第六百五十七話
「ほー。集まってるみてえだな」
来夏は獰猛な笑みを浮かべる。
ダンジョンの中には、『隠れる場所がありながらも開けているエリア』が存在する。
確実に意図的に作られた場所だが、利用しない手はない。
生徒の数の総数が九十六名であることは変わらないので、戦争を始めるとなるとそれ相応の規模になる。
「だいたい四十人くらい集まってるな。二十人ずつくらいでリーダーに向いてるやつがいるってことになるが……まあそこは別にどうでもいいか」
来夏は集団を見つけたからといってすぐに直行するようなタイプではない。
意外かもしれないが、『今よりも後にしたほうが良いかも!』というのが勘でわかるのだ。
遠くにいても判別可能なスキルを持っているからこそである。
「……やっぱり行こう!」
しかし、『え、なんで今くるの?』という顔をされることはギャグ担当の冥利に尽きるというものなので、勘でなんとなくわかってもそれを無視して直行することはよくある。
来夏の場合は多くのものが見えているのでだいたい確信犯だが、それをここで攻めたとしても生産性はないので放置しよう。
「というわけで、おりゃあああああ!」
空間にバールを振り下ろす。
なんの変哲もないただのバールだ。
魔法的な付与すら一切かかっていない。
もっと言えば、空間をぶち割っているときですら魔法的な付与は存在しない。
普通なら地面に直撃して手がしびれるだけなのだが、来夏がやると話は別……になってほしくないと思うところがなくもない。流石に地の文に乱入は勘弁だからな。
とにかく、バールが何もない空間に振り下ろされ、バキャッ!という音とともに空間にヒビが入る。
ベキベキと押し込むようにひび割れた空間を曲げて、自分が通れる大きさまで広げる。
先程まで動きがうるさかったはずだが、来夏の登場によって気温が十度くらい下がったような気がする。
「よーしお前らー。こっからはオレも混ぜろよ!」
大剣を構えて吠える来夏。
(うーん。剣の精鋭メンバーはいねえみてえだな。まあ単騎で強いやつがほとんどだし、連携なんて壊滅的だもんな)
客観的に評価しているようだが、単騎で強くて連携が壊滅的なのは人のこと言えない。
……と思われるが来夏は高志と組むと『このクソド畜生がああああああ!』と思うほどの連携を発揮する。
そもそも全体が見えている来夏に連携ができないわけがない。
「フフフ。どこからでもかかってこいよ。来ないならこっちから行くぜ」
来夏が獰猛な笑みを浮かべた。
ただこれに対して、生徒たちは思った。
『今持っているチートアイテムを使えば、ライカにも勝てるのではないか?』と。
来夏は今回、ダンジョンを徘徊し、たまに空間をぶち割って転移してくるボスキャラだ。
……なんだかクソゲー感が増してきたような気がしなくもないが、一応ボスキャラなので、倒せば討伐人数に大幅の加点が入る。
ちなみに、沖野宮高校の生徒たちの中には『神器』について勉強しており、秀星や宗一郎、基樹は持っているが、ライカが持っていないことを知っている者もいる。
要するに、出力がこの三人の男子生徒に比べて極端に低いのだ。
(勝てる。勝てるぞ!)
そう考える生徒たちは多い。
「ん?なんかやる気みてえだな」
来夏もその雰囲気を感じ取る。
そして……。
「っしゃあああ!お前を倒して加点ポイントを手に入れてやるうううう!」
天窓学園の生徒が剣を手に突っ込んでくる。
ちなみに『加点ポイントって重語じゃね』というツッコミは放置させてもらおう。人間、気合が入ったときにセリフがおかしくなるのはよくあることだ。
男子生徒がその手に握っているのは緑色の実用性の高そうな剣だ。『ポイントチケット』を投入するための自動販売機のお札入れみたいなパーツが鍔にあるので、おそらく秀星が用意したものだろう。
性能は高く、突っ込んできているが遠距離攻撃も可能のはずだ。
とはいえ……。
「そんくらいじゃオレには勝てねえよ!」
大剣を真横に一閃。
男子生徒はそのまま壁に激突して退場していった。
ちなみに、膜のようなものが存在してそれがダメージを受けるので、人体にはなんの影響もない。
「クックック。さあ、次は誰が来るんだ?さっきも言ったが、来ないならこっちから行くぜ?」
悪い笑みを浮かべる来夏。
多分正義の味方としてキャスティングされることはないだろう。そんな顔だ。
「う、嘘だろ……あのチートアイテムを使っても勝てねえのかよ……」
天窓学園の生徒がつぶやく。
どうやら先ほどの男子生徒が使っていたアイテムは本当に強かったようだ。
まあ秀星かセフィアが用意したものなので、そりゃクオリティは高いだろう。
「そんな程度じゃオレには勝てねえなぁ。もうちょっと気合と根性入れてこいよ!」
気合と根性でお前をどうにかできるなら世の中苦労しない。
とはいえ、来夏を倒すというのは本当に難しい。
秀星ならば出力で押し切れるのだが、生半可な力だとギャグ補正で『効かーーーん!』となる。
どれほど緻密に組み上げた戦術であろうと、鍛え上げられ、完成された肉体による攻撃だろうと、そこに『真剣さ』や『真面目さ』が存在する限り全て通用しない。
実は基樹であっても、『来夏の相手は嫌』なのだ。宗一郎は若干ギャグ補正入ってるから問題はない。と思う。
そもそも戦いというものは、お互いに同じ法則の中で戦うからこそ成立する。
二人以上の戦術の土台になる法則が存在するということだ。
だが、ギャグ補正を持つ来夏にそのようなものは存在しない。
そのため、『真理』に依存するものは、絶対に勝てない。
諸星来夏は、そういう魔戦士なのである。
「さあ、オレからは逃げられねえぞ。戦闘開始だあああ!」




