第五百四十七話
ラターグの頭の中では、敵の神がどう動くのか、それに合わせて味方の神がどう動くのか、それらがよく見えている。
ある程度話す気になったのか、それをレクチャーする気になったようだ。
その相手はもちろん秀星である。
「基本的に、神々っていうのは隠れて行動してるんだ」
ラターグは「ちょっといろいろ教えようか」といった後で、そんな言葉を最初に持ち出した。
「神々によって理由は様々だけど、大きな理由は一つ。『ほかの神に発見されたら、全知神レルクスの顔が頭に浮かぶから』なんだよね」
「まあ、全部わかってるもんな」
「そう、その神々がかかわっているすべてが、最初から最後までわかるレルクスが、いったいその神に対してどう判断するのかっていう部分が頭をよぎるんだ」
軸になる存在の話だ。
秀星は、自分が『人体実験』という言葉に対して敏感であるということがわかっている。
そのため、地球に生きるものは、いろいろなものが『人体実験をすると確実に自分たちがつぶれる』という結論に行きやすいため、裏であっても『人体実験』はやらない方針になっている。
天界の場合、一位の存在は全知神レルクスだ。
すべてを知っている存在がどんな判断をするのか。
そこが気になるのだ。
「まあ、何かを成し遂げたいと考えている神が多いんだよ。君もそれは認めるでしょ?」
「大きな存在が怠惰ばっかりだったら何も回らないもんな」
「僕は天界の中でもかなりの資産家だから、みんな狙ってるけどね。まあ、いろいろなところに直接出向いて金を使いまくってるから、一応経済は潤ってるけど」
「神って多いのか?」
「君も知っていると思うけど、神っていうのは単なる人間の限界だよ。ただ、すべての世界に対する基準であり、指標であり、象徴でもある」
「?」
もともと概念的な話をしているのに、さらに概念的なことになった。
「なぜ異世界で日本語が通じるのか。考えたことがあるかい?」
「あるけど……」
「答えは簡単だよ。最初に今の神の属性を得たものが日本人だった。そして、世界を作る際、神々は自らが使っている言語を広めた方が管理も潜入もしやすいから楽だって理由で、異世界で使われている言葉が全部日本語なのさ」
「……ふーん。なるほど」
「驚かないのかい?」
「いや……多分、外国語の習得率の悪い時代に生まれた日本人なんだなっていうのはよくわかっただけだ」
「そういってやるな」
ラターグは手をフラフラと振った。
「話を戻そうか。基本的に隠れて、全知神レルクスのことを常に意識しながら行動している神々の行動を予測する際。前提っていうものがある」
「前提?」
「そう、神々はね。どんなにふざけたことを考えていても、『最大多数の最大幸福』なんて掲げないんだ」
「……『何を犠牲にすれば、すべての人間の幸福の合計値が大きくなるか』って考え方だったか?」
「簡単に言うとそんな感じだね。腹八分目まで食べた人がパンを持っているとして、そばに飢えている人がいたとするなら、おなかいっぱいの人は自分で食べるよりも、パンを食べることを犠牲にして飢えている人にパンを与えた方が、幸福の最大値は増すってことさ」
「まあ、パン一つであっても、食べる人によっては幸福の大きさは違うしな」
「おいしいかどうかは大切だけど、そんなことはどうでもよくて、とにかく食べることが必要な人もいる。そういう人に挙げた方がいいって話だね」
「あと、『功利主義』だっけ?あれにも使われるよな」
「要するに『一つの行動においてメリットの大きい方と選ぶ』ということだ。倫理的っていうよりは絶対数的な話だけどね」
「ふむ」
ラターグは一度うなずく。
「で、最大多数の最大幸福を掲げない理由。なんだと思う?」
「そりゃ……全知っていうのは、『最大多数の最大幸福』において、『何を犠牲にすればいいのかわかっている』ってことだろ?その言葉を絶対的に掲げるとして……『掲げた結果、掲げた本人が犠牲に選ばれたとしても、文句は言えない』ってことか?」
「文句云々はともかく、世界平和の話を持ち出すなら常にレルクスがバランスをとっているからね。ほかの神が割り込める隙なんてないよ」
「そうなのか?」
「転生者の存在による世界を超えた価値観の移動なんてものがあるからね。それくらいは普通だよ」
「わかった」
「『最大多数の最大幸福を掲げない』っていうことをよーく覚えておいてね。ただ、僕個人として一つアドバイスがある」
人差し指を立てるラターグ。
「神を相手にする場合に最も重要なのは、『神は人間から進化したが、あくまでも人間でしかない』ってことさ」
「人間でしかない……か」
「まあ、君もわかっているとは思うよ。でも、多分言葉としてわかっているだけで、理解まではしていない。そして……それは僕も同じだ」
あくまでも人間でしかない神。
だが、それがどういったことをもたらすのかが、神自身にもわかっていない。
「よーく覚えておいてね」
ラターグはそう言って、秀星から顔をそむけた。
とりあえず教えらえるのはここまで、ということらしい。




