第五百六十二話
「一体、あれはなんだ?」
ラターグとライザーは、秀星とアルゼンの戦いを遠くから見ていた。
二人は空中にいるが、そこから見える秀星たちは地平線ギリギリであり、普通なら見えないだろう。
ただし、ラターグが枕をとるために天界に戻ったとき、ついでに回収しておいた望遠用コンタクトレンズにより、まだ人間であるライザーによく見えている。
「アルゼンが全く神の力を使えてないね」
「一体どういうことだ。最高神の力は、様々な力の中でも優先順位が上。どのような状況であっても、使えないことはないはず」
「いや、秀星君は、そういう力技で挑んだわけじゃないよ」
ラターグはあくびをしながらそう答える。
「力技ではない?何か別の手段を用いていると?」
「うん。秀星君は、神の力の本質をよく見ているから、隙をついたというか。裏技を使っただけ」
「意味が分からないのだが……」
「うーん……そもそも。神の力ってどこがどういう風に優れてるのかって話だけど、実は『名前』にあるんだよね」
「……確かに、神の力で最も重要なのは名前だと聞いたことはあるが……」
「理解している人少ないけどね。まあ要するに……神の力を考えるとき、質的変数と量的変数では、質的変数の方が優先されるということで……」
「意味が分からない」
「要するに、神の力を使わないほかのすべての力がどれほどの出力を持っていたとしても、神の力の方が強いってことだよ」
「あ、ああ。確かに、実際にライターくらいの力しかない火であっても、それが神の力であれば、太陽が相手でも勝てると聞いたことがある」
「それはそういう理由だね」
あくまでも名前だ。
『量』というものは本質的に意味がない。
「そして、神の力っていうのは、最高神の一人である『命名神』が神の名を与えることで、天界に存在する概念と接続される」
「……では、あくまでも神の力は、与えられた力に過ぎないと?」
「ん?ああ……第一世代型以外の神はそうだよ」
「第一世代型?」
「最新式は今のところ第四世代かな?僕やエーベル。命名神は第一世代で、自らの力で神になったんだよ。で、その命名神が軸となって、新しい神を生み出すことになったんだ。世界の量があまりにも多すぎて管理できないからっていうのが大本の原因だね」
「ふむ……」
「第一世代型は基本的に小細工なんて必要としない、『つかさどる概念としての強さ』だけしか持ってないけど、第二世代型から、新しい概念として『押し付けたり奪ったり』とか、そういう小細工が増えたんだよなぁ。応用ができるようになったというといいことだけど、こう……纏めて潰せそうなものがたくさん開発されててもイライラするんだよね。僕の場合、そんなもの、全部堕落させたら終わりだし」
「ふむ……」
「あ、最近神になった子でも、第一世代型っているからね?」
「そうなのか?」
「うん。創造神ゼツヤとかはそれに該当するかな。まあ、秀星君の母親は第二世代型だけどね」
「……」
ラターグはあくびをした。
「さてと、話を戻そう。秀星君が何をやったのかってことだね」
「あ。ああ、そういう話だったな」
「秀星君はね。一瞬で、独自の空間を作ったんだ」
「独自の空間?」
「そう。外から見た限り……多分その空間は、『神に、神という意味がない空間』じゃないかな」
「?」
「どういうことだ?神という言葉に意味が宿るのではないのか?」
「違うよ。だってそれだと、『ゴッド』に神の力が宿らないじゃないか」
「あ、そうか。ラターグ様の言葉の正しい解釈は、『神や、神の類語に、【神】としての意味が宿らない』ということか」
「そういう空間を作ったんだよ。命名神により名を得て、そして天界とリンクしているからこそ、神はその力を発揮する。だから、その命名神の力とリンクできない空間を作ったんだ」
「そんな空間が作れるのか?」
「さあ?機能は分かってもその構造は分からない。ただ……」
ラターグは続きを言おうとしたが、あえて黙った。
ライザーに適した知識なのかどうかの判断基準で『構造は分からない。ただ、空間の外にいればその影響は受けないから、僕の力で覆いつくせば堕落させることは容易だね』という説明を、口に出さなかった。
いずれにせよ構造がわからないことに変わりはない。
「……いや、これはいいか。ただ、よく作ったもんだねぇ」
「困難なのか?」
「世界っていうか、次元を一個作るに等しいことだよ。極端な話、どれだけ分厚い壁を作ったとしても、『世界の外側』に出ていないのなら、天界の力の影響範囲に入るからね」
「次元を作った……」
「まあ、持っている神器全てが最新式で、しかも全部、創造神ゼツヤがつくったものだし、彼の母親は『転移神』だし、空間に対する感覚は人一倍優れているのかな?」
「神の力は遺伝しないのでは?」
「遺伝はしないが無関係ではないよ……多分」
「多分って……」
「だって、神同士で子供を作る例って少ないんだもん……」
ただ、ここでライザーが何か気が付いたようだ。
「待ってくれ。この説明だと、命名神によって名付けられた第二世代型以降の神はともかく、平等神を含め、第一世代型の神はこの空間の中でも力を使えるんじゃないか?」
「お、よく気が付いたね。ただ、この空間を使う意味はあるよ」
「そうなのか?」
「そう、『押し付けたり奪ったり』っていう技術とかは、全部命名神を軸にしたシステムになっている。その影響から離れる手っ取り早い手段だ。第三世代型も第四世代型も、それぞれ新しいシステムができたけど、それらをすべて無視して戦えるからね」
「だが、本気になった最高神を相手にするのは変わらない……勝てるのか?」
「さあ?僕だって秀星君が何を考えているかわかっているわけじゃないよ。ただ、まあ何とかなるんじゃない?最悪、全知神がどうにかするでしょ」
「全知神が対応した場合、課税がすごいと聞いたことがあるような……」
「思い出させないでよ……」
すごく嫌そうな顔になるラターグ。
予算作成の段階でバリバリにとられているので、これ以上は勘弁してほしい。というところだろう。
「ただ、一つ、気になることがある」
「ん?」
「いや、破壊神とか、あの三人の下位神は確かに平等神の派閥だったはずなんだけど、電気神って、どこの派閥に属しているのかわからない神だった気がするんだよなぁ。まあ五穣年前だけど」
「……どれくらいだ?」
「兆の四段階上」
「参考にならないだろ……むしろなんで参考になると思うんだ」
「いやいや、僕を含めて頑固な神っていっぱいいるからね?」
「頑固ってレベルじゃない……」
「ちなみに僕は生まれた時からこんな感じさ」
「……」
ライザーは『秀星はこんなのを家に抱えているのか。勇者だな』と思うのだった。
自分が居候しているのは棚に上げて……。




