第六百二十三話
「……騎士団がかなりの数出てきたな」
「もちろん全軍ではありませんよ。秀星さんがまとめた新しい技術を配備できた人数に限りがあったので、三割ほどしか騎士団は出動しません」
「まあ、それでもかなり出てきてる方だと思うけどな」
騎士団長のワイゼルと話しながら、ユイカミの中で最北の町に集結している戦争参加の騎士団員たちを見ている秀星。
装備している武器を見ながら、何かしら不備がないかどうかを確認しているところだ。
彼らが現在相手しているのは、馬である。
おそらくその馬に乗って、神聖国に攻めるのだろう。
ただ、普通の馬よりもやや大型で、赤い毛並みだ。
少なくとも、秀星はそのような馬は百年以上前は見たことがない。
「……あ、僕はそろそろ行くところがあるので、失礼します。親衛隊長がすぐに来ると思うので、ちょっと待っていてください」
「ああ。わかった」
ワイゼルがその場を離れて、走って去っていった。
秀星はボーっと馬の相手をしている騎士団を見ていた。
どうやら、信頼関係を築くためにちょっとした手順が必要な馬のようで、なでたり餌をあげたりしている。
「よ、久しぶりだな。秀星」
「ん?」
聞いたことがある声が聞こえて、秀星は振り向いた。
そこにいたのは、黒髪黒目で軍服を着た少年。
「あ、お前……猫飯!」
「久しぶりに聞いたなその二つ名」
潺宝一。
中学時代の秀星のクラスメイトである。
仲が良かったわけではない。
というより、宝一は一定数のファンを獲得して、後はそのコミュニティを大切にするタイプだった。
「この世界に来てたのか」
「ああ」
「相駆らわず猫缶でチャーハン作ってるのか?」
いくつか伝説がある宝一だが、その中の一つが、『文化祭で開かれた料理コンテストで『猫缶チャーハン』で優勝したこと』である。
勉強も運動もできる方だったが、伝説に加えていろいろ変わっている部分もある。
一部引用するなら、『たまに作る猫缶チャーハンが俺にとってのご馳走なのさ』とのことだった。
彼の家は貧乏だったので。
当然周りはドン引きだった。
「猫缶ねえよ」
「あ、それもそうだな」
異世界には、『完全に密封し、加熱処理を行うことで細菌を死滅させる』という技術が発達していない。
というか『缶詰』という発想がない。
容量の大きい魔法袋が存在し、生肉であろうと手づかみで袋の中にぶち込む人が多いからだ。
「まあ猫缶の話はいいや。こっちに来てたんだな。確か中三の九月くらいに遠い学校に転校して、亡くなったって俺は聞いたんだけど……転生か?」
「ああ。まあそんなところだ」
「一体何やって死んだんだお前……」
宝一は苦い顔をした。
言いにくいことなのだろうか。
「当時入ってた……まあちょっとした集まりみたいなもんかな。部活じゃなくてコミュニティみたいなやつだけど、その中に大金持ちのやつがいて、金がかかる馬鹿なことやってたんだよ」
「ほう」
「周りにいる奴に対しても金払いが良くてな。で……バカッターってわかる?」
「ああ、たまに社会問題になりそうな動画出してるあれか」
「アレを撮ろうとして冷凍庫入ったら出られなくなって転生した」
「クソダセェ……」
「そこからはさすがにまじめに生きてるよ。転生するときに女神にあったけど、爆笑しながら氷属性チートをくれたからな」
「なるほど」
要するに。
『異世界で真面目に生きたい症候群 ~バカッターに投稿しようと冷凍庫に入ったら出られなくなって異世界転生。女神に笑われながら氷属性チートを貰いました~』
みたいな感じか。
無駄をそぎ落とす必要がありそうな長文だが、ちょっと炎上するリスクはあるもののこれだけで作品一個書けそうである。
実際、もともと猫缶に愛着がある濃い性格だったし、今では親衛隊長にまで出世しているのでなおさらだ。
「トラックでも心臓発作でもナイフで刺されたわけでもなく、冷凍庫から脱出不可か。救えないなお前」
「別にハメられたわけじゃなくて本当に事故だったからな。さすがにショックだった」
だろうな。としか言えない秀星。
「ていうか、過去にも秀星はグリモアに来てたんだよな。どうやって来たんだ?」
「俺は漂流なんだが……」
言葉が詰まる秀星。
秀星はあくまでも漂流民だと認識している。
ただ、『もしかして母さんに異世界に転送されたのでは?』と最近考えていた。
そして実際、マシニクルに保存していた過去の自分の体をいろいろ探ってみると、転移神サラとしての神力が検出されたので確定である。
そこまで宝一に言うつもりはないが。
「なるほどなぁ……ほかにたくさん要素がありそうだけど、そこだけ見るとネタにできないなお前」
「お前に言われると負けるわ」
トラックとトラクターを見間違えてショック死したやつとタイマン張れる。
「まあ、世の中いろいろあるってことで」
「だな。俺だってこの世界で経験詰んで、もう二十二だし」
「……」
「……どうした?」
「いや、なんでもない」
実年齢が秀星と一緒だった。
そこに若干の親近感を感じながら、雑談に時間を費やすのだった。
秀星は転生して地球に来た奴(基樹と天理)にはあったが、地球からグリモアに転生したやつにはあっていないので、話は進むのである。




