第六百四十一話
移籍することを考えているメンバーがいるとは言ったが、それが『今すぐ』とも言わないのが人間というものである。
もちろん、頭に入れておくべきではあるが、そんなピリピリしていても仕方がないというものだ。
で、このあたりの事情を来夏に聞いてもまともな返答が帰ってくるとは思えないので、一緒に作ったサブリーダーのアレシアに聞いてみたところ……。
【仮にですが、急に誰かが『このチームをやめる』といったとしましょう。そうすれば来夏は『そうか。いつでも帰って来いよ!』といいます。そのままならそのままでいいですし、もしも一秒後に『やっぱりいる!』といったとしましょう。そうすれば来夏は『そうか。おかえり!』といいます。それだけのことです】
とのことだ。
そもそも、来夏は『悪魔の瞳』によって、常人よりも圧倒的に『視えて』いるため、そのメンバーが脱退をどれくらい考えているのか何となくわかる。
メンバーが何をしたとしても、来夏に比べれば常識内ということらしい。
……正直ここまでくると、秀星としては頭を抱えることすら馬鹿らしくなってくるというものだ。
そもそも、脱退するということはそう簡単なことではないはずなのだが、来夏にとってはそうでもないらしい。
いや、そうでもないというと少々違うかもしれないが、とても小さなことなのだろう。
というわけで、秀星はそのあたりのことに関しては深く考えず、脅迫状を送ってくる裏社会に生きるもの達に『いつでも遊びに来てください』と直筆で手紙を書いて、転送魔法を使って直送している。
「……秀星君って結構鬼だね」
手紙を転送した直後、秀星はラターグからそういわれた。
「だろ?俺、転送魔法ってラノベ系では最強格に位置すると思うんだよ」
「なんで?」
「敵が寝ているときに、寝室にコンマ一秒後にドカンってなる爆弾を直送できるからだ」
「あー。そういう部分もあるね」
「あらかじめ爆弾に『爆発耐性貫通』とか『不発防止』とかの付与魔法をつけておけばなおさらいいと思うんだよ」
「……内容がかなり実用的だけど、やったことあるの?」
「ある」
「なるほど、それに対して対策はしてるの?」
「転送防止はしてるけど母さんには効かないんだよなぁ……」
転移神である秀星の母親の沙羅。
最高神であっても第一世代型ではない神は散々無力化してきた秀星。
一応、沙羅は第二世代型の最高神であるはずなのだが、どうにも勝てないのだ。
秀星が編み出した手段の中には『神という言葉に神という意味が宿らない空間を作る』というものがある。
ただ、その中でも秀星が『神に変わる言葉(というより音)』を定めているため、神器を使えるわけなのだが、何度やっても、沙羅は秀星が設定する『音』を見つけ出して転移するのだ。意味不明である。
「息子が考えていることは何でもわかるという『最強の母親属性』ということなのかな」
「正直息子としてはかなり嫌だけどな。自分のことを何でも知っていそうな親とか正直やりずらい」
「椿ちゃんはともかく、星乃君が聞いたらなんていうだろうね」
それを言われると秀星はつらい。
……なんでまだ生まれてない子供に関係することを今考えなければならないのだろうか。と思わなくもないが、未来から子供が来てしまったので仕方がない。
秀星は話題を変更することにした。
「ていうか、ライズは神祖を相手にするために働いてるのに、ラターグは相変わらずだな」
「前にも言ったことがあるけど、『人』が『動く』って書いて『働く』って読むでしょ?僕は『神』だからいいのさ」
ドヤ顔のラターグ。
ちなみに秀星がライズに対して『働いている』と表現したのは、実際のところ、全知神レルクスとあっていろいろ交渉(というよりレルクスからの要求)をこなして対価を貰っているからである。
「じゃあ、ニートが進化すると神になるのか?」
「僕の舎弟には『無職神』がいるよ」
「そんな神もいるのか」
神ってなんでもいるな。と思う秀星。
「……一応聞くけど、そいつってどうやって神になったんだ?」
「彼はもともと、こことは別の地球の時間軸を生きるブラック企業の社員だったんだよ」
「……」
「で、過労死したけど、肉体が無理だっただけで魂のエネルギーはまだ残っていたから天界に来たんだよ。その時に、僕が出した『働いたら負け』っていう自己啓発本にドハマりしちゃってね」
「自己啓発本なの?それ」
なお、自己啓発書とは『人間の能力向上や成功のための手段を説く書籍のこと』である。
とってもマイナスイメージな題名で書いた自己啓発書だが、コアな人には売れるということなのだろうか。
「ちなみにそれってどんな内容なんだ?」
「『いろんなところから拾ってきたニートの名言集を無理やりイキった文章にしたような本』って言えばわかるかな」
「大体わかった」
秀星は頭を抱えた。
正直なところ……秀星は、なぜそこまでラターグが話そうと思ったのかを考えていた。
そして出した結論は……。
「……なあラターグ。神祖の中に、お前が書いた自己啓発本にハマりそうな奴っているか?」
秀星のその言葉を聞いたラターグは、フフッと笑う。
「僕がどんな話につなげたいのか察してもらえたようでなによりだ。そういうことだよ。パライドが所属してる派閥には『腐敗神祖』がいるからね」
「『腐敗神祖』って……なんかこう、なんでも腐らせることができそうで本来なら戦いたくないけど、お前の話を聞いた後だとそうでもなさそうだな」
「ハッハッハ!まあ。唯一その派閥を裏切ってくれる可能性があるやつだから覚えておくといい」
ソファでダラダラしてるやつに言われても説得力がない。
「一つ聞いていいか?」
「なんだい?」
「堕落神であるラターグと、腐敗神祖が出会ったら、どうなるんだ?」
「フッ。決まってるじゃないか」
ラターグは、目を見開きながらニヤリと両頬をひきつらせたような『気味の悪いドヤ顔』になった。
「ポテチの袋を開けて、コーラで乾杯さ」
「ぶっ飛ばしていいかな」
眉間に青筋を立てる秀星。
ひとまず『最大のドヤ顔を出すべき場面』は終わったのか、真顔の戻るラターグ。
「いや、それくらいならパーティーで陽キャがウェーイって言いながらやってるでしょ」
「お前が言うと別の意味に聞こえる」
「それは正しい」
「……」
話を進める気あんの?と思う秀星だが、おそらくラターグとしてはネタに走りたい衝動に駆られているのだと察して一応付き合うことにした。
いつ有益な情報が洩れるかわからない。
「で、パライドの派閥が復活したとなると、その腐敗神祖も起きている可能性があるんだよね。彼を保護するカプセルが機能を維持するのダルいって文句言い始めるから」
「……え、言うの?」
「機械音声を発する機能が付与されて実際に言い出すよ」
精錬された無駄機能である。
「だから、彼が部屋の中にいると、ありとあらゆる物体がパーツ単位で、『ダルい』『飽きた』『めんどくさい』『小遣い寄越せ』『一生養え』『ラターグ万歳』って言いだすからみんなノイローゼになるんだよ」
「パーツ単位ってことは相当な数だな」
「自動車よりも複雑なマシンがたくさんあるからね」
「自動車の部品の数って三万個くらいあるって聞いたことあるような気がするけど」
「いずれにしてもそれより多いよ」
不平不満のデモ活動である。
しかもかなりガチだ。
「そんな奴とポテチの袋を開けてコーラで乾杯なんてできるのか?」
「僕の場合は普段から自分の頭でリピート再生し続けているようなものだから、まあちょっとうるさい隣人程度だね」
神レベルのニートにとっては普通ということだ。
「……そう、なのか?ただラターグって、ぐちぐち言いながらも動くときは動いてるような……」
「動くときはあるさ。だって働くわけじゃないからね」
「……」
秀星としてもラターグの価値観は不明だが、一応最高神というからにはポリシーくらいはあるのだろう。
「というわけで、ここに、僕が書いた自己啓発本がある」
ラターグがパチンと指を鳴らすと、そこに一冊の本が出現。
題名には『働いたら負け』と書かれている。
「これを読んで、腐敗神祖の思考を解析し、そして、僕の思想を理解してほしい。その上でとても役に立つよ」
「……」
普段読まないものでも、状況によっては読まざるを得ないというのは理解できる。
そこはまだいい。
ただ、秀星が追求したいのは、帯の方だ。
明らかに『販売部数百万部突破!重版決定!』と書かれているのだ。
何をどう考えてもベストセラーである。
「天界って結構残酷な世界なのか?」
「金を集めることだけを考えた支配者が蔓延ってたらそりゃ残酷だよ」
ラターグは本を投げ渡してきた。
秀星はため息を吐きながら手で取る。
「ちなみに、腐敗神祖が動き出すとなれば、剣の精鋭にも関わってくる可能性もあるからね」
「剣の精鋭も無関係じゃないのか……」
神様は自由である。
「まあ、参考程度にはするよ」
「それで十分さ」
ラターグはソファで姿勢を変えると、そのまま寝始めた。
それを見て、秀星は『まあ、神が自由なのは今更か』と思った。




