第六百二十話
神都の教会地下。
教皇と国王は、部屋に入ってきた騎士団長のハゲ頭を見て、飲んでいたコーヒーを口の中で爆発。
教会が牛耳っているメディア関係組織に提供する記事の検閲を行っていたわけだが、コーヒーがかかりまくったのでやり直しである。
「き、騎士団長、一体どうしたのですかな?」
教皇が騎士団長のハゲ頭を見て驚愕している。
「全滅だ」
「なんですと?」
「聖竜騎士団は、事実上全滅だ」
「ば、馬鹿な!ユイカミが総力を挙げて待ち伏せされていたとしても、それすら踏みにじる戦力があったはずです!」
教皇が驚いている。
実際、勝つことが普通だと思っていたのだ。
だが、秘密裏の最速移動用の地下通路を使って帰ってきた騎士団の言葉は、『全滅』
騎士団長は本当に実力で勝ち上がってきた豪傑。
エリート街道まっしぐらだが、もう見る影もないほど衰弱している。
要するに、ハゲの理由はストレスである。
「む?事実上というのはどういうことですかな?」
「こちらが向かわせたドラゴンは、一体も倒されていない。だが、騎士団も、竜も、もう、ユイカミを相手には戦えないのだ」
ちなみに、全長五十メートルの巨大ドラゴンは、実際に存在するのではなく召喚された個体なので、魔力がある限り新しい個体を呼び出すことができるためノーカンである。
魔力消費はかなりのものだが、神聖国は世界で最も魔力を独占している国。
あくまでも魔力的なコストであれば出し惜しみはしない。
「い、一方的に負けたのですか?」
「ああ、騎士たちの心はもう折れている。ドラゴンたちも、ユイカミの名前を出すだけで震えあがるほどだ」
教皇と国王は正直、『理解不能』であった。
当然と言えば当然の話だ。
攻撃力、防御力、機動力、そして、五十メートル級のドラゴンの召喚となれば、それだけで『決戦兵器』とすら評しても何も問題ないレベルだ。通販で買ったグレネードランチャーに負けたが。
だが、騎士団は完全に敗北している。
「そして、私がここの部屋に帰ってくる前に、少し情報を拾ってみると、どうやらユイカミがこちらに宣戦布告をしているという情報があった」
「ゆ、ユイカミが宣戦布告ですと!?」
教皇は驚く。
というより、教皇にとって、ユイカミという国は確かに技術が存在し、女王と親衛隊長は確かな実力者だが、神聖国を単騎で落とせるような猛者ではない上に、技術はあっても国力はないため、実践的な装備を配備することは不可能という結論が出ている。
戦争というものは『兵士の戦闘力×装備の性能』で勝るものが有利ということは、よほどの奇策がない限り覆ることはない。
ちなみに、ここでいう『兵士の戦闘力』は、『数と質の両方を考慮したもの』である。
ユイカミの場合、確かに騎士団や親衛隊などいろいろあるのだが、戦争をするとなれば数が少なすぎて、質ばかりがやたら高い状態だ。
簡単に言えば、『超遠距離から超強力な攻撃をすれば、手も足も出せない』ということになる。
……この理論の集大成が核兵器ともいえるが、それは置いておこう。秀星には通用しないし。
「私が帰ってきた時間を考慮すれば、この情報の広まり方は、我々がユイカミ付近に到着するころには、勝敗など見ずに、情報を流していた可能性が高い」
「ば、馬鹿な……」
国王が愕然としている。
……一つ大きく気になる部分があるとすれば『なぜ他国からの正式な宣戦布告を国王が知らなかったの?』と疑問を抱かずにはいられないが、それは突っ込んでも仕方がない。
知らないものは知らないのだ。
どうせ部下にでも押し付けているのだろう。
加えて、聖竜騎士団が攻めているので、どうせ攻めるもクソもないと考えて処理してしまったのか。
「しかも、何故か聖竜騎士団の敗北がすでに一部の情報屋に入っているようだ。他国のスパイがその情報をつかむのも時間の問題だろう」
単なる敗戦ならば、情報を操作してもみ消せる。
だが、実際に情報として先を越されてしまうとどうにもならない。
「……騎士団長。大失態ですな」
「……ああ、認めよう」
「あなたには、辺境の警備でもしてもらいましょうかね。あそこは何もないので、攻められることもありませんし」
あくどい笑みを浮かべている教皇。
国王もそれに大きく頷く。
こうして話が簡単に進むのは、雑に言えば『悪い大人も一枚岩ではない』ということだ。
人が三人いれば派閥ができる。
あくまでも派閥という面で見ると、『教皇と国王』『騎士団長』と分かれるのだ。
生まれや育った場所の話である。
まあ何をどう見ても、国民のためにならない既得権益を守っているだけにしか見えないが、世の中そんなものである。
「ああ……その処分を受けよう」
騎士団長はうなずく。
「……ところで、ユイカミからの宣戦布告をどうするのか、それだけは聞いておきたい」
「当然、『神罰の雷』をもって殲滅するのですよ」
「超遠距離からの砲撃に耐えられるわけないからな」
教皇と国王は不敵に笑う。
騎士団長は頷いた。
彼らに何かを言おうとは思っていない。
二人は騎士団長とは違って、現場の人間ではない。
これからも指示を出すだけだろう。
『これまでの常識の通り』に。
「わかった。なら、私はもう出発しよう」
「おや?手ぶらで行くつもりですかな?」
「常に準備していたからな」
騎士団長はそれ以上は何も言わずに部屋を出た。
ある意味、『神聖国に属するしかない者』のなかでは、この時点で『しっかり絶望することができた』のは幸福だろう。
(さて……この国は変わるだろうな)
騎士団長はそう思う。
……最も、二十年後には潰れているとは考えもしないだろう。
そして最後に。
憑き物が落ちたような顔をしているところ少々言いにくいのだが、ハゲがあまり似合わない顔立ちなのでカツラを買ったほうがいい。




