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第五十五話

『雫は、これからどうしたいんだ?』

『私は……私の十年間を、取り戻したい』


 というわけで……。


「あの、秀星君。私、確かに十年間を取り戻したいって言ったけどさ。本当にいいの?」

「できるんだから大丈夫だろ」

「それは犯罪者の言い分ではないかな?」


 現在、とあるバイクの目の前にいた。

 いや、バイクというのは暫定としての表現でしかないだろう。

 前方は何かを貫けそうなほどの円錐状の物体になっており、後部にはスラスターがついている。

 バイクというよりは、特殊な飛行物体にも感じられるだろう。


「過去に飛んで、私が捕らわれていた過去を変える。いうだけなら簡単だけど。いろいろ問題があるんじゃないの?」

「大丈夫だ。問題は出てくるがローラー作戦でどうにか解決する」

「何故私はいざとなったら頼れと言ってしまったのだろうか……」


 不安な雫と、謎の自信にあふれる秀星と、苦笑いになるアトム。

 『時を超えてとりもどしてしまおう作戦』

 という感じで秀星が考えたものだ。

 手順としては。


1 まず三人で十年前に飛ぶ。

2 評議会の地下にとらわれている雫を救出。

3 現在の雫の意識を、過去の雫に移植する。

4 当然のことだが雫には親がいないので、本来の歴史の通り、道也に押し付ける。

5 その際の説得だが、子供時代のアトムを使って納得させる。

6 説得を終えた後、発生する様々なパラドックスをローラー作戦で秀星が修正ギャグではない。九割くらいはセフィアが多分何とかしてくれる……だろう。たぶん。

7 そして現在の歴史に帰ってくる。


 というものだ。

 まず、現在の雫本人の知識量が十年前とあまり変わらないレベルで少ないので、知識量という点においては幼稚園児から始めても問題はないということ(説明中に雫がキレたのは言うまでもない)。

 少年時代のアトムは主人公ができそうなほどチートなので、任せてもある程度は問題がないということ。

 道也は苦労人の資質があるので、任せても問題はないということ(説明をちょこっとした時は死んだような眼をした。後で埋め合わせはしておこう)。

 過去の雫の意識を消してしまうのはどうなのか。という点に関してだが、本来、雫は十年間地下で暮らしており、いってしまえば『ごく普通な感じ』がない。

 その状態がなくなった雫が現実で過ごしていると、パラドックス的な視点からは確実にアンビリーバボーなことになるので、過去の雫に関しては申し訳ないがいなくなってもらうことにした。責任は秀星がとります。


 ちなみに、他に方法が無かったのか。という考えは当然あるのだが、計画の八割くらいは雫が自分で言いだしたことである。


「それにしても、このバイクで過去に行けるとはね……未来にも行けるのかい?」

「いけるけど未来側から動いてきて止められます」

「え、止められちゃうの?」

「未来をスキルで予知するのなら、それはまだ確定しているとは言い難い未来だ。だが、実際に見た未来っていうのは、本当の意味で確定している。当然、未来側からすれば、過去から誰かが確認しに来るということは、過去を大きく改変するために動くということだ」

「なるほど、大きな変化を望まないのが人間の本質。止めようとするわけだ」


 雫はあまりわかっていないようだがアトムは分かったようだ。

 が、疑問を持ったようだ。


「あれ?でもさ。過去と現在と未来の時間軸があるとして、過去が変われば、当然現在も変わって、結果的に未来も変わるんだよね。止めに来るんじゃないの?」

「来るよ」

「じゃあどうするの?」

「そんなもん。正面突破でぶち抜くにきまってるだろ。未来の俺が抵抗してきたら俺だって逃げるしかないけど、そうじゃなければ問題はない」


 秀星も、時間を超える方法はいくつかある。

 今回使うのはマシニクルの予備装備だが、タブレットを使った魔法でもそうだし、レシピブックにはそれ相応のものが作れるレシピが存在するし、プレシャスで時間と空間を切って飛ぶことも不可能ではない。

 ただ、秀星一人が移動するというのならまだしも、複数人が移動するとなれば話は変わる。

 現代に秀星がいるということは、当然未来にも秀星がいる。

 未来の秀星は過去……要するに今の秀星をしっている。

 やばかったら止めに来るだろう。その場合は仕方がない。別の方法を考える。

 一応次善策もある。ちょっと強引だが。


「さて、つまらない議論は後だ。ぱっぱと済ませるぞ」


 このバイクは三人乗りだ。

 というより、様々なサイズが用意されており、今回は三人乗りの物を出したというだけの話である。

 前に秀星、中に雫、後ろにアトムという順番に座る。


「シートベルトしっかり締めろよ」

「君はつけないのかい?」

「いや、俺はなくても耐えられるから」

「それは頭が固いからヘルメットを着けないって言ってるのと同じじゃないかな」


 雫がげんなりしている。

 秀星は無視した。


「さて、それでは十年前に行ってみますか」


 時間を設定して、レバーを上げる。

 エンジンが点火していることを確認して、一つのボタンを押した。

 開閉式の防弾ガラスに包まれた赤いボタンが出てくる。


「それじゃあ、行くぞ!」


 秀星はパスワードを入力して、防弾ガラスをのける。

 そして、一気に押し込んだ。

 エンジンが最大限に添加して、爆発的な加速力で空間を突っ切る。

 そして……秀星たちは、この時間から消えた。


 ★


「……」

「……」

「おーい、着いたぞ。大丈夫か?」

「森の中に突っ込んでおいてそれはないんじゃないかな」

「私も想定外だったね……」

「座標指定が荒いんだよ」


 愚痴を言う二人を置いて、バイクから降りる秀星。

 二人も降りた。


「まずは町に降りるか」

「そうだね」

「私もそうしたほうがいいと思う」


 というわけで、降りてきた。

 言ってしまうと、ふつうである。


「……十年前に飛んだんだよね」

「ああ。もちろん十年前だ」

「ふむ、時間を超えても、日本だとあまり……いや、これ以上を望むのはだめだろうね」


 そういうものだ。


「さてと……うぶっ!」


 突風が吹いて、新聞紙が秀星の顔面に直撃する。

 のけるついでに記事を見た。


「なんて書いてあるの?」

「アメリカ大リーグのオールスター戦で日本人初のMVP獲得者がいたみたいだな。おめでとうございます」


 秀星は新聞紙をそのあたりにおいておくことにした。

 もしこれをどこかで処理すると、変なパラドックスが起こりかねない。


「さて、これからこの時間軸にいる雫を助けに行くんだったね」

「そう言う予定だ。というわけで、この時期なら既に評議会にいるはずなので、行ってみよう」


 ここからは普通に転移魔法だ。

 当然だが、スタジアムは健在である。

 評議会の本部もこの地下にあるはずだ。


「ふーん。こんな感じだったんだ」


 雫が呟く。


「そういえば、ずっと地下暮らしだったし、壊滅後に地下室から出てきたから、ぶっ壊れた後のスタジアムしか知らないわけか」

「内部映像がそこまで保管されていないからね。そうなるのも当然だろう」


 秀星とアトムは納得した。

 そして、侵入作戦だが……。


「いろいろ方法はあるんだが、ここは普通に透明化して行こうか」

「普通って一体……」

「今更気にしても仕方がないね。これは」


 賛成一、棄権二で可決したので、秀星たちは透明化して内部に侵入する。


「あ、喋ってもいいぞ。声も響かないようになってるから」

「便利だね」

「それはそれとして……秀星君。気を付けることはあるかな?」

「ぶっちゃけあまりないと思うぞ。透明魔法は来夏の『悪魔の瞳(ラプラス・アイズ)』でも見つけられないものを採用しているからな」

「マジでチートだ……」


 ちなみに、現段階で評議会が壊滅していないということは、マスターランクチームがこの本部に存在するということだ。

 裏切ってFTRに行った三つと、それを拒否した二つが存在するが、今回は完全にスルーである。

 第一、十年前なのでそもそも分からない。


「さてと……さっさと地下に行くか」

「転移は使わないのかい?」

「さすがにそれをすると誰かにばれる可能性がある。時間はかかるが、ゆっくり行った方がいい」


 闇に紛れるというか、陰に潜むというか、そう言ったレベルのことなら評議会はいつでもあった。

 十年前は分からないが、大体似たようなものだろう。


「えーと。こっちだったかな。細部が違う……」

「当然でしょ。そう言えばアトムは分からないの?」

「私は評議会の本部に入ったことはないからね」


 ドリーミィ・フロントのメンバーの中で評議会に所属していたのは道也だけだ。

 それ以外のメンバーは入っていなかった。

 道也なら知っているかもしれないが、それは現段階ではどうしようもない話である。


「たしかこっちだな。階段があるからそれを使おう」


 降りていくが、誰にもばれない。

 アトムは透明化の魔法を理解しているからいいが、雫はかなり不安そうだ。

 様々な施設があり、それに応じて人もいる。

 いろいろな人がいると秀星は思った。やや古いが。


「さすがに知っているメンバーはいないようだね」

「十年前だからな」


 秀星と雫は六歳、アトムは九歳だ。流石に知りあいは不在である。

 すると、牢屋のような場所を発見した。

 雫がつばを飲み込む音が聞こえる。


「この場所。覚えてる」

「ってことは、このあたりに監禁されていたってことだな」

「そうだろうね。十年前だ。覚えることができる場所は限られているだろう」


 ただ、ほとんど人がいない。

 看守は気絶している……いや、させた。

 牢屋が並んでいるのに誰もいないというのはいろいろな意味で不気味だ。

 犯罪を犯すものが少ないというと喜ばしいことではあるが、人体実験によく選ばれる人間が多いと考えるとすさまじく面倒な話である。


「あ、いた」


 六歳くらいの幼い少女がいた。

 短い手足には金属製の拘束具がとりつけられている。

 起きているようだ。体育座りでプルプルしている。


「……」


 雫がすごく……表現できない表情になっている。

 思いだしているのだろう。


「……雫。これから、お前の意識を移植するわけだが、何か言っておきたいことはあるか?」

「……大丈夫なの?」

「問題はない」


 雫は頷いた。


「少しだけ、ある」

「なら、透明化を解くぞ」

「お願い」


 指を鳴らして、雫だけ透明化を解除する。

 そして、雫(幼女)の視界に雫(少女)がうつった。

 雫(少女)をみた雫(幼女)は、一瞬何が起こっているのかわからない、と言いたそうな顔になった後、叫んだ。


「え、ええ!ど、どういうことなんですか!?」


 ガタガタぶるぶるビクビクおどおど。

 盛大に震えていた。


「しー。ちょっと話したいことがあるんだ」

「わかりました。あの……あなたは……」


 確認のような雰囲気を醸し出す幼女。


「しずくのお姉ちゃんですか?」

(((本人です)))


 三人の心がシンクロしたような感じがしたが、それを言っても仕方のないことだ。

 雫は苦笑いになったが、すぐに表情を本来の笑顔に戻して、話し始める。


「私はおねえちゃんじゃないよ」

「じゃあ、誰なのですか?」

「私はね。未来から来たんだよ」

「……」


 雫(幼女)は、『この人は何を言っているんだろう』と言いたそうな表情になった。

 気持ちは分かるのだが、秀星とアトムは腹筋がヤバくなってきた。


「……うん。君が言いたいことは分かる。知らない人にこんなことを言われたら混乱するよね」

「でも、なんとなくですけど、あなたは信用できます」

((そりゃそうでしょうね))


 過去の自分と今の自分と言うのは、色々な意味で異なるものだ。

 その証拠に、人は『あの時はこんなことになるなんて予想もしていなかった』という感想を抱くのである。

 ただし、雫の場合はそこまで精神年齢が変わらない。

 ほとんどのことが経験できていないからだ。

 過去の自分にすら信用されないとなると悲しいことだが、そう言ったことはよくあるのだ。


「これからね。君は、良い夢が見られるようになるから」

「枕とお布団がもらえるんですか?」

((どういう解釈をしているんだろう……))


 ちょっとよく分からない秀星とアトム。


「あはは……私ってこんな子だったんだなぁ……」

((何を今更))


 生暖かい目で雫(少女)をみる秀星とアトム。

 まあ人間と言うのは、他人の客観的な評価を知らないものだが、雫の場合はよくわかっていなかったのだろう。

 環境を考えれば、必死だったのだ。


「どういうことなのですか?」

「こっちの話だよ。まあそれはそれとして、檻を挟んで話すのも嫌な話だね」


 雫(少女)は檻を掴んで、フンっと力を入れる。

 すると、檻はグニャリと曲がった。

 雫(幼女)が驚愕している。

 まあ、魔法と言うものが認知される場所で生活していてもなかなか見られない光景だろう。


「に……人間とは思えないです」

「……」


 雫(少女)は少し傷ついたようだ。

 気持ちは分かるが。


「なんていうか、先ほどから、過去の自分に言われたくないことをズバズバ言われているね」

「アトム。今はそう言うことを言うときじゃないと思うぞ俺は」


 アトムを止めておいて、見守った。

 雫は何も言わずに、幼いころの自分に寄りかかって、手錠の鍵を開ける。

 ポケットから取り出した小さな棺桶から取り出したものだ。

 幼女の方は驚いているようだが、それでも、雫は気にしない。


「助けてくれるのですか?」


 それはできない。

 何も知らない彼女を、外に出すことはできない。


「!」


 雫(少女)は、雫(幼女)を抱きしめた。

 幼女の方は驚いている。

 いきなり抱き付いてきたのだから当然だろう。


「く……苦しいです……」


 とても強く抱きしめているのだ。胸の大きい雫が抱きしめると、確かに幼女の顔はまず埋まる。

 だが、雫の方はそれで止めるつもりはない。


「!」


 秀星は、この牢屋につながる通路に気配を感じた。

 こちらに歩いて来る。

 アトムも感じとったようだ。

 どうするのか。と言った雰囲気でこちらを見る。


「二人で対応するぞ。雫も、俺達がいない方がいいだろうしな」

「確かに、なら、少々大人げないが、二人で行くとしよう」


 秀星とアトムは、牢屋から出た。

 すると、確認をしに来た警備員が何人もいる。


「……何の用があって来たんだろうな」

「さあ?警備員なのだから、何をするのかは大体絞られる。とはいえ、彼らに罪はない。彼女の用がすむまで、彼らには幻影の迷宮をさまよっていてもらおうか」


 秀星とアトムは、同時に幻影魔法を使う。

 そこにいた全員にかけられ、そして、全員が右往左往し始めた。

 まっすぐ進んでいるように見えても、本来の彼らは少し進行方向が曲がっていたり、そもそも別方向に歩いていたりしている。

 本来のルートを歩くのは、とてもじゃないが無理、というより、とても無理という感じだ。


「今はいいところだからね。邪魔をしてもらっては困るんだ」

「だな。それにしても、面倒な事情を抱えたもんだなぁ……」


 長い溜息を吐く秀星。

 振り向いて、牢屋があるエリアの方を見る。


「好きなだけ泣け。今は、それくらいは待つからな」


 せめて、その時間は与えようとする秀星だった。

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