第六百四十七話
秀星たち『沖野宮高校』の生徒たちを乗せたバスは、天窓学園に到着した。
……実は秀星が『集団転移』を使って移動させればいいだけの話だったりするのだが、そういうことをしてしまうとせっかく契約したバスが無駄になるのでそういうことは言わなかった。
加えて、転移ばかり多用すると途中に存在する店や自然物がわからなくなったりするため、『ワールドレコード・スタッフ』という『世界地図』を持っている秀星は良いとしても、生徒たちにとっていいことにはつながらない。
「ここが天窓学園です。合同演習をすることになっていますが、沖野宮高校の代表としてきたことを念頭に置いて――」
「話は不要だ。行こう」
引率はリオ・グラッド先生である。
天界神ギラードルが地上で活動しているわけだが、秀星のクラス、二年一組の担任教師でもある。
『天窓学園と沖野宮高校の周りで汚いことを考えているものがいる』という情報があったので、リオ・グラッドが選ばれたわけだ。
ちなみに、『言っていることは間違っていないが考えていることは間違えている』という謎現象が平常運転の意味不明な教師である。
「会長。せめてセリフを最後まで言わせてあげてもいいと思いますが」
で、そのリオ先生の言葉を遮ったのは、沖野宮高校の生徒会長、鈴木宗一郎だ。
眼鏡をかけていることと頑丈なこと、そして装甲型の神器を持っていること以外、大したとりえのない生徒会長である。
……それ相応に濃いような気がしなくもないが、まあ高志や来夏と比べてしまうと霞むだろう。
頑丈さを考慮するとギャグ補正くらい持っていそうだが。
とはいえ、ここではその情報は大した価値を持たない。
副会長の古道英里の言葉などどこ吹く風のようだ。
「別にいいだろう。それに、代表してきているが、それと同時に非常識なのはお互いに同じだ」
というわけで、リオ先生を放置してバスを降りる宗一郎。
リオは一応、最高神のはずなのだが、総一郎にとっては特に関係はないようだ。
「……まあそうですね」
英里もそれに同意して、リオを放置してそのまま降りた。
「……はぁ、皆さんもおりてきてください」
リオ先生はそのまま降りていった。
秀星たちもバスを降りて、そのまま天窓学園の校舎を見上げる。
「的矢君!校舎がすごく大きいね!」
「……増築された沖野宮高校の新校舎の方が大きくないか?奏」
上月奏
奏は秀星たちが進級してほぼすぐに決闘を挑んできた可愛らしくもよく泣く子である。
所有OESは『直接感情』
元々は『自分の感情を防御不能状態で相手に届ける』というものだったが、最近はそれを少し発展させて、考えていることを送信できるようになったそうだ。
ただ、まだ受信はできないようである。
そして篠原的矢は、バトルロイヤルイベントを通じて奏とペアを組んでいる弓使いの男子生徒である。
所有OESは『歯車相関図』で、『歯車に見立てた人脈の関係図を認識できる』というものである。
ちなみに、このスキルを言葉で使うと、秀星の歯車が大きすぎてあまり頼りにはならない。
最近は処理能力が向上して『視野』が広くなったため、秀星の周囲もある程度見えるようになった。
(……先輩にも後輩にも知ってる人がいるっていうのは良いことだ。最近、神々の相手したり、異世界に行ったりとかでかなり忙しかったし)
先輩には鈴木宗一郎と古道英里。
後輩には上月奏と篠原的矢。
同級生で知っている顔は剣の精鋭メンバーだけなのでちょっとアレだが、いないよりはいい。
四十人の生徒の中で、自分を含めて大体五分の一がちゃんと知っているものだということで何となく安心した。
「天窓学園にいらっしゃいませ。生徒会長の黒瀬聡子です。皆さんお知り合いのようですが、よろしくお願いしますね」
天窓学園側からも人が来た。
生徒会長である聡子を先頭に、その後ろには生徒会のメンバーだろうか。歩きながら整列している。
天窓学園の制服は灰色のブレザーのようだが、聡子本人は水色の着物なのでちょっと不明だが、聡子が着ると違和感がないので不思議である。
聡子が生徒会長として手を出してきた。
「ああ。中にはお互いに知った顔もいるが、天窓学園の校訓は『心機一転』だそうだ。それに習って、お互いに新しい気持ちで訓練に励もう」
宗一郎は頷きながら握手を返した。
秀星は『相手の学校の校訓なんて調べてるんだな』と思いながら、生徒会の面々を見る。
知り合いはいない。
……というより、ジュピター・スクール出身の者は『なんであんな化け物についていかなくちゃならんのだ』といった様子で大部分が断っているようなので、ジュピター・スクール出身に限らず、メイガスフロントの中からかなり優秀な生徒が入っている。
剣の精鋭メンバーではジュピター・スクールからはアレシア、優奈、美咲、基樹、美奈の五人。
ジュピター・スクールではなくアース・スクールに通っていた千春。
マイナーな学校に通っていた天理。
正直、このレベルで天窓学園に入った時点で、平均レベルがぶっちぎるだろう。基樹たちはほぼ外れ値扱いになると思うが。
「さて、皆さんが使う部屋に案内しますよ。私についてきてください」
「そうしよう」
聡子についていく宗一郎。
一応、『同年代でありなおかつ生徒会長』という共通点のため同格に見えるが、肩書だけを考えると。聡子は『頂上会議』の一席を担うほどの女傑なので、いうほど釣り合っていない感じがしなくもないが、宗一郎自身は、秀星が在籍しているからと魔改造された沖野宮高校の生徒会長を今でも続ける『魔法社会においては重要な戦闘力と運営力を持つ人間』という扱いなのだろう。
元々聡子は考えていることが表に出ないと思うが、秀星が見ても全く邪険にした様子はない。
まあ、『同じ作戦を共にした相手』であることは間違いないので今更だが。
「ねえねえ秀星先輩」
「どうした?奏」
「聡子さんって、なんでこの学校では一回も選挙が行われてないのに生徒会長なの?」
秀星は『なんで俺に聞くんだ?』と思ったが、その理由を知っているので答えることにした。
「まあ、暫定っていう部分はあるだろ。第一、いろいろ重要な考えと計算のもとで設立された学校だからな。教師陣と有志の生徒たちっていうくくりだとどうにも制御できない部分があるんだろ。だから、聡子にはしっかりとした『生徒会長』って身分が必要なのさ」
「へぇ……」
「まあ本人の母性っていうか、カリスマを考えると別に必要じゃなさそうだけど」
聡子は圧倒的に強い。
その強さというものの質だってやたら面倒だ。
自前で持っている母性と、反則級のスキルと神器。
様々な要因があるが、聡子は『母親からの愛が足りない存在』に対して絶対的な優先権を持つ。
とはいえ、これは『受けていると思っている愛』ではなく『実際に受けている愛』を参照するため、実は聡子と同年代程度の生徒たちに関しては若干効きにくい部分もある。
そばにいなくともちゃんと愛してくれているのが母親の愛というものだ。
ただし、持ち前の母性が強いため、言い方はアレだが人心掌握はほぼ完ぺきである。
「へぇ、そういう事情があるんですね」
「奏も、聡子のことを『お姉さん』って言っちゃだめだぞ。『お母さん』っていうんだ。わかったな」
「はい!」
よろしい。と頷く秀星。
「まあ正直なところ、十八でお母さんってどういうことなん?って思う部分も痛いっ!」
秀星の眉間を氷の槍のようなものが直撃する。
「今のは秀星先輩が悪いですね」
「そうだな」
余計なことをごちゃごちゃ言っても許してくれることはあるが、今はそうでもないらしい。
(まあいずれにせよ、これからどうするのかを知ってるのはアトムや生徒会長くらいだろうし、せっかくだ。俺ものんびりしよう)
特に目的もなくそんなことを考えながら、秀星は最後列からついていった。




