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第六百四十八話

 天窓学園は各階の端に、広いスペースが設けられた教室が存在する。

 多目的教室として使うため……ではなく、実はアトムが校舎の資料を作ったときにミスってできたものだ。

 アトムは一級建築士の資格を持っているので、図面を書いたのは紛れもなくアトムであり、その広い教室以外のミスはない。というかなんで部屋の大きさをミスったのに他に不備がないのか不思議なくらいだが、ともかく『アトムの計画段階ではこの部屋は存在していなかった』とだけ覚えてもらえれば結構だ。


「基本的に、合同プログラムがない時間帯ではこちらの教室を使ってください」

「……学年違う人が混ざるんだけど」

「問題ない。秀星君が書いた本があってね。まあ教科書というよりは実用書なんだが、これを使えば授業はできる。もちろん人数分用意した」


 そういって、リオ先生は『ダンジョン探索の指南書』という表紙の本を取り出した。

 全員の視線が秀星の方に向く。


「秀星君って本を書いてたの?」

「ああ。他にもいっぱい書いてるぞ」

「結構情報を出していくスタイルなんだね」

「千や二千、情報を盗まれても問題ないしな。それに、ダンジョンの探索は魔戦士なら効率的にできる方法を持っておいて損はないし」

「へぇ……」


 とは言うものの……。


「ただ、自分が書いた実用書で授業をするって、新手の公開処刑だな……」


 授業に使えるだけの本としてのクオリティも必要なので滅多にないだろう。

 どうしてこうなった。


「フフフ、ただ、すぐに合同演習になりますから、とりあえず教室で最低限の準備ができたらグラウンドに集合してくださいね」


 というわけで、先に聡子は教室を離れていった。


「私。ちょっと思うんだ」

「何だ?雫」

「聡子さんってなんで着物なの?」

「打ち合わせのときにきいたら『そのほうがお母さんっぽいでしょ』って言われたぞ。初等部一年の男子児童にあちこち引っ張られまくってたが」

「構ってほしかったんだろうな。多分」


 小学校一年生というと七歳くらいだ。

 聡子は抜群のスレンダーな体格というわけではなく、ちょっとプニプニしている(抱きつかれた人たちの感想によると)とのことなので、お姉さんというよりはお母さんなのだろう。

 まあ聡子はそれ相応に忙しいはずだが、子どもたちとのふれあいを大切にするので時間は作っているはずだ。

 というかあれだ。『母親からの愛情が足りていないものに対する絶対的な優先権』とか勘弁してほしいものである。

 天界に存在する『母性神』は第一世代型の最高神なのだ。秀星だって油断すると危険である。


「というか、あそこまでこう、抱きつきたくなる雰囲気を出してくるってすごいよね」

「そうですね」


 雫とエイミーが呟く。

 この二人はそもそも母親がいないので尚更だ。


「ジュピター・スクール時代の話だが、あの人、『出会って三秒で家族』を地で行くらしい」

「なんだその母性の極地みたいな概念」

「てことは、あの人、俺達のことをもう家族だって思ってるってことなのか?」

「お母さんなんだしそうなんだろうな。ていうか処女なのに何を痛っ!」


 余計なことを言った宗一郎が制裁を受けた。

 具体的には空中にハリセンが出現して思いっきり頭をしばかれた。


「……ん?どうしたみんな」


 叩かれた宗一郎だが、彼自身の頑丈さをほとんどの生徒が知っているのでその点は心配していない。

 ただ、全員が妙な目をしていた。


「いや、ハリセンのデザインがダサかった」

「なるほど。だから複雑そうな顔をしているのか」


 そういうことだ。

 持つ部分と本体部分のところの折目がひどかった(要するに新品ではなさそう)なので普段から使っていることになりそうな気がする。


「さて、皆さん。合同演習が始まりますから、準備をしますよ」

「リオ先生って結構影が薄いですよね」

「たまにはそんな時期もありますよ」


 影の薄さってそんな感じだったかな。と思った秀星だが、突っ込んでも答えが出ないのでスルー。


「さて、準備するか。といっても、することほぼないよな。沖野宮高校の制服って、そのままダンジョンに潜っても問題がないように作られてるし」

「そうだね」


 そういう作りの制服なのだ。何も問題はない。


「で、宗一郎。合同演習って何をするんだ?」

「聞いていないぞ」

「なんでや!?」


 秀星は『嘘だろ』と思ったが、第二の情報源であるリオ先生のほうを見た。


「私も聞いていないぞ」

「合同演習って概念舐めてません?」

「大丈夫だ秀星」

「?」

「絶対に向こうが文句を言ってくるはずだ。叩き潰せばいい」

「そうなると思う理由は?」


 宗一郎には何か確信めいたものがあるようだ。

 

「いいか?まず、この学校は魔法省が作った特別な学校だろう」

「だな」

「で、魔法の才能があるとわかって、主人公だと勘違いしてるやつが絶対にいるだろう」

「だろうな」

「そしてこの学校に入学……いや、状況を察するに転校か?まあどちらでもいいが、初日から調子に乗って基樹あたりにボコられるだろう」

「だな」


 さすがに主人公になりたてで元魔王はきついだろう。


「それによって、自分が入学した学校では活躍することができない。と受け入れざるを得ない」

「ふむふむ」

「そんな時に、他の魔法学校からの生徒がやってくる!」

「ほうほう」

「しかもその学校には、ありとあらゆるメディアで『世界一位』とか『反則級の強さ』とか言われている魔戦士が!」

「あー、なるほど、ほぼ俺に突っかかってくるってことね」

「そういうことだ。絶対に喧嘩を売ってくる」

「どうしたほうがいい?」

「安く買いたたくくらいで十分だろう。お前なりの方法でな」

「なるほどな」


 秀星は黒い笑みを浮かべた。


「じゃあちょっと先に言って偵察してくるぜ」


 秀星は教室を出て行った。


「秀星君ってやっぱり戦闘狂なのかな」

「まあ、脅迫状を送られても『いつでも遊びに来てください』って返信するような奴だからな」


 あえて欠点を言うならば、神が相手ならともかく、他が相手だと弱い者いじめにしかならないという点だろう。

 どんな奴がいるのかはわからない。

 ただ、秀星をどうにかすることはできない。

 それだけのことだ。

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