第五十三話
「事情聴取が思っていたより進んでるみたいだな」
「今回捕らえた連中の内、若い男二人に関してだが、オレが聞いた話では奴隷の紋章が見つかったとかなんとか。アトムが消したみたいだけどな」
二人の若い職員、そして小野晶と黛昇平を捕らえて船に連れて着た秀星。
アメイジング・リアリゼーション船長の舵牙零士に言ったところ、なんと船内には取調室があるそうだ。
四人はそこに放り込まれている。
ちなみに、アトムはマザーモンスターを倒す前からこうなるとうすうす感じていたようで、予想の一つが当たった。と言う程度のものしか反応がなかった。
捕らえたわけだが、ある意味で救出した二人からは様々な情報を入手できた。
今回のシナリオを考えていたのは、レガリアと呼ばれるアメリカの犯罪組織。
ハイコスト・ハイリターンを掲げるギャンブル組織だ。
もともと、魔法社会と言うのは金がかかるものだが、レガリアの場合はそれらの平均を大きく上回っているそうだ。
無論、無計画と言うわけではないが、それでも、かかっているコストがかなり大きいらしい。
「オレたちがダンジョンに挑む段階ですでに計画が進められていたわけだ。大胆な計画だぜ」
「とはいっても、レガリアにとっては、自分たちが戦うわけじゃなくて、戦った後の結果の話だから、たいした痛手にならないと考えたんだろうな」
コストがかなりかかっているので、失敗すると失脚する可能性は大。
簡単に死ぬだけならまだしも、死んだあとですら利用される可能性はあるだろう。倫理観なども求めるだけ無駄と言うものである。
「私も面会できるって聞いた時は驚いたよ!」
現在その取調室に向かっているのは、秀星、来夏、雫の三人。
剣の精鋭が何かと贔屓されている感があるのだが、マザーモンスターと、生み出された大量のモンスターを処理して、さらにその素材をまとめて回収してきて、さらに、裏でいろいろ動いていたレガリアの主要メンバーを抑えたのは秀星なのだ。
功績を考えれば、こちらが妥協する必要は全くないのである。
制服姿ではしゃいでいる雫。
まだ船の中でいろいろとイベントがあるので、ほかのメンバーは気にしなかったのだ。
「おっ。あそこだね」
雫がドアを指さす。
確かに、そこが取調室がある場所だ。
その前には警備員が一人立っている。
来夏が『特別入場許可証』を見せると、警備員は頷いてドアを開けてきた。
中に入ると、一つの部屋が壁一枚で区切られており、その奥に小野晶と黛昇平の二人がいて、取り調べをしている担当官がいろいろと言っていた。
二人は完全にだんまりだったが。
「二人に関しては進んでいないみてえだな」
「FTRについての情報を握っているからな」
まだ多くは情報がそろっていないはずなので、ここで集めておきたいだろう。
ただし、現場の人間と言うのは多くは伝えられていないのが現状であり、そもそも二人は、FTRの最終的な目的に関しては何も知らない可能性だってある。
もちろん、この二人だって知らないことは知らない。
ただ、嘘発見に関して有用なスキルを持っている人もいるので、何か嘘をつくよりは何も言わない方が賢明だったりする。
「ん?どうしたんだ?雫」
来夏が、部屋に入ってから雫が何も言わなくなったことに気が付いた。
雫の目は驚愕しており、いつものような吹っ飛んだ思考をしていない。
「……なんでもない」
雫は何も言わずに部屋を出ていった。
有無を言わせない。と言った雰囲気を身にまとっており、かなり危険な感じである。
「どうしたんだ?雫のやつ」
「……」
秀星としてはてっきり斬りかかるものだと思っていた。
秀星はある程度わかっているが、雫としては、普段は見ることのない事情聴取というものを見られると思っていたのだろう。ただ、その対象になっている人を見て、どうすればいいのかわからなくなったのだ。
秀星が痕跡鑑定で得た情報からすれば、あの二人は、雫を地下に監禁した張本人。
夜にうなされていたことを考えると、まだ二人の顔を覚えている。
「ただ、なんか、見つけようと思っていて、でも手掛かりがなくて、どうしようかと思っていたときに急に見つけた。みたいな雰囲気だったな」
「結構具体的だな」
「ああいうのはよく見るんだよ。世間って思ったより狭いからな」
「……」
秀星としてもそれを否定するわけではないのだが、来夏に言われたというのがなにか嫌だ。
「見張っておいたほうがいいかもな。というわけで、秀星。よろしく頼むぜ」
「わかった」
来夏に言われて即答する秀星。
もとからそのつもりだったこともあるが、何より、雫のあの状態が危険であることを知っているからと言うこともある。
屈辱と怒り。どちらかに囚われた人間には、いかなる法律も倫理観も通用しないからだ。
★
イベントが豊富なクルーズ船。
当然のことながら、夜になったからと言って喧騒が止むわけではない。
むしろ、夜の方が盛り上がることだってある。
屋外にもいろいろあるが、夜の屋外でしかできないことだってあるからだ。
便利だったり充実しているサービスの裏では多くの人間が動いているのだ。
とはいえ、この船は魔法的に自動化されている部分がある特注品。
アメリカにあるようなオアシス級に比べれば当然ながら従業員も少ない。
「……」
そんな船の地下を、雫は息をころしながら進んでいく。
魔法的、電子的の両方にかからないように、カースドアイテムを使い分けて進む。
使いこなしているというより、長い間使い方を考えてきたような動きだ。
彼女の視線の先にあるのは、収容施設で、晶と昇平が軟禁されている。
雫の目的だが、右手に握られている短剣を考えると、それは一目瞭然だ。
「殺す……絶対に」
ポツリと心の底からの声を漏らす。
雫の表情には、いつもどおりの活発さはない。
復讐心と怒気に溢れた表情だ。
「あの角を曲がれば……え?」
最後の角を曲がった雫だが、そこで驚いた。
秀星が立っていたのだ。
さも、自分をまっていたかのように。
「秀星君……」
「ここに何をしに来たんだ?雫」
「そ、それは……し、秀星君こそ何をしてるの」
「見張りだ。今回俺が連れてきた四人だが、いろいろと情報を持ってる。奴隷っていうのは愚痴を聞くものだし、傭兵も、雇い主について調べないわけがない。結果的に、いろいろ知ってるんだ」
ようするに、と続けて言う。
「現在、殺されるとこまるってことだ」
「!」
雫は驚愕し、そして理解した。
仮に、雫が二人に復讐をするとするなら、秀星を倒さなければ進めないと言うことである。
不可能だ。
秀星は雫からすれば、理解出来ない力を持っている。
言葉以上にそれは恐ろしいもので、勝てるわけがないと思うのにためらいがなくなるほどだ。
「秀星君……通してくれないかな」
「無理だな。俺がここにいるのは来夏の命令じゃない。もうちょっと多いんだ」
情報というものは一つ一つが知る者が限られる。
一人の人間の私情で処刑されていては、本当の意味で何もできない。
だからこそ、秀星は通さない。
まあ、そのあたりの事情に関しては、秀星としては別に大した話ではないが。
「私は……」
雫にだって言いたいことがある。
それを口にしようとしたとき、それを遮るように秀星が話し始めた。
「知っている」
「え?」
「お前を十年間閉じ込める事になったあの監獄にいれたのがあの二人だと、俺は知っている」
「なら……」
「だが、あいつらになにかをするとして、意味があるのか?どうせ命令される立場でしかないんだぞ」
「だって、首謀者がわからないんだよ?」
「そっちもすでに調べた。ただ……既に死んでいたがな」
「そんな……」
十年。
地下で動くこともできない期間としては長すぎる。
剣の精鋭には、一周回って強靭な精神力を持っていたり、頭のネジが外れている人間が多いのだが、それは秀星も雫もそうだ。
復讐というのは、あまり正しいとはいえない。
だが、強くなるためには、ある意味で適したものだ。
しかし、それはもう叶わない。
「もう一度考えろ。しっかり考えたのなら、俺も付き合ってやる。今日はもう帰れ」
無論、実際に監禁したのは晶と昇平なので、二人に対しての復讐も考えはするが、それは秀星を超えなければならない。
だが、首謀者もすでに死亡している。
怒りを宿していた目はその色を失い、抜け殻のような目をして、雫は地下を後にした。