第六百五話
基樹、美奈、天理の三人は、城を後にする。
再び不死鳥形態になったアーリアの背に乗って、かなり距離がある場所まで飛んでいく。
「……あの、基樹君。いったいどこに向かってるの?」
「隠居してるやつが好んでる場所だ。今もそこにいるかどうかは分からんけど」
美奈と天理から『それって大丈夫なの?』という種類の視線を向けられるのだが、基樹は気にしない。
魔族領土は黒い空が基本だが、中には人間にとって普通といえる環境になっている部分もある。
アーリアは青い空の大地まで飛んだ。
「へぇ、青い空に大草原。魔族の領土にもこんな場所があるんだね」
「そもそも、あの空は俺が最大限に力を発揮するために設置したものだからな」
「え、あれって、巨大な付与アイテムなの?」
「ああ。だけど、戦わないって決めた場所では、そういうものは使わないさ。そろそろ着くぞ」
基樹が言った通り、見渡す限りの大草原の奥の方に、一軒のログハウスがあった。
そのログハウスの傍では、全長十メートルほどの黒いドラゴンが眠っている。
そんなことを置いておくとして、基樹たちはログハウスの前に立った。
アーリアがフェネック状態になって美奈に飛び込んだので、基樹はログハウスの前に立って、ノックを三回した。
「はい。少々お待ちください」
中から男性の声が聞こえた。
数秒後、ドアが開く。
そこから顔を出したのは、燕尾服を着た初老の男性だ。
髪は全て白いが、身長は百九十センチを超えるほど大柄で、しっかり鍛えているのがわかるほどがっちりとした体つきである。
とても愛嬌のある笑みを浮かべており、どんな人物なのかと思った美奈は、一瞬で緊張がほぐれた。
「これはこれは、魔王様。お久しぶりですね」
「ああ。確かに久しぶりだな。ゲニウス」
どうやら、この初老の燕尾服の男性はゲニウスというらしい。
「まずは中に入りましょうか。お茶しか出せませんが……」
「急に来たんだし、まあそれくらいは……」
「というのは嘘で、真実国ユイカミにいらっしゃっていた情報は私に入ってきていますからね。多種多様なものを揃えていますよ」
「……」
基樹が珍しく『くっそおおおぉぉぉ』と言いたそうな顔をしている。
どうやら、昔からこのような感じらしい。
全員がソファに座って、ゲニウスがそれぞれに飲み物を用意した。
「それから、そちらのお嬢さんたちは……」
「片方は元勇者。もう片方は、俺の彼女だ」
「今は水無月天理という。よろしく」
「朝森美奈です。よろしくお願いしますね」
「私はゲニウスと申します。百年以上も前になりますか、魔王様のご意見番をしていました」
美奈と天理は『ご意見番?執事って言ってなかった?』といい表情で基樹を見る。
「フフフ。おそらく私のことを執事と聞いているのでしょう。そこも間違ってはいませんよ。ただ、それは一時期務めていただけで、ずっとそばにいたわけではありませんからね」
「ふむ、要するに、基樹からの信頼が厚いことは分かった」
「基樹君は意外とさみしがり屋ですからね」
「そうですな。魔族国の国政にかかわることでなくとも、何かつらいことがあった時、こっそり私のところにきて、こっそり甘えて帰ることはよくありましたよ」
「その話はいいだろ別に」
苦虫を嚙み潰したような表情になる基樹。
過去の弱い部分というものはあまり見られたくないのだろう。
というか……このメンツだと弄られるのはほぼ確定だ。
基樹は意外とそういうところがある。
口には出さずとも、だれを誘うのか、誰に会うのかで考えていることがほぼ丸わかりなのだ。
そして、美奈とゲニウスはもちろん、実際に剣を交えて戦った天理もそこを何となく察している。
「しかし、基樹様と天理様を見ていると思い出しますな。魔王である基樹様を倒した後も、天理様はよく私のところに来ていたのですよ」
「そうなのか?」
「うん」
「天理様は魔族に対する偏見がない方でしたからね。まあ、おそらく基樹様と戦った際に私のことを聞いたのだと判断して話しました。そういえば、あの頃は胸が――」
「それ以上は言わない約束」
「はしておりませんが、これ以上はやめておきましょうか」
水無月天理は正直、爆乳である。
しかし、転生前、ユーリア・フォールサイトは笑うしかなかった。
「さて、背負っている剣を見る限り、どうやら先に城に戻ったようですね」
「ああ。剣だけ回収して出てきたけどな」
「それでいいでしょう。それから、基樹様はなぜ私のところに?」
「この世界のことをいろいろ調べてるはずだ。これから何をすべきなのか、意見を聞くならお前のところだと思っただけだ」
「なるほど。要するに情報収集ですね」
ゲニウスはあごに手を当てて考える。
「まず確定していることですが、百年前に基樹様が討伐されましたが、人間の中で、争いは激化しました」
「だろうな。俺たち魔族はほとんど人間が住んでるところなんて襲撃してなかったんだ。共通の敵ですらないうえに、認識としてしか存在しない」
「ええ、ですが、情報伝達が乏しい世界というものは、それでも問題はないわけです。しかし、共通の敵がいなくなったということは、再び人類はその勢力が分かれ始めます」
「まあ、必然だな」
「はい。そして、そんな中で最も力をつけたのが神聖国です」
「……あの頃って、土地に恵まれた王国が穀物を大量に作っていて、魔物が増えやすくて実戦経験が豊富な帝国が戦力を提供するってバランスだったよな。神聖国って規模で言っても一番小さかったはずだが……」
「そこで、女神を名乗るものが介入してきた。ということです」
基樹が魔族領に来る前に秀星から聞いた話だが、女神を自称する男の神を信仰しているらしい。
……救いのない話だ。
「神聖国は勇者を送り出した国でもありますからね。神聖国はそこから、王国と帝国にその勢力を広げていきました。結果的に、当時は最も勢力が弱かった神聖国が、今では帝国や王国と並ぶほどの国になりました。賄賂の総額もぶっちぎりで一位です」
「まあ、法律がしっかりしてなかったら賄賂国家になるよな……」
残念な現実である。
「神聖国が魔力を独占してるってことか?」
「魔力の独占?」
そこまでは把握していないのか、首をかしげるゲニウス。
「そうだな……まず、ここに至るまでの簡単な経緯を話した方がいいか」
基樹はそう言って、この世界に来ることになった理由と、その段階で秀星が予測していることを話す。
すべてを話し終わった後のゲニウスの感想は、『その、秀星という方、正直に言いますと先に進みすぎていて反則ですな』である。
深く同意した三人であった。




