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第六話

「いったい誰が助けてくれたんだろう……」


 八代風香はぼーっと空を見ていた。


 一年前、『メイガスラボ』という組織に誘拐され、『隷属魔法』によって呪いにかけられた。


 八代家は、『九重市』における表には公表されていないモンスターの対応をしている。

 呪いにかけられた風香の評価は、八代家の中でも下がり続ける一方で、自力で解除する手段がなかった。

 八代家の人間としてモンスターに対応しなければならない時に、メイガスラボからの命令で、味方の妨害を強いられていたことがあることを考えれば、それも当然といえるだろう。

 むしろ、追放されなかったのが奇跡といっていい。


 逆らうと、全身に痛みが発生するという恐ろしいもので、恐怖によって従わざるを得なかった。

 支配される。ということがどういうことなのか理解し、そして、あきらめてしまっていた。


 そんなときに、あることを命令された。


 白銀狼マクスウェル。

 熱を認知するモンスターで、そのモンスターの捕獲を命じられた。

 捕獲である以上、体内にある何かが目的なのは自明の理。

 ただし、山の一部を所有し、管理している八代家だからわかるが、マクスウェルが人間に対して何かをしたという報告はなかった。


 さらに言えば、マクスウェルは格上だ。

 今の風香の実力では、捕獲することなど不可能だろう。

 ぎりぎりまで戦ったとして、倒せるかどうかわからない。

 マクスウェルが本気なら、風香の命がない可能性もある。

 しかし、従わなければあの苦痛が待っている。


 昼休みに電話をして、命を捨てる覚悟を。一度決めた。


 放課後になって、何も考えずに、山に向かった。

 その最中に、風香の進行を遮るように、父が来た。


 『いったい何があるのか』と思ったが、そこで聞いたのは、信じられない情報だった。


 メイガスラボの日本支部の重要拠点が壊滅し、風香を縛っていた『隷属魔法』だが、これがなくなった。


 どう表現すればいいのかわからなかった。

 ただ、助かった。ということは理解できた。


 誰が助けてくれたのかを父さんに聞いても、よくは知らなかった。

 本家に、研究資料をまとめ、研究材料を保管し、所属員すべてを拘束していたメイドがきたそうだが、『主人命令』の一点張りで、裏に誰がいるのかがさっぱりわからなかった。

 敵ではない。

 恩を売るつもりもない。

 いったいどんな人なのかが気になった。


 だが、あのメイドが現れないとわからないし、会えるかどうかはわからない。


「まあ、いっか。気にするなってことだろうし」


 恩は忘れない。

 だが、不干渉を決め込んでいる相手に対して思いをはせても仕方のないことだ。


 風香は、戻ってきた自由を謳歌することにした。


 ★


「どういうことだ!」


 椅子に座っている白髪交じりの髪の男性、簔口亮介(みのぐちりょうすけ)が、拳をプレジデントデスクに振りおろした。

 日本魔法犯罪組織『カルマギアス』の関東支部支部長であるが、その顔にあるのは焦りである。


「『DSP』は確実と言われていたのではなかったのか!それに加えて、生贄として最重要候補だった八代風香を逃がしおって。近藤。この責任をどうとるつもりだ!」


 簔口は、自分が部屋に呼び出した女性を見る。

 まだ若い。二十代前半と言ったところだ。

 整った顔立ちの女性で、黒い髪を伸ばしており、銀縁の眼鏡をかけている。

 フォーマルスーツを着こなすビジネスウーマン。と言った雰囲気だろう。その胸は豊満である。

 苦々しい顔をしてもおかしくはない雰囲気だが、本人はまだ余裕があるようだ。

 カルマギアス関東支部のナンバー2。近藤葉月(こんどうはづき)

 カルマギアスの新興直轄組織、『メイガスラボ』の最高責任者でもある。

 関東支部を拠点として運営していた組織で、先日、重要基地が再起不能になったのだが。

 あれから確認したら、事務所は指紋一つ残っていないもぬけの殻だった。

 その時の内心を表すとするなら、『一体何があった?』という思考が一番近い。


「現在立て直しているところです。一か月あれば、問題なく遂行できるかと」

「『召喚結晶』が奪われていることを私が知らないと思っているのか?あれを作るのにどれほどのコストをつぎ込んだと思っている!しかも、レシピが既に流出しているというではないか!」


 DSPというのはいろいろと略称があるが、この会議においては『Dragon Slave Plan』の略である。

 秀星たちが予測した通り、魔力を膨大に保有している人間を隷属状態にして生贄にすることで、召喚獣を隷属状態で召喚する。というものだ。


 ドラゴンと言っているが、なぜ爬虫類ではなく人間を生贄にするのかと言うと、召喚結晶の発動プロセスとして、生贄を媒体としてドラゴンを召喚するからである。

 これがどういうことなのかと言うと、まず、『この召喚結晶(・・・・・・)』は、生贄にできる人間は一人だけ。

 よく吟味して選ぶ必要があるのだ。

 召喚結晶による召喚、しかも具現が永続的なものなので、魔力だけで解決するのは難しい。そのための生贄である。


 ちなみに、候補は何人かいる。別に風香だけではない。

 ただ、風香は神社出身の巫女であり、『儀式』や『契約』というものに適合しやすい。

 生半可な量では魔力が足りないので、本気で書類を漁った結果なのだ。確かに時間はかかっている。某計算ソフトを使えばデータ入力と最大値検索で一発ヒットするのだが、そこは頭の固いアナログ連中なので割愛。


 なお、マクスウェルに関しては、風香について調べた時に、近くの山にいたから捕獲しておこうというノリであり、はっきり言ってオマケである。

 風香は実力者なので、本気で挑めばマクスウェルも疲弊するだろうという判断で、近藤葉月の命令ではなく、支部の独断で行ったものである。


 長くなったが、まとめるとこんな感じだ。


1 計画を高確率で成功させるためには、『隷属状態の八代風香』と『召喚結晶』が必要である。

2 隷属魔法と召喚結晶の開発に時間と資金のコストが莫大にかかったので、関東支部長は大激怒!

3 マクスウェルはオマケ。


「レシピに関しては問題はありません。試作段階のものが漏れただけで、我々が『魔竜』を召喚しようとしていることは知られていないでしょう。メイガスラボに保管されているのは知られたところでたいした痛手にはなりません。機密情報に関しては私が厳重に管理しています。DSPは一か月後には遂行できます」

「お前が提案した計画なのだ。これ以上無駄なコストを払わせたら、タダでは済まんぞ」

「問題はありません」


 大激怒の簔口に対して、どこまでも冷静な近藤。

 どちらが上司かわかったものではない。

 とはいえ、簔口は組織の中でも保守的な人間という評価だ。

 目上の人間には媚びを売り、目下の人間は見下す。その典型例である。


 ちなみに、本来ならこの失敗は許されないレベルだ。

 資金にして一千億円以上。時間にして二年かかっている。

 他の計画と並列しながらであるため、今までに何も成果がなかったわけではないのだが、それでも、『メタな対策をされる可能性ができてしまった』という時点で、問題は大ありだろう。文字通り首が飛んでもおかしくはない。

 時間にして一か月。とは言うものの、資金の方は莫大だ。

 召喚結晶の材料の確保のために、本部の保管庫から素材を取り寄せる必要があるだろう。

 金額が莫大なので、その取り寄せ、及び運搬費は関東支部支部長である簔口の名前で決済されるのだ。


 しかし、近藤は本部の重役の一人娘と言うこともあって、簔口としても大きく出ることはできない。

 ミスは追及するべきなので、確かに注意はするが、それ以上のことはできないのだ。

 組織の力学とはよく言ったものである。

 ただ、『近藤のため』ということで書類を提出するのならまだしも、『近藤のせい』ということで書類を提出できないというのが、簔口が腹立つ部分だった。


「まあいい。一か月だ。一か月で必ず仕上げろ。ただし、通常業務に滞りがないようにな」

「はい。それでは失礼します」


 近藤は特に責任を感じていないような口調で礼をすると、部屋を出ていった。

 自動扉とはいえ、出ていく前に一礼くらいはするものだろうが、近藤はやらない。

 完全に簔口を舐めている。


「クソッ!密輸船にコソ泥が入って、金もなしに取引に来たなどと赤っ恥をかいた後に、この醜態。何故私にばかりこうも不幸が回ってくるのだ」


 ほんの十数時間前の話だ。

 資金を大量に乗せて、カルマギアスと契約中の犯罪組織のアジア重要拠点に密輸船を出したのはいいが、防犯装置が狂わされているうえに、資金が丸ごとごっそりなくなっていた。

 円、ドル、ユーロ。さらに金のインゴット。

 莫大な資金を使った取引だった。

 さすがに、こう言った取引で銀行の口座など意味はない。現金をもって取引に向かう。

 ヨーロッパとも連携が必要だったため、ユーロを保有していた。

 密輸船は無事、現地に到着したが、資金が丸ごとなくなっており、簔口のところに苦情が来たのだ。

 現地のダミー会社に連絡をとり、何とか資金をかき集めて取引を完遂させたのはいいが、ミスは大きい。


 そして今度は、莫大な資金と時間を投入し、もうすぐ還暦を迎える自分の、この組織における仕事の終止符になると考えていた『DSP』の破綻。

 いや、心臓部分はメイガスラボの本部ではなく、こちらで抱えていたようなので、破綻の一歩手前と言った感じだが、いずれにせよ、先延ばしになったことに変わりはない。

 生贄の選出、結晶の開発。

 それだけならいい。

 だが、DSPの成功は確実だと察知した関連者の計画を水に流したということも考える必要がある。


「私の方でも何かしら対策が必要だな……せめて、DSPの研究資料を私にまわすのなら判断できるのだが……あの小娘は渡さないからな」


 おそらく、簔口がかかわったプロジェクトだと判断されたくないのだろう。

 ただ、単純に報告義務がないと考えている可能性もある。

 ミスさえしなければいいのだが、人材が良くとも、使いこなせないのだ。

 与えられた人材たちが、自分がやっていることが充実していると感じるレベルで運用されているのがちょうどいい。

 父親が本部の重鎮なので、与えられた人材の量が多く、質が高いにしては、成果があまり多くはない。

 父親としては経験を積ませようと思っているのだろう。

 近藤葉月本人は、その待遇が普通だと考えていそうだが。


「分かっていないようだが、今回の敵は、今までの連中の比ではない」


 簔口はファイルをとりだした。

 そこには、カルマギアスのメンバーの情報が乗っている。

 電子情報として乗せるのは危険なので、こうして紙の資料として保管しているのだ。


「ふむ、まずは情報を集めさせるか。一か月。少々長い期間だが、情報収集と合わせて、できる範囲は広いだろう」


 そういって、頭の中で計画を立てる簔口であった。

 無論、素材取り寄せの書類に何て書いたらいいのかを悩みながらである。

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