第六十一話
「おはよう秀星君!」
「待っていたぞ」
「秀星君。掲示板の話は知ってる?」
学校に行くと、剣の精鋭のメンバーが秀星のところに集まった。
ちなみに、教室に入ったと思ったら即座に屋上へ連行された。
「……で、掲示板の話だったか?もちろん知ってるぞ」
「あ、知ってるんだ」
「アメリカの掲示板らしいが、その情報が日本のほうにも入ってきているみたいだな」
いろいろと動いているようだ。
実力では勝てないので風評被害を利用しようということなのだろう。
それが通じない人間も一定数いるのだが。
「自分の失態だっていうのに、逆恨みなんて女々しいよね」
「まったくだ。その時間を鍛錬に使うほうがいいに決まっている」
雫と羽計も、この件に関しては否定的だ。
ネットに乗った情報というのは消えないし、ネットでの発言は多くの人間が見る。
そういった場所で発言するということの意味を考えずに使っている人間は多いからな。
……マシニクルを使えば過去に乗せたコメントや動画を、転載されているものも含めてすべて削除することが可能なのだが、それは今言うべきではないだろう。
「それは私も思うけど、クラスの雰囲気が変わっているのも事実だよね」
「本人は気にしていないようだがな」
「秀星君は大体そんな感じだよね!周りを気にしないっていうか、そもそも気にすることをめんどくさがるっていう感じ」
別に聞かないわけではない。
そもそもアイデンティティというのは、自分に対する評価というものから始まる。
その評価というのは、必ず周りと比べるものだからだ。
そもそも、周りを意識しない。ということは、意識的に、意図的に、周りから視線をそらす必要がある。
無視することと気にしないことは違うのである。
「こういうのは面倒なんだよな」
「どうして?」
「言葉にするなら……わかりやすくないからだ」
考えざるを得ない程度なら別にかまわないのだが、ネットというのは、発言する本人が匿名でもいろいろ言える。
面倒なことだ。
「あ、そういえば、今日は転校生が来るみたいだよ」
風香のセリフに、『え、また?』みたいな雰囲気が流れた。
★
「というわけで、今日から転校生が親の事情で来ますよ」
「何が『というわけ』なのかわからないんですけど、このクラス。転校生多くないですか?」
乗りのいいツッコミ三人組の一人、漆原祐樹が言った。
茶髪で身長の低い弟的な雰囲気である。
「先生もそう思います」
「思ってんのかよ!」
三人組の一人、冨里弘明が叫ぶ。
黒い髪をスポーツ刈りにした体格のいい生徒である。
「そもそもこの街ってなにもないと思うんですけど。親の事情って言ってもあまり納得できないっていうか……」
三人組の一人、香原翔一が言う。
特徴がないというのが特徴という人物。ただ、キャラが濃い人間が多いので『ふつう』というキャラ属性を持っている。とはいえ、ツッコミ担当なので普通といっても外見だけだが。
「大丈夫だよ。三つの隣町にそれぞれショッピングモールと遊園地と多目的スタジアムがあるから」
「嫌がらせか!」
秀星もそう思う。
「まあそれはそれとして、入ってきてください!」
扉を開けて入ってきたのは、金髪の女子生徒だった。
どこからどう見ても外人である。
胸は控えめだが、見える肌は白い。
表情が乏しい感じだったが顔だちは整っている。
「初めまして、アメリカから来ました。エイミー・ルイスです。よろしくお願いします」
秀星もそうだが、一部の人間は思った。
『はいアウト!』と。
秀星の隣の席は空いていない。というか雫が座っている。
席に座ったエイミーを見て、秀星は溜息を吐きそうになった。
★
エイミーの学力はすごかった。
というか日本語ペラペラだった。
現代ファンタジーのフィクションを読んでいるとき、なんで登場する外国人が日本語ペラペラなのか疑問に思うことがあるのだが、現実でもそうだというのは想定外である。
頑張る人は頑張っているのだ。
ぶっちゃけ現代文でも古文でも雫より賢い。
「ぐぬぬ……今日に限って抜き打ちテストなんて……」
学校の屋上。
昼休みであり、弁当を食べたり、学食を食べに行ったりする生徒がほとんどだ。
認識阻害がかけられているので屋上を行きながらも、『魔戦士が多いのなら、この認識阻害ってあまり意味が無いのでは?』と思う秀星。
だが、それらは認識阻害の効力の問題だ。
秀星が自分で強化すれば話は早い。
閑話休題
雫が『12点』と書かれた現代文の答案を見ながら唸っている。
正直、なんで一夜漬けがあんなにすごいのに普段はここまでボロボロなのか秀星にはわからない。
「なんていうか、ちらほら正解しているって感じだな」
「敬語に関して言えば全問間違えてるけど……」
「普段から使っていないからなのか?」
そんな雫の答案を盗み見て、三人は『これはやばい』と評価した。
「むうう……なら、三人はどうなの!?」
三人とも見せる。
当然とばかりに満点である。
アルテマセンスを持つ秀星はもちろん、羽計はもとから教科書の内容を頭に叩き込むタイプで真面目であり、風香は定期テストではたまにミスをするが、授業中に急に出される程度の小テストで解き漏らすことはない。
「あ、ありえない。私以外のメンバーがここまで賢い人間ばかりそろってるなんて……」
「普段から勉強しないからだろ……」
「ぐぬぬ、そうやって持つ人間は持たない人間をあざ笑うんだよ!」
それが世の中の真理である。
女性の胸も、学力も、そのあたりはたいして差はない。
ただし、今回に関しては完璧に雫の自業自得だ。
「まあでも、定期テストの点さえ良ければ大丈夫だもんね!」
「通知表書くときに困るって……」
点数を書くときは確かにいい。実際にそれなりの点をとれるのだから。
だが、授業態度は良いわけではない。
迷惑をかけてはいないのだが、寝ていたり、明らかにボーっとしていたり、どう考えても個人の評価が暴落する。
「とはいっても、私のことなんて些細なことだよ。エイミーさんのこと、秀星君はどう思う?」
「……それが些細なことなのかどうかは俺はよくわからんが、エイミーは敵ではない」
「え、そうなの?」
「タイミング的にスパイだと思っていたが……」
状況とタイミングでそう考えてしまうのも仕方がないといえばそうなのだが、人を状況証拠だけでは判断するのはダメである。
「まあ、敵ではないというだけで別に味方でもないがな……」
「……どういうこと?」
雫が首をかしげる。
「彼女の父親が魔戦士専門のエンジニアなんだが、剣の精鋭に売りこもうとしているんだ。で、娘である彼女を送りこんで、そのコネを使ってうまく取引しようと考えている感じだな」
「なるほど、でも、普通に頼めばいいんじゃないかな」
風香はそう言う考え方のようだ。
秀星も同意見である。
「専属としてのパイプが欲しいみたいだな。エンジニアとしては新参だから、あまり功績がないということもあると思う。ただ、問題なのは、ネットだな」
「「「?」」」
「最近。俺の風評被害がすごいだろ」
「そうだね。あ……」
風香は分かったようだ。
羽計もうなずく。
「なるほど、剣の精鋭の中でも、秀星が最強であることはすでに知れ渡っているからな」
「『女性を何人も侍らせる人間の敵』なんていってるけど、結局、女を送りこめば何とかなるって考えてるってこと?」
概ね雫が言った通りだ。
「でも、まだ決定打がないっていうか……」
「一番の理由だが……アレシアのガードが堅い」
「「「あ、なるほど」」」
チームの切り札が秀星であることは剣の精鋭の中でも共通認識であり、それはチームの外でもそうだろう。
だが、リーダーは来夏であり、その来夏の手綱を握っているのはアレシアだ。
秀星は影響力がありすぎて、交渉の場に立つなどもってのほか。
部屋の外から威圧する程度がちょうどいいので、来夏がそういう場に立つのだが、実際はアレシアがいろいろと話している。
「アレシアは、自分が持っているカードが強いと分かれば問答無用だからな」
「しかも、秀星君の場合、使用にも回数にも制限がないような感じだしね」
「そう考えると、なんだが、交渉相手がかわいそうな感じがする」
「間接的にボロクソに言われている気がするのは気のせいか?」
羽計、雫、風香の言い分に、少しだけモノ申したい気分になった秀星。
「まあいいか。午後もちょっと見ておくといいぞ。多分、俺が言った通りだって思うから」
★
午後と言っても、高校の授業は二時間しかない。
そのうちの一つは体育だった。
体育館でバスケットボールである。
「とりゃああああ!」
「――!」
ダンクシュートを決めようとしていたエイミーに対して、自分もジャンプして止めようとする雫。
「スゥゥ……ハッ!」
空中で息をしなおしてダンクするという、余裕があるというか超高等技術を披露するエイミー。
雫は止めることはできなかった。
(……思ったよりパワー系だな)
試合を見ていてそんなことを考えている秀星。
魔戦士は筋肉がしなやかなのか、筋力がすごいわりに細い。
来夏や剛毅のような例外もいるが、エイミーは、細い体つきのまま、パワーを維持している。
「うわっ……おっ!」
ダンクに負けた雫。
だが、その先、欲望が目覚めた。
「えいっ!」
「きゃっ!」
ダンクを決めた瞬間という、最も油断するタイミング。
同じく空中にいる雫は、エイミーの胸を全力で揉んだ。
「おおっ。控えめながらも形よく整ったこの胸!」
巨乳である君が言うんじゃない。
「イヤアアアアアアアアアアア!」
胸を揉み始めたタイミングから、ビンタが飛ぶと思っていた。
が、エイミーは予想の一歩上を行く。
グーでストレートだ。
「ぶへあっ!」
顔面にもろに受けた雫は、体育館の床に頭から墜落する。
すごく無理な体勢だったはずなのに抜群の体幹を発揮して着地するエイミーだが、若干涙目である。
床で倒れながらも揉んでいた感触を忘れずに手をワキワキさせている雫を、両腕で胸を抑えながら睨んでいた。
「エッチなことは止めてください!」
「……フフフ。かわいい子に生まれてきたエイミーちゃんが悪い!」
それは暴論と言うものである。
それにしても、自己紹介の時と午前中の授業から察するに、おとなしく、緊張しやすい性格だと思っていたが、意外と思ったことを言えるタイプだ。
クラスメイトのそれを理解する。
「フフフ。あの胸の感覚、これだけで夜にぶぎゃ!」
羽計のチョップを頭に受けて悶絶する雫。
「いい加減にしろ」
「チッチッチ。私にそれを言い続けて諦めてきた人間がどれほどいると思う?」
「……」
「ちょっ、いたたたたたた!無言で関節きめるの止めて!」
腕をひねり上げる羽計。
こうなればもう物理的な制裁と思ったのだろう。
ただ忘れてはいけないことがある。
今が『バスケットボールの試合中』であるということだ。
とはいえ、このやけくそな空気ではそんなことは不可能。
体育の担当教師も、一時的に体育館を離れているので、この空気をどうにかすることはできない。
その時、ビーッと言うブザー音が鳴り響く。
「「あ……」」
忘れてた。と言った雰囲気でブザーの方を見る雫と羽計。
エイミーは困惑している。
(多分、体育館にいる全員が思ってるんだろうな。『このやけくそな空気をどうにかしてくれ』って)
容赦のない人間と言うのはどこにでもいる。
ただ、雫は少々……いや、かなり質が悪い。
おそらくエイミーもそう思っただろう。
ただ、転校初日と言うにしては、悪くない人間関係のきっかけを作れたとも言える。
なお、インパクトがマイナス方向にぶっちぎっていることは、秀星もあえて否定しない。