第五十六話
「で、もういいのか?」
「うん。言いたいことは全部言ったから。でも、半分もわかってなかったと思うけどね」
再び牢屋に戻ってきた秀星とアトム。
雫は幼女のほうをすでに寝かせており、膝枕でぐっすり寝ている。
「ただ、あまりシリアス感がなかったね。私と秀星は君の心がえぐられているのを見たところで退室したから」
「そういうこと言うな。どうせみんなギャグ要員だからって正直きついぞ」
空気をわざと読まないアトムに突っ込んだ後、秀星は雫のほうを見る。
「で、いいのか?」
「うん。私の意識を移すんだよね」
「そうだ。痛みとかそういったものはないので安心してほしい。ただ……」
「え、何かあるの?」
「そうだな……『すっごく変な感じ』がすると思うが、まあとりあえずはじめようか」
「え、あの、ちょっと待って、まだ心の準備が」
「安心しなさい。抵抗に意味はないからな」
「なおさら駄目だと私は思うのだが……」
というわけで……というわけで!開始である。
雫にはちょっと幼女から離れてもらって、秀星はタブレットを出現させて、魔法を使う。
「『ソウル・ライド』」
タブレットが光り輝くと、二人の雫の体が光の膜のようなモノに包まれる。
そして、全身を覆った後、少女のほうから幼女のほうに、ふわふわしたような何かがあふれてくる。
「お、緑色なんだね」
「俺には紫色に見える」
「あれ、違って見えるのかい?」
「魂っていうのは人によって主観そのものが違うからな」
「なるほど」
「ちなみに市販のカメラで写すと白く見える」
「不思議なものだ」
魔法なのだ。スピリチュアルなのだ。そうに決まっている。
そういっている間にも、幼女のほうに移される魂。
それと同時に、少女のほうが薄くなっていく。
「過去が変わっていくから、未来のほうが改竄される。ということだね」
「そうなるな」
「ちなみに、これから私は過去の自分に会うわけだが、消えたりはしないよね」
「乗ってきたあのバイクだけど、あれ、改竄力をかなり抑えることができるんだ。雫の場合はすごくいろいろな意味で変化しているからこうなっているけど、アトムの場合はそうはならんよ」
……とかなんとか話していると、魂の移植は成功した。
幼女が起き上がる。
「……すごく変な感じがする」
「でしょ?」
体のサイズがすごく違うのだ。
十年前である。訳が分からないだろう。
「とりあえず着替えるか」
六歳児の少女に合う服など持っていなかったのでセフィアに作ってもらったものだ。
といっても水色のワンピースだが。
秀星とアトムが牢屋を出て、その間に雫が着替える。
すぐに着替え終わったようで、牢屋から出てきた。
「雫が持つことになるカースド・アイテムだが、一応確保しておこう。呪いだけは解除して、アイテムの効果だけ残るようにしておくけどな」
カースド・アイテムは、現代の雫にとっては強さの拠り所だ。
不必要ということは確実にない。
雫とアトムもうなずいたので、回収する。
「さて、これからアトムの幼少期に会いに行くぞ。で、どこにいるんだ?」
「孤児院だ。竜一と道也をひっぱって三人で暮らし始めたのが十歳のころからだから、この時期ならまだ孤児院にいるはずだよ」
いろいろと突っ込みどころ満載だが、アトムだとなんだが納得できるのだから不思議である。
セフィアに電話して雫のデータの処理などを頼んで、三人はその孤児院に行った。
名前は『黄昏荘』
外見的には別に普通だそうだ。
「普通だろう」
「普通だね」
「普通だな」
実際に秀星も見てそう思った。
不思議な部分も突っ込みどころも何もない。
問題児が住んでいるとはとても思えない場所である。
「さて、アトムはどこだ」
「よく屋上にいたはずだ。行ってみよう」
というわけで、転移して屋上に行ってみる。
そこにいたのは、幼少期のアトム、竜一、道也の三人だった。
竜一は何かの鋳造を行っており、道也は真っ赤な炎が出る勢いで肉料理を作っており、アトムは哲学書を読みながら椅子に座って時折遠い目をしていた。
……すでにお腹一杯である。
「この時期からキャラが濃かったんだね」
雫が代弁してくれた。
それはそれとして、屋上にいた三人は秀星たちに気が付いた。
最初に口を開いたのは竜一だ。
赤い瞳は好奇心にあふれている。
「誰だ?」
当然の疑問である。
道也は首をかしげるだけで何も言わない。
だが、アトム(幼児)は違った。
「竜一、道也、少し考えればわかることだよ」
声は本当の意味で小さな子らしいのだが、しゃべり方が現代と変わらない。
「アトム。わかったのか?」
道也が聞いている。
秀星も聞いてみたい。
「彼らは未来から来たんだよ」
この子コワい。
「「……未来?」」
竜一と道也が首をかしげる。
当然だ。アトムの雰囲気が現代とほとんど変わらないとすれば、いきなり冷静な友人が変なことを言いだしたと考えるだろう。
「未来から人が来たって……できるのかそんなこと」
「未来の私なら不可能ではない。いや、私でも無理か。ただし、人脈的に見て、可能な人間と出会う可能性は十分にある」
『そんな可能性を過去の人間が予測してたまるか』というのが秀星の正直な感想である。
「できるのかどうかはこの際おいておこう。なぜ未来から来たのかが分かったのか。ということだが、まず、一人は確実に私本人だからね」
「……え、あの兄ちゃんってお前の未来の姿なの?」
「そうだ」
竜一はアトム(青年)を見る。
「最初は、私の遺伝子情報を持ったクローンを、本来の人間のスピードを超えた速度で成長させたのではないかと考えたのだが、途中でそうではないと気が付いた」
この子コワい。
「明らかに不確定な要素が多いのですこし鑑定スキルを使ってみたのだが、膨大なステータスもそうだが、誕生年が六年前だ。そして、その隣にいる子もこれは同じ。そして、その隣には、私と誕生日が同じの人がいる。明らかに不自然」
誕生日を鑑定されていたのか。盲点である。
「そして、女の子のほうだが、明らかに理性が六歳児ではない」
(俺もお前は九歳には見えん……)
秀星はげんなりした。
「未来にいたとすればつじつまが合う情報がそろっている。それなら、未来から来た可能性が高いってこと?」
「その通りだ。道也」
「なんかアトムって、過程を得て結果を確信するんじゃなくて、結果を確信させるために過程を得るタイプだなぁ……」
天才というのは、『理屈の前に答えがわかる生き物』なのだろうか。
だとすれば恐ろしいものである。
「何か相談があってきたということだろう。私でよければ相談に乗ろう」
本当に九歳なのか疑問だが、これで九歳なのだ。世の中というのは不思議である。
「まず、俺は朝森秀星。十年後から来たんだ」
「私は頤核。君の言うとおり、私は君が成長した姿だ」
「私は茅宮雫。これからよろしく」
雫の自己紹介に、道也がぴくっと頬を動かした。
「……茅宮?これからよろしく?」
すでに何かを理解したようだ。
さて、彼が持ちたい希望はこのあたりですぐにつぶしておく必要がある。
状況を説明した。
アトムはすぐに理解した。
「なるほど、奪われた十年を取り戻すために、現代の自分を過去の自分に上書きした。ということか」
「なかなか壮大なスケールだな。よかったな道也。お前、妹ができるんだぞ!」
「……」
道也はこの時点で何もしゃべらなくなった。
気持ちはわかるのだが……。
「どうしたんだ?道也。とてもかわいい妹ができるんだ。男としてこれ以上にいいことはないだろ」
「……竜一。一応聞くが、君が俺の立場ならそういえるのか?」
「ん?」
竜一は雫を見て、そのあと『うーん』と考える。
そして、なんの悪びれもなくこういった。
「じゃじゃ馬はいらない」
ブチッ。という音が聞こえた。
「誰がじゃじゃ馬じゃゴルア!」
そこからはもう殴る蹴るの暴行である。
どうやら精神年齢は変わらないようだ。
それを見て、道也は遠い目をした。
(こいつって、このころから苦労人なのかもしれないな)
ご愁傷様である。
「で、まあ、もう大体決まったことだし、俺たちはそれを前提に動かざるを得ないから、よろしくな?いろいろと便宜は図るからさ」
「了解した。まあ、あの程度なら手のひらで転がすくらいはできるだろう。私に任せておけば問題はない」
……九歳。だよな。
秀星は世の中の常識というものに自信がなくなってきたが、もう追求することはやめておくことにした。
はっきり言って、面倒なのである。
その頃、竜一をぼこぼこにした雫が戻ってきた。
「さて……雫、これで一度別れよう。十年後に俺たちは帰るからな」
「わかった。これからは好きなことを思いっきりするから。また十年後に会おうね!」
『好きなことを思いっきりする』という言い分に、道也の目が死んだ。
(本当にすまんな。埋め合わせはしっかりするから勘弁してくれ)
秀星は、心の底からそう思うのだった。