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第六百三十七話

「あれ……ここは……」

「ストップ。まず『浮遊魔法』を使ってください。今はお父さんの魔法で浮いていますが、戦闘中でない場所で『斥力場』を使うと大変なことになるので、まず『浮遊魔法』をお願いします」


 目覚めた瞬間に椿からそんな注意を受けるライズ。

 とはいえ、これは当然である。

 一応、秀星の魔法によって守られているが、ライズのステータスと体重を考えると寝返りの瞬間に城が瓦礫の山に変貌、威力によっては原子分解する。

 もちろん全て戻せるのだが、状況を説明する際に『神祖が寝返りを打った』というだけでは通じない人間が多いので、その手の事故は勘弁である。


「あ、そうね」


 ライズは改めて浮遊魔法をかける。

 ついでに秀星から付与されていた浮遊魔法を解除して、ベッドの傍に立った。

 見渡すと、どうやらゲストルームの一つらしい。

 部屋にいるのは椿のみである。


(服は誰が作ったのでしょうか……)


 自分の姿を見下ろして思う。

 倒れる直前までは扇情的なドレスを身に纏っていた筈だが、今は一般家庭の主婦が着るようなゆったりしたものだ。

 母性が強めの外見をしているライズが着ると尚更お母さん感が高い。


「椿ちゃんね。私を看病してくれていたんですか?」


 ニッコリ微笑んで椿を見るライズ。

 高志と来夏と基樹を相手に戦っていた時はどちらかというと知的な女性のようなイメージがあったが(その知的な部分はパライドの要素と思われるが)、今は母性溢れる笑顔になっている。

 こちらがライズにとっての素なのだろう。

 そして、笑顔を見ると自分も笑顔になるのが椿である。


「はい!お母さんにいわれて定期的にタオルを交換していました!」


 言い換えるならそれくらいしかすることがなかったといえるだろう。

 そもそも神は生きているわけではないので、他人に触れられていない状態では体温すら保持しておく必要がないのだ。

 要するに発汗機能が備わっていないため、汗をかくことがない。

 だから本当にタオルを交換していただけである。

 ……ただ、発汗機能がないといいながらも冷や汗は流れるのだが、その手の指摘は地平線の外くらいまで蹴り飛ばしてもらえると助かる。


「ありがとうございます。お礼にギューってしてあげますね!」


 『完全制御』を使って身体能力と体温を調節した上で、文字通りギューッと抱きしめるライズ。

 女性としてとても魅力的な体をしているライズ。

 もちろん、二十年後の未来の風香はそれ相応の女性になっていそうではあるし、椿は誰からも愛される体質で、なおかつ自分と相性が合わない存在とは遭遇しない運命の質をしているため愛情は常に満たされているが、そこは神祖。

 彼女らしい抱擁というものがあるのだ。


「えへへ。ライズさんの体、ぷにぷにしてます!」


 ライズは『え、太ってる?』と思ったが、椿の表情は満面の笑みなので、『胸にしても体全体にしても、女性としていい肉がついている』と言いたいのだろう。

 まあ最も、ギリギリまで自分の体をいじめて細くしていると、子供と体格が全然変わらずに抱擁がどこか物足りないと考える子供がいても不思議なことはない。

 未来の風香がどうなのかは知らないが。


「フフフ。椿ちゃん。みんなの場所に案内してもらえるかな?」

「はい!私についてきてください!」


 頷いて元気よく部屋を出ていく椿。

 もちろん、鑑定神祖であるライズはこの城の中の全ての情報を知っている。

 誰がどこにいるのかなどわからないはずがない。

 ただし、あえて椿に頼んだ。

 理由はなんとなくでいいだろう。別に深い理由など必要としないものだ。


 ……ただ、椿はよく迷う。

 普段あまり使っていない部屋は、大体頭の中に入っていないし残らないのだ。

 そしてすぐに考えていることが表情としぐさに出る。

 結果としてすごくオロオロしている。


(助けた方がいいかしら?)


 ライズはそう思ったが……曲がり角からマスコット・セフィアが走ってきて、椿の前で腕をブンブンと振ってアピールし始める。

 椿は顔を輝かせて、マスコット・セフィアのところに行ってしゃがみこんだ。


「セフィアさん。みんなのところに案内をお願いします!」


 とても分かりやすい子である。

 そこからはマスコット・セフィアの先導により、迷うことなく最短距離で向かう。

 ……マスコットがたまにコケるが。

 ……そのすべてに対して一々反応する椿も椿だが。


 そして、皆がいるロビーに到着した。

 思いっきり扉を開けて、椿は叫ぶ。


「みなさーん!ライズさんが起きましたよー!」


 全員が『おー。起きたのかー』みたいなテンションであった。

 そりゃそうだ。誰もライズの命の心配などしていなかったし。

 することが全然ない上に、有事の際に最適な行動をすることが無理そうな椿だけがそばにいたのが何よりの理由だろう。


「皆さん。助けてくださってありがとうございました」


 そう言って頭を下げるライズ。

 高志は笑った。


「ハッハッハ!別にいいって、礼を言われるようなことはしてねえしな!」


 高志の言葉に嘘はない。

 どちらかというと、秀星が予測し、そしてその存在を指摘したパライドを止めるために彼らは動いただけだ。

 加えて、仮にパライドがライズから抜け出す瞬間に、ライズの体になにか細工して植物状態になった場合、秀星であっても助けるにはそれ相応の時間がかかるはず。

 椿には言っていないが、正直、ライズが助からない可能性は十分にあった。


「そう言っていただけると嬉しいです」


 もちろん。ライズもそれは分かっている。

 彼女の方がパライドのことをよく知っているはずなのでなおさらだ。


「もうそんなに動けるんだな」

「そうですね。これでも神祖と呼ばれる身ですから」


 基樹が驚いているようだが、この程度ならライズとしても何も問題はない。


「元気になったみたいでよかったぜ」

「そうですね」

「で、いきなり現実的な話を放り込むのもあれだけどさ。ライズはどうするんだ?」

「そうですねぇ……私は神祖たちの主要な派閥には属していないので、比較的自由なのです。皆さんに恩返ししていければと思いますが……」

「ライズさんは未来では保育園の園長さんですよ!」


 椿のカミングアウトに苦笑するものが多数。


「フフフ。なるほど、地球でゆっくりそういうことをするのもいいですね」


 いずれにせよ、鑑定スキル使いとしては抜群なので教育者向きだ。

 何に向いているのかがすべて分かるのだ。

 それだけでなく、何をしたいと思っているのか、何が好きなのかも分かる。

 しかも、何を考えているのかいまいちよくわからない幼い子供でもそれは同じだ。

 秀星が公共事業に金を突っ込みまくって好景気なので、未来ではそれ相応に子供も増えているはずだ。

 そう考えると必要な職種である。


「まあとにかく、面倒くさいことは全部終わったんだ。パーっと行こうぜ!」


 来夏がそう言って、酒が入った樽をバンバンと叩く。

 ……元気なゴリラである。


「……」


 秀星は『まあ、この段階になったらもう適当にやればいいか。夏休みもほとんど残ってないし』と思いながら、そんな様子を眺めていた。


 面倒なことは終わった。

 来夏が言ったとおり、そこは間違っていない。

 ただ、考えることがまた多くなった。


(神祖の出現か……)


 秀星は頭の中で、神祖について考えることはいろいろあった。

 去年の今頃は、FTRという、アトムの父親がボスの犯罪組織が、今はなき評議会と、最近は悪党から足を洗ったカルマギアスから人材を引っこ抜いてドタバタしていた。

 しかし、今回の相手は神祖である。


(はぁ、絶対時間かかるなこれ)


 おとなしくしていてほしいものだ。適度に無能でいてほしいものだ。

 そのほうが静かで平和である。

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