第五十七話
雫を置いて孤児院を出た後、秀星とアトムは話していた。
「さて、これから私たちはパラドックスを防ぐためにいろいろと走り回るわけか」
「そうなるな」
「具体的に何をするんだい?」
「……セフィア!」
「はい」
アトムは神器を持っている。
なので、別にこのタイミングで呼んでも問題はない。
「あ、セフィア。自己紹介」
「初めまして、私は『究極メイド『セフィア』の主人印』の最高端末です。基本的に私は本体にいちばん近いので、私のことはセフィアとお呼びください」
「……人だとしか思えないが」
「人間とほぼ同じ細胞が、人間とほぼ同じように配置されていますが、人間ではありません」
「ふむ……なるほど。私は頤核だ。これからよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
そのまま優雅に一礼するセフィア。
秀星はぶっちゃけそのあたりは適当だが、究極メイドであるセフィアはぞんざいなことはしない。
「それで、君はこれから何をすればいいのか知っているのかい?」
「はい、すべて知っています。大きなことから小さなことまで様々ですが、すべて、この端末に載せておきました」
そういってスマホを秀星とアトムに一つずつ渡すセフィア。
内容を確認する。
「……確かに、様々だね。ただ、どう急いでも一日や二日では済まないよ」
「安心しろ。戻るときの時間設定は発車時間と同じだ。どれほど時間がかかろうと問題はない」
アトムの顔から少しだけ余裕がなくなった。
「さてと、順番にやっていくか」
「……乗りかかった船か。ただ、人に会う必要が出てくるものが多いね」
「そういったものばかり選出されているからな」
「どういうことだい?」
「人に会う必要のない簡単なものはすべてセフィアがやるからだ。言っておくけど、作業量は俺らの三万倍くらいはあるからな」
「……パラドックスを発生させないための暗躍ってそこまでやるのかい?」
「やります」
フィクションとかで、『過去を改変・改竄できる魔法・手段』がたまに出てくるが、ああいった魔法や手段には、そういったパラドックスを整えるシステムがしっかりとそろっている。
そのため、過去に出向いてわざわざ変更する必要はない。
神器が十個もあって、それらのシステムをそろえることができないのか。という質問に関してだが、きっぱり言っておこう。できない。
フィクションとかで改変されているあれはすべてにおいて、神器レベルではなく、実際に神々の能力を一時的に使っているのだ。
秀星も異世界で見たことがあるが、すべてを強引に解決させるデウス・エクス・マキナのようである。
さすがに、神器を十個持っている程度の秀星にはとても無理である。
よく自らが神であると錯覚していたりしていてすごく痛いやつがいるが、本当の神々はそんなちゃちな存在ではない。
「さて、激務開始だ」
「はい。秀星様」
「……私、生きているといいな」
「安心しな。死後三日までならノーリスクで完全蘇生できるから」
「……」
アトムはセフィアを見た。
「……作戦名には、『がんがんいこうぜ』とか、『いのちだいじに』とか、いろいろあるのは知っているかな?」
「もちろんです。元ネタもしっかりと把握しています」
「今回のこれって……『死んでもやろうぜ』にならないかい?」
「秀星様に『我慢するな』といった分の責任は取ってくださいね」
アトムは肩をすくめた。
★
本当に頑張った。
秀星とアトムは本当に頑張った。
セフィアは別行動……みたいなものをしており、頑張った。
「zzz……」
結果的に、クルーズ船、アメイジング・リアリゼーションで死んだように寝ているアトム。
秀星は疲労しないのでいつも通りだが、そういった神器を持っていないアトムは疲れがたまる。
結果的に、泥のように眠った。
「……はぁ」
秀星としてもため息が出るレベルだ。
さて、過去を改変し、結果的にそろえたので、本来の歴史とは当然のことながら変更点がある。
雫はアトムたちのそばで暮らしているが、魔戦士として戦い始めたのは遅いタイミングということにした。
なお、ドリーミィ・フロントには評議会には道也だけが入っていたが、そこに雫も混ぜておくことに。
雫が中学一年になるころ、刹那を裏カジノから救出し、仲間に加えた。
ただし、雫は本来『剣の精鋭』のメンバーだ。
要するに、剣の精鋭に所属するきっかけとなった『評議会の壊滅』を軸にして、いろいろとそろえる必要がある。
評議会の壊滅に合わせて、雫はアトムたちのもとを離れて、沖野宮高校に転校することなるのは当然のこと。
ドリーミィ・フロントの結成そのものをそのあとにすることで、何とかつじつまを合わせる。
とはいえ、もともとドリーミィ・フロントのメンバーは別行動が多い。
自分で解決できるレベルが高いこともあって、集まる理由があまりない。
アトムに『たまには集まって話したりしないのか?』と聞いてみたが、アトムからは『チャットのほうが早い』だそうだ。正論ではあるがそれでいいのか?と秀星はおもったが、アトム相手に下手な追求はほぼ無意味である。
とりあえず、雫は最初のほうから、道也が開いているカフェで、道也の助手として、妹として働いている。
料理はうまくなったのかって?悪化した。
ただ、本来十字架に監禁されていたのが普通に生活するようになったからなのか、本来の歴史より胸が大きくなった。
もともと大きかったのに、ワンカップ増えたのだ。意味が分からないが、必要経費ということにした。
すごく苦労が多かったのだが、セフィアの指示通りにやれば何とかなった。
すべてを整えた後、あのバイクに乗って、現代に帰ってくる。
実は、それなりに時間が経過しているが、まだ船で本土に戻る途中なのだ。
だが、船にバイクで突入するわけにはいかない。
そういうわけで、近くに海に不時着した後、バイクと死にかけになっているアトムを回収して船に戻って、とりあえず回復魔法をかけてベッドに放り込んだのだ。
ただ、一つだけ言いたいことがある。
「もう、二度とやりたくないな」
寝ているはずのアトムが、うなずいたような気がした。
★
秀星は手持無沙汰になったので、とりあえずどこかに行くことにした。
さすがに小腹がすいたのである。
セフィアに言えば何か持ってきてくれると思うが、せっかく船にいるのだ。これを利用しない理由も逆にない。
「あ、秀星君」
どこかのカフェに入ったとき、雫が中にいた。
一人でチョコレートパフェを食べていたようだ。
黒いドレスを着て、長い髪をまとめている。
……やっぱり胸大きくなったな。
「雫か」
雫の反対側の席に座る秀星。
カフェの中は、今の雫がとても落ち着いた美少女に見えるような、どちらかといえばバーに近い感じだ。
黙っていたら美少女なのだが……これ以上は無駄だろう。
「うん。あれ、でも今の時間って……ひょっとして、いろいろと調節して戻ってきたところなの?」
「そうだ」
一応時間も教えておいた。
こんな大きな船に乗ることはほとんどないだろうし、それで思い出すと最初から思っていたが。
「不思議な話だね。私にとっては十年間だったのに、秀星君にとっては、ほんの数日間の話だったんでしょ?」
「その通りだ。まあ、時間を旅行して帰ってきたからな。そういうことになる」
「そっか……」
うなずきながら微笑む雫。
「あ、でも、十六歳だった私が十年追加で生きたんだから、二十六歳で、私のほうが十年分だけ年上だね」
実際は五年だけなのだが、そのあたりの話をすると面倒なことになるので秀星はいわない。
いう必要もない。
「で、楽しかったのか?作業の都合上、俺は雫が何をしていたのかを知らないんだが」
「楽しかったよ。十年を取り戻したし、ちゃんとスタートラインに立てた気分だね」
「なら、俺とアトムが苦労した甲斐があるってもんだ」
秀星は肩をすくめる。
「いろいろなことがあったね。ただ、沖野宮高校に転校するまで秀星君に会えなかったんだけど、それもパラドックス的な事情なの?」
「そうだ」
というより、秀星もアトムも、セフィアに指示されたことを順番にこなしていただけなので、あっていないというのならそれが正しいことなのだ。
「不思議な感じだったよ。私は転校して沖野宮高校に行ったけど、その時の秀星君は私と初対面で、今ここにいる秀星君は、私が知っている秀星君だから」
「あー……そうだな」
「結構振り回されていた雰囲気があったのに、今日に限ってすごいこと言い出すから驚いたよ。本当に」
セフィアが言うには、秀星が地球を過小評価し始めたのは風香を助けた後だ。
雫にあったときは、当然、弱い秀星である。
「ま、喝を入れられたっていうか……そんな感じだ」
「秀星君も悩むことはあるんだね」
「俺もいろいろ経験してきたが、女心と化粧とファッションは本当にわからん」
その時、タッチパネルで頼んでおいたカルボナーラが来たので、それを食べる秀星。
「そういえば、剣の精鋭のメンバーって美少女ぞろいだけど、秀星君って反応薄いよね。どんな人が好きなの?」
「……いきなり何の話だ」
「わからないかな?」
首をかしげる雫。
「わからないわけじゃない……んだが、十年前の竜一と感想はほとんど変わらん」
「秀星君まで……」
「確かに、今の雫を俺はよくは知らん。だが……ほとんど変わらんだろ」
「うーん……まあ、ぶっちゃけそうだね」
テヘペロ。といった感じでこぶしを頭にコテンとぶつける雫。
美少女がやるといろいろな意味でうざいが怒る気になれないのだから不思議なものである。
「ただ、道也が嫌がるんじゃないか?」
「どうして?」
「俺が義弟になるんだぞ。いやだろ。胃痛的に」
秀星の言い分に雫は大笑いした。
「どんな人が好み……か」
秀星はカルボナーラをほおばる。
(セフィアが言うには、セフィアの容姿と性格は、俺が嫌悪感を全く抱かないように作られているみたいだが、別に好みというわけではないようだが……)
あくまでもセフィアはメイドであり、それ以上になろうとはしないし、望まない。
だからこそ、そういうカテゴリに属する雰囲気になっているそうだ。
(異世界にいたときは、恋愛とかまったくわからなかったけどな……)
そんな暇はないと思っていた。
「どうなの?」
「どうだろ。ただ、誰かのことが頭から離れないとか、そういうことはないんだよな」
「なら、まだいくらでもチャンスはあるわけだ」
「何をする気だお前は……」
溜息を吐いた後、カルボナーラを食べ終わった。
すでにクレジットカードで会計は済まされている。
このまま席を立ってもいい。
秀星は立ち上がると、カフェの外に向かって歩き出した。
「……あ。いるな。忘れなかった奴」
「え、いるの?」
「ああ。一人いる」
異世界に漂流して、すぐにあった奴だったな。
「どんな人だったの?」
「……雫に似たバカ女だったよ」
「へぇ……ん?ちょっとそれ、どういう意味!?」
「さあ、どうだろうな」
秀星は怒り出す雫に対して、それ以上は何も言わなかった。