第六百五十一話
空閑光輝とその取り巻き二人が結界の中に入る。
秀星もその中に入った。
「……何ニヤケてるんだ。すでに勝った気になるのはどうでもいいけど、目の前にいる敵に集中しろよ」
三人の視線が一々聡子の方にチラチラ向かっている。
ただ、秀星のそれを余裕と受け取ったのか、光輝がムッとした。
「うるさい!俺は優れた才能がある。お前なんかに負けるか!」
「昔の自分を見ているようで痛々しいなぁ。別に合図もないし、自分の好きなペースでかかってこいよ。現実を教えてやるから」
「行くぞおおおお!」
光輝が突っ込んでくる。
手に持っているのは、一体どこで手に入れたのかわからないような黄金の剣。
しかも、秀星が見る限りそこそこ性能がいい剣だ。
戦いにおいて素人が持つ剣ではない。
とはいえ、そんなものが当たるわけがない。
ヒョイヒョイと回避していく。
「くそっ、避けるな!」
「別にいいけど、まずは当てられるようにあっちの二人と連携を取ることを考えたらどうだ?杖をそれぞれ持ってるってことは魔法使いだろ?」
「あいつらは能力強化と回復魔法がそれぞれ得意なんだ。戦うのは俺だ!」
仲間にブーストと回復を任せて、自分は特攻する。ということなのだろうか。
一ターン一回行動のRPGのような戦い方である。
しかも特攻するやつだけがレベル高め。
「いや、得意分野がそれだからって言っても、普通の魔法が使えないわけじゃないだろ」
「俺が戦ったほうが速い!」
「ふーむ……まあ確かに、君に今かけられている『身体能力強化』と『疲労回復』は実用的だし、君の剣術も悪くはないんだけどなぁ……」
「じゃあなんで当たらないんだよ!」
「俺が出せる最高速度が速すぎて、君が出せる程度の速度だと普通に見えるんだよね」
言いたいことを簡潔に言うと、駆け引きもくそもないのだ。
「くそ、なら魔法だ!」
「え、奈良魔法?」
「そんなもんあるか!」
「あるぞ。『大仏砲撃』っていうカテゴリがあるんだ。大仏の幻影を見せつけてビビらせたうえで、大仏の口部分から砲弾をばらまいて殲滅するんだけど、これの一つに『奈良魔法』っていうのがある」
「……」
光輝が『嘘だろ……』という顔になったが、秀星は気にしない。
「で、どんな魔法を見せてくれるんだ?全部当たるわけないからかかってこい!」
「うるさい!馬鹿にするな!『エクスプロード・バースト』!」
そう宣言すると、数秒後、秀星のすぐそばの空間が収束し始める。
そして、一気に爆発。
当然、秀星は爆発する前に範囲外に移動している。
「やはり当たらないか」
「宣言しているものとは全く効果が違う効果を発する魔法を使うとあてやすいぞ」
「どういうことだ?」
「こういうことだ。『髪の毛チリチリ』!」
光輝の頭を指さしながら、秀星はそんなことを宣言する。
光輝は何も持っていない左手が頭のほうを触ろうと動かす。
しかし……。
「うおわっ!」
カクーン!と光輝の膝が曲がった。
そのまますっころぶ光輝。
「な、なにをしたんだ!」
「ん?答えは簡単だ。『髪の毛チリチリ』っていう名前の『膝カックン魔法』だ」
「お、おちょくりやがって……」
「見ていて面白いからね。仕方ないね」
どうやら『そういう手』で行くようだ。
「フフフ。いろいろこういう手は用意しているからな。例えばこういうのもあるぞ。『永久脱毛光線』!」
秀星の指から光線が出てきて光輝に迫る。
「うわっ!?」
光輝は慌ててそれをよけた。
秀星が出したレーザーは地面にあたってそのまま霧散する。
だが、霧散した後で気がついた。
「まさか、これも……」
「そうだ。さっきのは『身体能力二百倍』と『運動神経適正化』を混ぜた付与魔法だ」
「……」
光輝の顔がかなり苦いものになった。
若干怒りが混じっているが。
「一つだけわかったことがある」
「ん?」
「髪の毛関連で何かうらみがあるだろ」
「……フフッ」
秀星の反応に、周囲の人間は『あー。あるんだな』という反応になった。
「だが、さっきからおちょくってきてはいるが、大した攻撃力を持っていない可能性だってある。なら、いくぞ!」
光輝が握る黄金の剣が光り輝く。
そして、先ほどから何もしゃべらない取り巻き(厳密には何もしゃべっていないのではなく、人間の周波数では聞き取れない音でしか使えない『特殊な周波数での詠唱』を、自分の声質を変化させる手段を用いて行っている)がそこに杖を合わせる。
「いくぞ。これが俺たちの合体技だ!『シャイニング・バースト』!」
光り輝く剣が延長。
離れたところにいる秀星にも届く長さになった。
「くらえ!」
光輝が剣を振り下ろす。
それに対して秀星は……無慈悲に告げた。
「まあそもそも、今お前の目の前に立っている俺は幻影だから、当たってもどうもならないけどな」
「え?」
驚く光輝だが、剣の振り下ろしは止まらない。
そのまま振り下ろされた剣は、秀星を簡単にすり抜けて、そのまま地面を切り裂いた。
「げ、幻影って……嘘だろ……」
「その通りだ」
「え、あ、ん?幻影じゃないのか?」
「そうだ。さっきのは残像だ。幻影じゃない」
「……」
光輝は膝から崩れ落ちた。
まあ要するに、彼はこう思ったのだ。
(なんだこの……意味不明な化け物は!)
と。
大変気持ちはわかるものの、こればかりはどうしようもない。
進化しまくっている秀星に、魔法に触れて数か月の子供が何をしても届かない。
それだけのことだ。
単純な理屈である。
「そろそろ負けを認めてもいいんじゃねえの?」
「……降参する」
「よろしい」
秀星の勝利である。
とりあえず教訓としては、『自分がどれほど本気で戦っていたとしても、『嘘』にはかなわない』ということにしておくとする。




