第六百二十一話
「こっちが攻める気満々になった瞬間、一つの重要施設の周辺のガードを思いっきり下げてきたな」
「とても強力な砲台がありますからね。下手に防衛コストをかけるよりも、砲台を向ける方が抑止力になります」
「そういう事情か……」
女王執務室でヴィーリアと話している秀星。
資料には、現在の神聖国の防衛状態が書かれていた。
先ほど秀星が言った通り、かなり防衛にあたる兵士の数が減らされて、代わりに他の施設を守るように配置しているようだ。
「それ以上に気になるのは、施設のない辺境の村がノーガードってところだが……」
「彼らにとって価値にないものだという判断なのでしょう。神聖国は領土は広いですが、王国のような食糧生産技術も、帝国のような魔法具生産技術もありません。施設を利用した圧力外交で買いたたいていますが、辺境の村は、生産能力は乏しいですから」
どうやら、『施設を利用した戦力』と『聖竜騎士団』だけで今までやっていたようだ。
逆にすごい。というか周りの視野が狭い。
「だからって何も防衛予算を組まないってことは……平民はいくらでも補充できる家畜だとでも思ってるのかね?」
「思っているのでは?」
「なるほど」
自分で言っておいて即答されたわけだが、秀星の表情は変わらない。
「……思ったより嫌悪感がないのですね」
「まあ、そう考えることができないと乗り越えられない困難っていうのはどこかにあるからな。価値観の否定はしないさ」
「そういう考え方もありますね」
グリモアでまだ神器を持っていなかったころ、秀星も助けることができなかったことがある。
すでに乗り越えたのかどうかはともかく、エリクサーブラッドの影響でそれがトラウマになることはない。
「だからサイコパスが君臨するんだよ。良い悪いは別にしてな。まあ、防衛予算の組み方の話はいいや。その砲台ってどういうものなんだ?」
「雷属性で広範囲に爆撃するものです」
「うーん……」
単純な『電気』というものであれば威力はそうでもないだろう。
だが、『雷』という以上、それ相応に威力があるはずだ。
「地球の知識で、『ゴム製品を身に着けて突撃すればいい』と考えた冒険者が突っ込んでいって散った経験がありますから、かなり恐れられていますよ」
「あー……なるほどね。マジの雷みたいな性質してるな。雷は電圧が高すぎて、ゴムの抵抗力を超えるんだよ」
「ほう……」
「ゴムって『絶縁体』っていわれるけど、さすがに雷にはかなわないんだ。『絶縁破壊』っていうんだが……そこまで強力な施設があるのならそりゃ圧力外交になるのは当然か」
「何か方法はありますか?」
「『雷属性無効』で突撃すれば基本的に問題ないな。雷属性耐性の最高峰だし」
「あまり市場に出回りませんからね」
「だろうな」
『無効』という段階に行ってしまうと、その界隈で天敵が不在になる。
加えて、雷属性の砲撃で圧力外交をしているのだから、雷属性無効の研究をしていたらストップがかかるのは当然だ。
「まあ、別に一秒あれば、この国の騎士団全員に雷属性無効を付与できるけどな」
「……理不尽ですね」
「常識って脆いからね」
世の中がうまく回っている理由はただ一つ。
強者が手加減しているからである。
「まあいいや。とりあえず、俺は神聖国が抱えてる魔力を独占する手段を破壊できればいいわけだからな」
秀星はそう言って笑った。
ただ、一つだけ、逆に気になっている部分があった。
(科学と魔法の両方が同時に進歩していた地球でも、『魔力を保存する技術』は確立されていなかった。この世界の文明で、そこまでたどり着けるとは思えない)
秀星が裏で情報を流すまで、地球では魔力を保存する技術はなかった。
もちろん、モンスターから入手できる魔石には魔力が保存されているが、形も重さも異なる魔石に対して一々対応していると効率が悪い。
『便利』という言葉の本質が『自動』だとしよう。
その場合、その『便利』を達成するためには、『規格化』が重要である。
そのため、『同じ大きさの入れ物に魔力を入れる』ことが必要なわけだが、それは現代の地球では達成できていなかった。
ただ地球の場合、技術水準を満たしているが発想の視野が足りなかったが、グリモアの場合、技術水準そのものが足りない。
(となると、『魔力を独占する』ということは、言い換えるなら『圧倒的な魔力を生み出す手段を独占する』ことにつながる)
戦争の気配がする中でノーガードということは、言い換えれば『とんでもない量の魔力を精製できるシステムがある』ということになる。
戦争地域全域にわたって雷属性をばらまけるほどの魔力となると、その魔力の総量は秀星の次に多い基樹に匹敵する。
人なのか、物なのか。
あえて『独占する』という表現を使っているが、この方がわかりやすいため言っていただけで、現実はそこにある。
(ただ。仮に期待するとしてもここまでか)
聖竜騎士団の動きを見ているだけでも、焦っている部分があることは分かる。
所詮その程度である。
「まあ、攻めるときは適当にやるとして……演説もクソもないよな。そもそも攻め込まれたことを気にしてる国民ってどれくらいいるの?」
「一部の神聖国が雇ったサクラが騒いでいる程度ですから……まああまり多くはないでしょうね」
「不謹慎な言い方だけどさ。ちょっとだけこの国の状態が悪くなってたらまだ演説に効果があるけど……」
「その点は問題ありませんよ。もともと神聖国が嫌いな人はいますから」
「そうなのか?」
「今はもう滅ぼされていませんが、議員が選挙でえらばれていた国がありまして、打倒神聖国を掲げるだけで当選した人がいたくらいです」
「恨まれてるねぇ……」
というわけで、演説することにした。
どれほど効果があるのやら。




