第六百二十二話
……で、ヴィーリアが演説をやりました。
秀星の感想を一言にまとめれば、『物は言いよう』である。
「……なあアルト」
「なんですか?」
「お前の姉ちゃんってひどい女だな」
「何をいまさら」
結論から言えば、『打倒神聖国』という目標を明確に掲げた。
ただ、『攻められたからこっちも攻め返す』というだけでは、目的があやふやである。
戦争の理由というのは大きく分ければ『資源』か『宗教』である。
肥えた大地を手に入れるのか。巨大な金脈を含む鉱山を手に入れるのか。
主義・主張の違いによって生まれた敵を徹底的につぶすのか。
今回の目的は『資源』である。
もっと言えば、『独占している魔力』をどうにかするということだ。
「魔王が討伐された後は優れた才能を持つものが生まれやすくなる。だが、どんな調査をしてもその結果はでなかったから、神聖国が独占している。それを理論として理解できるものはほとんどいないだろうけど、とにかく『今まで自分たちの邪魔をしてきた神聖国が元凶だ』と言って、わかりやすく伝えたか」
「演説に理論なんて必要ないですからね。雰囲気の方が重要です。難しい話には長い文章が必要ですから」
「まあ。それもそう……なのか?」
秀星は『ただ強い存在』である。
強さと理不尽さで身近にいる仲間に安心を与え、先陣を切って多数の命を背負うことはできる。
だが、秀星は『指導者』ではない。
論理的、かつ物証的なそれは証拠能力として高い性能を誇るが、複雑な前提知識を多数要する『数字』というものは、『わかりやすい損得計算』から大きく離れる。ということは分かる。
そのため演説に必要なものが『雰囲気』というものは理解できる。
だが、秀星は『演説』というものがわかっていない。
「そういえば、ヴィーリアは『煮え湯を飲まされた』って言ってたけど、誤用じゃないよな」
……ちなみに、『煮え湯を飲まされる』というのは、信頼していたものからの裏切りを指す言葉で、似たような言葉を挙げるなら『飼い犬に手を嚙まれる』である。
「建国した時は友好的な関係でしたよ。そもそも、百年以上前の情報を管理できる組織は、神聖国を含めてもそう多くないので」
「あー、だな」
エルフのように長く生きることができる種族は存在する。
だが、正確で膨大な情報をしっかり文字として記録しているかどうかとなれば、それはまた別の話だ。
言葉で話してもいいのだが、昔話を他人に話すときに、『同じように話す』ことはできても、『全く同じ文でしゃべり続ける』ということは不可能である。
……いや、不可能ではない。秀星はできる。
「神聖国もまともな時期はあったのか」
「そうですね。偽善と酔狂で動く人ってどこにでもいますからね。それに、平民の言うことを無視し続けてヤバいと思う人が出てくることだってありますから」
「そんなもんか」
極論だが、都市というものは村と違い、周りからの物資が流れてこなければ衰退し、いずれ全滅する。
自給自足ができる村はそうではないのだが、人が多くなった結果構成される『都市』というものはそういうものなのだ。
都市にしかできないことは多いが、都市には前提条件があるのだ。
都市を優先する。という考えがあることそのものに批判はない。
それが将来的に国民の経済を支えることにつながるのならなおさらだ。
だが、調子に乗って『やっべ!平民の言うこと無視してたら村に餓死者が増えて働き手が死んじゃった!来年は穀物の需要が満たされない!』となれば、その領主は確実に責任問題だろう。
そうなれば、しっかりと知識と経験があるものを人は求めるのだ。
そして立ち上がった英雄が、革命を起こし、新しいシステムを作る。というのは珍しいことでも何でもない。
「まあ、ヴィーリアの一番の狙いは、『魔力の独占状態を打破する』ってところだろうな」
「そうですよね……」
この目的を掲げて、『国民の同意を得る』ことが重要なのだ。
そもそもユイカミの国民は十万人程度である。
技術の開発が進んで若干入ってきているようだが、それと同時に出ていってほしい人もかなり多いようで、総数はまだ大きな変化はないだろう。
半数は五万人で、優れた演説センスがあれば難しい数字ではない。
そして実際に、同意を得ることはほぼ成功している。
「俺がこの戦いに混ざらない理由がなくなったんだよな。勝手に動くつもりだったんだけど」
今回のユイカミの神聖国に対する侵攻作戦だが、秀星にとってはかかわる理由がかなり薄いのだ。
グリモアの人間でもないし、そもそも地球人。
ユイカミの国民は確かに、秀星に対して感謝している部分があるかもしれない。
それしかつながりがない以上、『全面協力』をしようとは思わないのだ。
要するに、単純に『神聖国に挑んで、土地や資源を得るために戦います』といった場合、秀星にとっては興味がないのだ。
……土地や資源に関してはヴィーリアの方が興味ないかもしれないが。
「そもそも俺がグリモアにやってきたのは、その魔力を抱えているやつをどうにかするって目的だもんな。それを達成するための戦いとなれば、俺が混ざらない理由はなくなったんだよなぁ……」
「姉様は人の趣向を理解するのが速いですからね。僕にも見えていない『秀星さんの無意識』がわかってるんだと思います」
正直な話、『ユイカミが神聖国の魔力独占体制を破壊する』という目標を掲げたところで、秀星が勝手に動かない理由はないのだ。
だが、秀星は個人的に、ユイカミの人間としてかかわっていこうと考えている。
ヴィーリアの秀星に対するかかわり方、そして、こうした演説という行動。
どうやら、『秀星はだいたいこういう人間だ』ということが、ヴィーリアにはバレているらしい。
そして、それを嫌と思わない状態になっている。
「ただ、アレだな。物は言いようっていうか……攻めてきたことは間違いないけど、被害全くないからって、ただ攻めてきたことだけを主張するって……」
「嘘はついてませんからね」
「そうだけどね」
一部の事実を切り取って、自分の都合のいいように発言する。
誰もがよくする手法である。
日常的に見れば誰もがやっていることなのだが、『意図的に』やっているのが遠くから聞いていてもよくわかるくらいだ。
「まあいいや。とりあえず、神聖国を攻めるときになったら俺も混ざろっと」
「とりあえず今はそれだけでいいと思いますよ。僕も姉様が考えていることは見えていませんし」
秀星はどうやら、『心』をつかまれているようだ。
(……すごい女だなぁ)
秀星はヴィーリアを見てそう思った。
強さは誰もが持っているものだ。
ただ、他人の心を揺さぶることができるものは限られている。
意図的にそれができるものが、『指導者』としてのスキルなのだろう。
(俺には無理だな)
問答無用で作り替えることはできる。
だが、言葉で変えるのは難しい。
ヴィーリアを見て、今も、意外と誰かにはめられているのでは?と思うのだ。




