第六百四十九話
沖野宮高校の生徒たちが来る少し前にグラウンドに来た秀星。
グラウンドの作りは他の学校と差はないようで、端まで砂の色が広がっている。
ただ、少し見てみると、地中には魔法陣が存在する。
それを見る限り、『ただのグラウンド』ではないようだ。
魔法陣は様々な起動術式が存在するようで、それぞれの魔法陣が別の魔法陣に干渉、刺激しないよう緻密にくみ上げられている。
「厚さ五メートルの中に、二ミリ間隔で魔法陣が二千五百個か……」
秀星が見た限り、その数の魔法陣が存在する。
魔法陣という『魔力が行き交う通路』を構成している物質をここまで組み上げるとなれば、果てしないレベルで組み上げたものだ。
秀星だって作るのは面倒である。
「ジーッと見てどうしたんだ?」
「基樹か」
グラウンドを見ていると、制服姿の基樹が歩いてきていた。
「このグラウンドの下、どれほどの魔法陣があるか基樹は分かるか?」
「二千から三千の間くらいか?」
「まあ、チラ見した程度ならそれくらいか。五メートルの間に二ミリ間隔で二千五百個だ」
「神レベルだな……」
「創造神はもっとエグイさ。ガチでナノレベルだからな」
「……厚さが五メートルもあったら、ナノレベルどれくらいになるんだ?」
「ナノメートル基準なら五十億個だな」
「正気か?」
「正気だ。で、何かあったらこれら全部が吹っ飛ぶ可能性があるからな。頭に今叩き込んでるところだ」
「邪魔しない方がいいか?」
「基樹と全力で戦ってても覚えられるくらい俺のアルテマセンスは処理能力が高いから問題ない」
「腹立つわぁ……」
神器は純粋に神レベルである。
そりゃエグイに決まっている。
「で、何で基樹だけなんだ?」
「みんな準備してる。まあ、ちょっと問題児がいて、抑えるのには苦労しないけど面倒っていうか……」
「あー。なるほどね」
宗一郎が言っていた通りになっている。ということなのだろう。
実力があるから増長するのは別にいい。
というより、人が他人の言うことを聞くのは失敗した時だけだ。
失敗していないのに説教されても『ウザい』だけだが、失敗した時に説教されると『本当にウザい』のだ。
その程度の差だが、とにかく失敗した時は人の言うことを聞くものである。
秀星だって神器を集めるまではそうだった。
「まあ、どこにでもその手の馬鹿はいるだろ。俺や基樹だって、そういう部分は卒業できてないし」
「……それもそうだな」
身に覚えがある。という話ではない。
そういう部分をそもそも克服できていないのだ。
成長することと大人になることは別である。
多分、高志に聞いてもわからないだろうし、二十年後の自分に聞いても実感はないだろう。
「で、どうする?まだ時間かかりそうか?こっちはちょっと時間がかかりそうだったけど」
「そうだな。天窓学園の方も同様だ。武器を準備する段階で先生に怒鳴られてるだろうし」
「基樹は武器って基本的に使わないもんな」
「最近は神器を回収したから剣を使うときもあるが、基本的に殴った方が速いからな……」
武器を使った方が強いのは秀星も基樹も同じだ。
しかし、使う武器の特性上、手入れの必要はない。
だが、他のみんなが使う武器は、鞘に納めて保管し、自分で手入れもする。
準備する段階で適当に使ったら危険だ。
「教師に怒鳴られてるか……安全面の話とかいろいろあるけど、素人がダンジョンの表層に行く場合、棍棒とか角材を持って行った方がまだ戦えるんだが……」
「それだと納得しないやつは多いからな。先生はそこが悩みどころだって言ってた」
誰しもが通る道だ。
もちろん、家で包丁と振り回す奴はいない。いたら刃物を遠ざけたうえで病院に放り込むべきだ。
だが、剣や刀というものはしっかり振る必要がある。
『ダンジョンに行ってモンスターを倒そう!』という『熱』のようなものはまだ存在するため、まだモンスターを斬るという明確な目的をもって武器を振ることができるかもしれないが、これが切れた時はどうするべきなのか。
そこは秀星にもわからない。
「時間がかかりそうなら、適当に俺たちで戦っておくか」
「そうだな。ただ、お互いに剣を握ってヒートアップして止められなくなったら困る。魔法もなしで、拳だけでいこう」
「だな」
ほぼ組み手のようなものである。
ちょっと距離を取った後、同時に駆け出した。
……で、十数分後。
「お兄ちゃんはやっぱり来るのが速い……あれ?基樹君来てなかった?」
「あー。ちょっと待ってな。もう少ししたら戻ってくると思うから」
「?」
グラウンドに来た美奈が首をキョロキョロと振っている中、秀星は苦笑気味にそう返答しておくことにした。
秀星の視線の先では、高層ビルの一番上のフロアのとある部屋の窓が大きく穴をあけていた。
★
「基樹君」
「あ。はい」
魔法省の支部は、天窓学園から近い位置になる。
一番高いところとなると、当然、頂上会議、もしくは支部長クラスの人間が使うフロアだ。
で、とある部屋では、正座する基樹と、そんな基樹を威圧するアトムの二人がいた。
「君は建築業者なのかい?」
「ん?……あ、いえ、まあ、建物の通気性を確保するのは得意ですけど」
アトムの言い分が『窓とその周囲の壁をぶち抜いた前衛的なリフォーム』に対していっていることを理解した基樹。
『素直に謝る』か『ボケに走る』かのどちらかだと思っていたアトムは、怒るよりも呆れた。
「……はぁ、問題を起こすにしても、いろいろ始まってからにしてくれないかい?この時間帯だと、まだ合同演習プログラムは始まってすらいないだろう」
「そうですね。というか、問題が起こること前提なんですか?」
「沖野宮高校から来る生徒たちの名簿を持っている。天窓学園の生徒と合わせれば剣の精鋭メンバーが一人を除いて揃うんだ。であれば、いずれ湧いてくるに決まっているだろう」
「まあ湧くっていうよりは空間をバールでぶち抜いてきますけど」
「本当にあれなんなんだろうね……いや、それはそれとして、まだ彼女すら来ていないのに問題を起こすのはやめてもらいたい」
「はい。わかりました」
秀星の予測の話だが。
基樹とアトムが全力で戦った場合、強いのはアトムの方らしい。
あやふやな表現になるが、『天才としての素質』がアトムの方が上だからとのこと。
もちろん、こんなところで本気で戦ったら魔法省支部のビルが瓦礫の山になるので(さすがに原子分解はしない)怒るつもりはないものの、アトムとしては『問題発生確率が低い時にわざわざ問題を引き起こしてほしくない』のである。
だってどうせまたあとで問題起きるもん。
「で、原因は何だい?」
「グラウンドに集合する予定だったんですけど、特に準備に時間がかからない俺と秀星が先にグラウンドに集合したので、先にちょっと体を動かそうと拳だけで戦ったら……」
「殴り飛ばされたということか」
「そんな感じです」
アトムは『そういえば秀星はギャグ補正を持っていたな』と思いだす。
ちなみに、基樹は魔王状態でなければギャグ補正が適用されない。
まあそれを抜きにしてもここまで吹っ飛んできそうだが、基樹が思ったよりケロッとしているところを見ると、おそらくギャグ補正が機能しているのだろう。
「君たちはその……ギャグ補正をどうにかできないのか?」
「できないと思いますよ。秀星だってこのスキルがどういうものなのかはわからないって言ってましたし」
「……」
とりあえず、アトムは溜息を吐いた。
「とにかく、出力というものをよく考えるように」
「善処します」
「……はぁ、君はもう戻っていいよ」
「あ、はい。ではこれで」
基樹はそう言って、自分でぶち抜いた壁から飛行魔法を使って戻っていった。
「……はぁ」
もう一度溜息を吐いて、アトムはスマホを取り出した。
電話帳から相手を選ぶ。
コールは一回でつながった。
「竜一、僕の執務室の壁がぶち抜かれた。修理してくれ」
電話の相手はドリーミィ・フロントの生産職担当の糸瀬竜一だ。
『よくぶち抜いたもんだな。超特殊合金で壁を作ってるフロアなのに……』
「まあ、秀星君がぶっ飛ばして基樹君が吹っ飛んできたという事情だからね」
『ロクなことしないな……わかった。今一階にいるからすぐに直しに行く』
「ああ、頼む。ちょっと通気性が高すぎるからね」
通話終了。
スマホを胸ポケットに入れると、代わりにタバコが入った箱を取り出す。
パッケージにはセフィアが運営している『世界樹商品販売店』のエンブレムが付いているもので、どうやら世界樹が実らせる果実を使って作られた『加工された商品』だ。
基本的に素材をそのまま売っていたのだが、最近はこのような加工品が売られるようになった。
ちなみに秀星が使用する神器である『万物加工のレシピブック』に記述されている方法で作っているので、世界樹の実は癖が強いものが多い中クオリティはトップレベルである。
嗜好品としてではなく、タバコとして完成しているこの商品を手に入れるために買っている研究所もあるほどだ。それでいいのかと思わなくもないが、アトムが追求するべきことではない。
ただ、『世界樹の実の原価』と『日本のタバコ税』は高いため、セフィアが作るゆえに人件費や加工費が末端価格に含まれない商品でありながらそこそこ高めだが、アトムの稼ぎなら無問題である。
「はぁ、最近はこれがないと落ち着かなくなったなぁ……」
タバコの煙を肺に入れるアトム。
なお、このタバコ、従来の物とは違って依存性がほぼ完全に排除されている。
しかし、世界樹の実を高クオリティで加工したものなのでリラックス効果はとても高い。
というわけで、別に依存性はないのだが、リラックス効果のためにかなり吸っているアトム。
魔法省の重鎮としてやることは多いのだ。もちろんストレスがたまる。
頑張れ、ただし、天才であるからと言って神が君を選んでいるとも、見ているとも限らないぞ!神は思ったより君に興味はないからね!




