表情に怒りが混じる。
すると、魔力の奔流があたりを駆け巡った。
飛んでいた弾丸ごと、構成員を吹き飛ばす。
トラックに激突したり、床を転がったり、散々なことになっているが、武器だけは手放さなかった。
「ど……どうなってやがる」
「いや、単純に、お前たちが知らないだけでこういう技術もあるというだけの話だ。ところで、攻撃は終わりか?」
秀星は銃口を構成員たちに向ける。
すると、一番近くにいた人間があわてた。
「ま、待て!まだ攻撃はする。攻撃はするぞ!」
発言した本人も、周りにいる者たちも、顔をしかめただろう。
普通に考えて、こんな返答をしたとしても意味などない。
しかし。
「そうか。なら、そうするといい」
銃口を降ろした。
安堵とともに、恐ろしくなった。
はっきり言うと、逃げたい。
だがここで逃げても、後で処刑される。
ただ殺されるだけならいいだろう。拷問の末にそうされても不思議なことは何もない。
「なら、じっくりと味わえ、俺たちの傑作品をなあ!」
そういってポケットからスイッチを取り出すと、ボタンを押す。
すると、トラックのうちの一つの荷台が開いた。
その中から、巨大な大砲が顔を出す。
「弾倉は一発だけで、発射にも大量の魔力を消費するが、威力を重視して作った特設の砲台だ。じっくり味わえ!」
二つ目のスイッチを押した。
大砲がうなり声を出し始める。
「……」
秀星は何も言わない。
大砲が自分のほうを向いても、何も恐れていない。
「どうした。あまりのスケールにビビってんじゃねえのか?」
「……はぁ」
秀星は答えずに溜息を吐くと、拳銃の銃口を上に向ける。
「いったいどこに向かって――」
秀星が拳銃のトリガーを引くと、上に魔方陣が出現する。
すると、空中に浮遊する大砲が出現した。
トラックに積み込まれていたものよりも何倍も大きく、装飾も過多である。
すべてが黄金色に輝き、兵器であるが、武骨さは感じない。
あえて見せているのか、中の機構が露見している部分もあり、それすらも黄金色に輝いている。
圧倒的なスケールに加えて、芸術的な神々しさを併せ持つ。
そんな大砲が、浮遊していた。
「な、なんだよそれ……」
「お前が敵に回した敵の武器だ」
「だ、だが、それほど大きいものなら発射までに時間がかかる。それにわかってんのか?トラックの中には、この町の人間がいるんだぜ!」
「ああそれだが……お前たちがトラックの荷台に被害者たちを詰め込んでから運転席に座るまでの間に、トラックごと取り替えておいたぞ」
一瞬、理解できなかった。
あわてたように全員が荷台を確認する。
当然。空っぽだ。
「ウソだろ。俺たちは自分のキーで運転していたはずだ」
「お前たちの車のキーを調べるくらいなら簡単だ。見ればわかる」
その時、トラックに乗せられていた大砲が膨大なエネルギーを放出し始める。
「どうした?ご自慢の大砲が数秒後に起動するのに、顔面蒼白だぞ」
「は……ハハハ……当然だろ。なんなんだよお前」
「神でも悪魔でもない。人間だよ。ただ、化け物だ」
砲弾が発射される。
だが、次の瞬間、秀星の上に浮遊する砲台が、恐ろしく太いレーザーを放射した。
弾丸を一瞬で蒸発させて、トラックも、構成員も、断末魔が響く間もなく消え失せる。
後には、何も残っていなかった。
だが、もとからあった地面には何もなかった。
「……アメリカの大手犯罪組織の傑作品か……」
秀星は砲台を引っ込めると、それからは何も言わずに帰って行った。