第六百話
と言うわけで、その応接室に行ってみた。
「椿ちゃーん。お菓子いっぱいありますよ〜」
「おー!ありがとうございます!もぐもぐ……とっても美味しいです!」
確かに餌付けされてるな。
「椿、何をしているんだ?」
「むむ!お父さん!」
椿が秀星に気がつくと、椿は目を輝かせて秀星に突撃した。
かなりの速さだが、それに耐えられないほどヤワではないので、しっかり受け止める。
「……あ、皆さん。お菓子ありがとうございました!」
とても笑顔で応接室にいるお姉さんたちに向かってお礼を言った。
お姉さんたちは『またきてね〜』と手を振っている。
基本的に椿は嫌われない体質なのだろう。お姉さんたちはみんな笑顔である。
美人は知らないが、かわいい子に罪はないようだ。
「あ、お父さん。星乃はここに来ていますか?」
「……誰だ?」
「私の一つ下の弟です!」
「弟いたの?」
秀星は驚く。
ただ椿は完全に忘れているようだが、弟がいることを教えているのは、高志が率いるユニハーズのサブリーダーであるアステルだけなのだ。
秀星は聞いていないのである。
……椿はアホの子なのでどうやら教えていると考えていたようだが。
「いや、俺は知らんな」
「ムムム。一体どこに行ったのでしょうか。よく迷子になりますからね」
悩んでいる椿だが、秀星が思うのは、『椿が勝手に動いて星乃から離れる』『星乃は椿を探し始める』『椿はかってに目的地に着いている』というパターンなのだと推測できる。
これで嫌われないのだから凄まじいの一言に尽きる。
「あの、秀星さん。娘さんって、どういうことですか?」
「私は地球の二十年後から過去に飛んできたんですよ!」
「なるほど」
受け入れられるアルト君は重症である。
「でも、過去に飛んでくるのって、制限があるのでは?」
「タイムマシンの設定をミスってこっちに来ちゃいました!」
馬鹿である。
アホである。
間抜けである。
「秀星さん」
「なんだ?」
「胃が痛くなってきました」
「薬あげるよ」
薬が入った瓶を渡す秀星。
常備しているのだろうか。
「そういえば、お父さんはなんでこっちの世界にいるんですか?」
「魔力を独占してるやつがいるから、それをなんとかしに来たんだ」
「あ、そう言えば未来でもお父さんが言っていましたね。おじいちゃんと来夏さんをもっと自由にさせておけばよかったとよく愚痴ってましたよ」
「……」
どうやら、すんなり解決するために必要なのはあのバカ二人らしい。
世は末である。
「ええと……あなたはアルトさんですか?」
「あ、はい。あっていますよ。未来でも僕たちはあっているんですか?」
「ヴィーリアさんが地球人と結婚してるので、その関係で会っていますよ!」
「姉様が地球人と結婚してるんですか!?」
「はい!そしてその子供は私の親友です!」
そういう関係か。
「女王が他の世界の人間と結婚するって……大丈夫なのか?」
「未来ではサーレイ家は王族ではありませんからね」
「そうなの!?」
「まあ、万世一系も男系継承も姉様は興味がないのでそこは驚かないですけどね」
アルトも頭おかしい。
「そういうわけなのです」
「……そういえば、椿ってタイムマシンの設定をミスしてここに来たんだよな。もともとはどんな目的でタイムマシンを使ったんだ?」
「まず、タイムマシンには基本的な次元を移動する機能が組み込まれているんですよ。そして、お父さんが旅してきた場所を回っていこうということで、お父さんにタイムマシンのチェックをしてもらって、乗り込んで飛んできました!」
「……」
要するに、椿がミスしたのではなく、未来の秀星がそうなるようにいじった可能性も考えられる。
いずれにせよ。未来のことを勝手にペラペラしゃべる椿の存在が必要な部分もあるということなのだろう。
なんだかとっても面倒な気がする。
「そろそろ剣の精鋭の皆さんが過ごしてるエリアですね」
「むむ!お母さあああん!」
ロビーに入った瞬間、そこではソファで風香が本を読んでいたので、椿が突撃。
「ぎゅー!」
「え、え、つ、椿ちゃん!?どうしてここに!?」
「タイムマシンの設定をミスしたんですよ!」
満面の笑みを浮かべて言うようなことではないような気がするのだが、椿が言うとなんだか違う感じがするのだから不思議なものである。
「秀星君。これ、大丈夫なの?」
「もともと、神器っていうのは時間操作を普通にできるからな。まあまだ問題がないほうだ」
「……全くないわけじゃないんだね」
「……まあ大丈夫だ」
秀星としても、娘のためだ。そりゃ頑張る。
「アルト様」
椿が風香に抱き着いているのを見ていると、アルトに親衛隊の隊員が耳打ちしていた。
「ふむふむ……え?秀星さんの娘の弟を名乗る人が来てる?」
「はい」
「その話題。普通の音量で話していいよ」
「ではそうします。その……秀星様よりもガタイがよくて、とても特徴が似ている方なので……」
「ふむふむ」
「元気いっぱいでバカそうな姉を名乗る人が先に来ているはずだと」
「ああ。うん。通していいよ」
アルトがうなずいた。
どうやら朝森家の扱い方がわかってきたようである。
「なんですとーーーー!」
ボロカスに言われた椿は憤慨するが、正直緊迫感はない。
そしてそれに対してだれも何も言わない。
当然だ。
全員が同意しているからである。
というわけで、椿が合流した。
いいことにつながるのかどうかは椿の頑張り次第である。




