第六百三十四話
秀星は惑星魔法を起動した後、ユイカミに存在する王城に戻ってきて待機する予定になっている。
高志や来夏がどう行動するのかが不明だったので、とりあえず『封印したらとりあえず帰って来い』と言っておいた。
というわけで。
「秀星!ライズを連れて帰ってきたぞ!起きないんだけどどうすりゃいいんだ!?」
「……気絶したまま起きない人間を連れてくるという本来シリアスな場面で、バールで空間跳躍してくるのはどうかと思うんだけどなぁ……」
秀星はそう思う。
正直、『現実とゲームの差がなくなる』程度であれば、それは単なる依存症なので、しかるべき処置をとれば治療は可能だ。
しかし、『シリアスとギャグの差がなくなる』となると少々不味い気がしてくる。
ちなみに、依存症の治療方法として最も重要な出発点は『自覚すること』だが、高志と来夏(と秀星)の場合は確信犯なので、ギャグ補正が治らないのだ。
(まあ、普段から『存在そのものがギャグ』って言ってるし、シリアス状況下でもギャグを維持できると考えれば……嫌だな)
自分で考えた説をまとめて否定したくなった秀星。
話が進まないので目の前の事に意識を向けた。
「ていうか、俺たちにできることはほぼないぞ。布団を用意して寝かせておくくらいだ」
「薬とかタオルは?」
「不要だ」
即答する秀星。
そもそも神は地球生物を基準にして考えると生きているわけではない。
回復に関する体内の構造が人間とは大きく異なるのだ。
あえてできることがあるとすれば、固い地面ではなく柔らかい布団に寝かせてストレスを軽減させる程度だろう。
「なら、ゲストルームに連れていくぞ!」
「おお!」
というわけで、来夏がお姫様抱っこで抱えて走っていった。
高志がそれについていった。
「……来夏。お姫様抱っこ手慣れてるなぁ……」
秀星は暢気にそんなことを思った。
まあ来夏のことなので、いろいろ慣れている部分はあるのだろう。
男なのか女なのかとか言う以前に人間なのかが不明な来夏だが、一つのチームのリーダーだ。
あの性格だし、慣れていても別に不思議さはない。
「……で、基樹、どうだった?」
「まあ、秀星が想定できる通りの話になった。そんなことより……俺の魔王状態の時の名前、どうにかならないのか?」
高志と来夏について帰ってきた基樹に話を振ると、そういわれた。
秀星の傍にいた風香が首をかしげる。
「どういうこと?」
「基樹の魔王状態の名前が『再臨王者モトキング』なんだよ」
「ブフッ!」
思いっきり吹き出した風香。
「アハハハハハハハ!」
そしてそれを上回る勢いで爆笑する椿。
人の不幸で笑う人たちである。
決して人のことは言えない秀星だが、とりあえず青筋を額に浮かべる基樹に返答することにした。
「名前をどうするかって話か……鑑定して表示されるステータスに乗ってる情報となると、それ相応の神器が必要になるぞ」
「え、そんな大掛かりな作業なのか?」
「ああ。魔王状態の時の名前ってそんなもんだ」
「……」
基樹は椿の方を見た。
笑い終わった椿は首を傾げた。
「未来では俺の魔王状態の名前ってどうなってるんだ?」
「私、基樹さんが元魔王だったこと知らなかったです」
思い返せば、基樹と美奈と天理が魔族領土に向かったとき、秀星たちは神聖国から飛んできたドラゴンについて調べていたが、その時に基樹が元魔王であることを話したら椿は驚いていた。
確かに初耳なのだろう。
「まあでもあれだ。なんか言ってたんじゃないのか?未来の俺」
何とか縋ろうとする基樹。
実際、椿は誰からも愛されるような体質である。
未来の基樹が調子に乗って何かを言っていた可能性はある。
「うーん……『魔宝皇帝ペペペンパッパー』になりかけたことがある。とか言っていたような気が……」
「なんだそれ!?」
「「ブフフッ!」」
「夫婦そろって吹き出すんじゃねえ!」
あまりにも残酷な名前に吹き出す秀星と風香。
「……」
「基樹さん。なんで俺を見るんですか?」
基樹の視線が星乃に向いた。
「いや、何か聞いてないかなって」
「姉ちゃんと同じです」
「……」
基樹は部屋の隅の方で体育座りをし始めた。
どうやらかなり凹んだようである。
「基樹。まあいいことあるって」
「だったらまず名前で弄るのやめてほしい。俺が世界になにをしたっていうんだ……」
前世ではちゃんと倫理観のある魔王だった。
そこは認めるし、能力を封印しまくった秀星と、封印された基樹と、そしてその基樹を倒した天理が同じチームに所属しているほどの仲になっているところ考慮すれば、『それ相応の事情があった』ということがわかってもらえると助かる。
「はぁ……もういいや。この手の話を続けても仕方ねえし」
「だな」
「そういえば秀星君。今回の敵って、寄生神祖って言ってたよね。最悪、高志さんや来夏に寄生されてた可能性もあるんじゃないの?」
話題変更のためだろうか。
風香が聞いてきた。
「いや、あの場でライズ以外の誰かに寄生しなおすとしても、大して意味はない。父さんや来夏に寄生した場合は俺が勝てるからな。もちろん、基樹に寄生することができれば結界を解除できるが、それだと高志と来夏に真正面から勝てなくなるし、基樹はもともと転移魔法が取得不可だ。仮に逃げることができても、基樹に可能な範囲だと、惑星魔法に影響があるほどの出力を出せない」
「なるほど。基樹君に寄生しなかった理由は分かったけど……神祖なら、距離の制限がないと思うんだけど、秀星君には寄生できなかったの?」
「あらかじめ対策してる」
「お父さんはすごいですね!……あれ?魔王状態の基樹さんの方が、おじいちゃんよりもステータスが高いですよね?」
高志と来夏の全ステータスは3Sで、魔王状態の基樹の全ステータスは10Sである。
Sを増やせばいいというものではないが、その方がわかりやすいとパライドが判断してこのレイアウトを使ったとするなら、確かに基樹の方がステータスは高い。
「存在そのものがギャグの父さんと来夏に、ステータスの高さ程度でどうにかなると思うか?そもそも、ライズは体重が十トンあるぞ」
「え?そんなに重いんですか!?」
「斥力場のスキルを持ってるみたいだが、完全に気絶してるからな。多分本来ほど起動していないはずだ」
「……でも、普通に運んでましたよ?」
「ギャグ補正があるからな」
「ていうか、ゲストルームに運んだって言ってたけど、大丈夫なのか?」
基樹がもっともなことに気が付いた。
まあ普通なら床が抜ける。
「大丈夫だろ。多分ギャグ補正の力がライズの体におそらく残存効果として残るような気がするからな」
「父さん、断言ゼロじゃん」
「だってわかんないんだもん」
秀星だって困るのだ。
「まあ、今はそんなことよりもっと気にしなくちゃいけないことがある」
「なんだ?」
「しかも、本来一つだったんだが、二つに増えた」
「え?」
「俺が惑星魔法で封印したはずの寄生神祖だが……神祖としての力を抜いた『抜け殻』に逃げられた」
「ということは、お父さんの惑星魔法によって神祖としての力は使えないけれど、行動することそのものは可能ということですか?」
「そういうことだ」
「父さん。もう一つは?」
「どうやら去り際に、魔力のリソースの配分を弄っていきやがった。誰かに寄生させないことに重点を置きすぎて死角だったよ」
要するに。
「単純に言い換えれば、別のシステムを持ってこないと、また大地にばかりリソースが割り当てられて、才能のある人間が産まれないってことだ」
「当初の目的が達成できないってこと?」
「そういうことだ。ただ……社会的には面倒だが、一応解決策はある」
「?」
秀星は椿の方を見た。
「椿、二十年後の未来の話なんだが……世界樹がある浮遊島は、地球にあるのか?」




