第六百三十五話
秀星が言ったとおり、パライドは神祖としての力は使えなくとも、しっかりと動いていた。
「ふう、次善策はいくつも用意しておくものですね。敵の死角になりそうなものは特に」
そんなことを言っているのは、紫色の燕尾服を着た金髪碧眼の青年だ。
いや、青年のように見えるだけで実際の年齢は人間では考えられないレベルだろう。
彼はもちろん寄生神祖パライドである。
誰にも寄生していない場合の姿がこれなのだ。
……神祖は姿や形にとらわれないので、別に今の姿でこの先やっていく必要はないのだが。
「ふう、扉を守るシステムも神祖の力で作ったほうがいいと言われましたが、押し切ってごく普通の認証システムにしたのは正解でした」
パライドが話す先にあるのは、巨大な扉だ。
かなり重厚な作りであり、物理攻撃だけでどうにかするのはほぼ不可能というレベルである。
パライドが指紋認証システムに指を当てると、そのままドアが開いた。
中に入ると、そこは研究所のような無機質な雰囲気になっている。
とはいえ、この施設はいわば単なるスリープ状態を維持するだけのもので、研究をしているわけではないのだが……それはいいとしよう。
中に何があるのかはわからないようになっているが、パライドにはすべて分かっている。
「さて、皆さんの中で復活可能なのは……彼女だけのようですね」
一つのカプセルに触れると、パスワードを入力したり、パライドの指紋や髪の毛を認証したりしている。
「さてと、起きてください。剣術神祖ミーシェさん」
カプセルが開くと、中には群青色の髪を伸ばした少女がいた。
服装は赤いブレザーが似合う制服姿で、胸は大きいとも小さいとも言われない程度だ。
人間基準の見た目で言えば十六歳程度だろう。
秀星たちが通う沖野宮高校に送り込んでも、一見不自然さはない。
まあ送り込もうとは思わないし、本人も行きたいとは言わないだろうが。
「……パライド。お久しぶり」
カプセルから降りてきたミーシェがそう言った。
かなり感情が感じられないが、これが彼女の普通なのでパライドも気にしない。
「お久しぶりですね。といっても、あなたは数分ほど寝ていたようにしか感じていないはずですが……まあ、実際にかなりの時間が経過しているのでそれでいいとしましょうか」
「ん。どういう状況なの?」
「まあ、少々厄介な人が出てきたといったところでしょうねぇ」
「厄介じゃなかったら、あなたを縛っていた惑星魔法が解けていないと思うけど」
「そうですね。まあそれを加味しても、面白い人がいるんですよ」
「面白い人?」
「はい。神器を十個も同時に使える人間です」
「ふむ……」
ミーシェも顎に手を当てて考えている。
「すぐに潰したほうがいい?」
「やめておいたほうがいいでしょうね。二つ理由があります」
「?」
「まず、そもそも潰すことはできないということですね」
「そこまで強いの?」
「ええ、彼にも弱点や欠点、死角はあるでしょう。しかし、それは我々も同じですから。そこをついてくるはず」
「二つ目は?」
「純粋に、彼を観察することは我々が新しい視点を獲得できると判断しています」
「なるほど、一応それには、私は頷いておく。ところで……」
ミーシェは施設の外を見る。
「どうして、この世界のリソースの配分を弄ったの?」
「おや、やはりひと目見ただけでわかりますか」
「私も神祖。その程度は普通」
「なるほど、まあその答えですが……簡単に言えば意趣返しですよ」
「?」
「そもそも、不完全になった惑星魔法を再度起動することが可能なのは、古今東西をみても彼を含めて数名でしょうし。そんな彼に嫌なプレゼントを贈っただけです」
「でも、その彼も弄り直せるはず」
「もちろん可能でしょう。彼は、思いついたことをそのまま実行するレベルの再定義力を持っていますからね」
「では、何故?」
復活したばかりだからということもあるが、頭が回っていない様子のミーシェ。
まあ、しっかり起きていても理解できていない可能性が十分あるが、そこを追求する気はパライドにはない。
「簡単に言いますと……本来なら百億年単位でゆっくり変更、調節されるべきものが、たった一秒で変わったと考えるのが最も近いでしょうね」
「?……戻すのならその混乱はおさまるのでは?」
「星というものはね。過去を記録することはできても、それを判断する力などないのですよ。だって無機物ですからね」
「ふむ」
「世界の意思。などといったものが本当に存在するケースはありますが、この場合はそれに適合しません。彼にも弄り直すことは可能でしょう。しかし、あまりにも急激な変化はそう何度も行うものではないので別の方法を選択するはず。解決策はいろいろあるでしょう。しかし、彼は今頃、イライラしていると思いますよ」
「あなたの性格が悪いことがわかった」
「当然ですよ」
パライドはフフッと笑う。
「そもそも、あなたは寄生神祖ではあるけど、寄生する必要がない。その時点で性格は悪い」
「手厳しいですねぇ」
パライドは頬をかいた。
ミーシェの指摘はある意味間違っていない。
そもそも寄生という概念は、自分の力では生きていけないため、他者の環境を勝手に使うことだ。
だが、パライドはそもそも一人でも十分に生きていけるスペックを持つ。
別に寄生する必要は全くないのだ。
そんな中でも、あえて寄生という道を選ぶ。
まあ、頭がどうかしているのだろう。神祖は大体そういうものだ。
「それで、これからは何をする?」
「私個人としては彼の観察が優先ですね。新しい価値観に遭遇できれば、それ以上にいいことはありませんから」
「わかった。それなら、私は鈍ったからだを戻してくる」
「ええ、ご自由に。ただ、鑑定神祖ライズが彼らの手に渡った。それは覚えておいてください」
「……わかった。覚えておく」
一瞬獰猛な笑みを浮かべたあと、ミーシェは施設を出ていった。
「さて、私も早く自分の力を取り戻さなければなりませんね……」
パライドは神祖としての力を使わなくとも十分強い。
ただ、このままでは秀星には確実に勝てない。
力を取り戻す必要がある。
彼らの目的を考えれば、できる限り早く。
「はぁ、この状況下で、全知神レルクスが動かないように調節しながらとか、面倒ですね……まあ、そこは最初からわかっていたのでいいとしましょうか」
神の力を上回る神祖の力があっても、全知神レルクスには勝てない。
秀星に対してはなんとかなるような言い方をするパライドだが、全知神レルクスだけは本当に別だ。
「ただいずれにせよ。復活そのものは止められなかった。これを考えると、できることは多そうですね」
最後に黒い笑みを浮かべて、パライドは施設をしっかり施錠して出ていった。




