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第五話

 マクスウェルの悪魔。と言う思考実験を御存知だろうか。

 1867年ごろ、スコットランドの物理学者ジェームズ・クラーク・マクスウェルが提唱した思考実験、ないしその実験で想定される架空の、働く存在である。

 おおざっぱに言えば、空気を分子単位で見ることが出来るという『知的存在』がいると仮定。

 均一な温度で満たされた容器を、小さな穴が開いた板で二分する。

 そして、この『知的存在』は、容器の中の空気を、『速い分子(暖かい)』と『遅い分子(冷たい)』の二種類で見ている。

 この『知的存在』は、それぞれの分子が、決められた部屋に向かう場合のみ通り抜けさせるように、この穴を開閉する。


 そうなると、二分された空間のそれぞれで、温かい場所と冷たい場所を意図的に作りだすことが出来る。


 もちろん、この理論は『熱力学第二法則』と呼ばれる理論にって不可能であることは分かっているが、あくまでも、それは物理における話。

 科学における思考実験の不可能な部分を、魔力を使うことで解決したのが『白銀狼マクスウェル』なのだ。ものすごく疑似的かつ間接的だが。


 とか何とか言っていたが、NTTがマクスウェルの悪魔の原理を用いて発電に成功しているというのだから、科学の進歩は素晴らしい。


「だが、残念。『白銀狼マクスウェル』は分子を認識することはできるが、区切る力や、穴を開閉する力とかは全くないんだよね」

「魔力で効率よく熱気と冷気を集めることが出来るだけです。おそらく、見た人が勘違いしたのでしょう」


 残念な話だが、それほど凄い規模だったのだ。

 認識できるゆえに、空気分子の『選別』が楽だった。と言うだけの話である。

 その『認識能力』だけでも、魅力的と言えなくもないのだが。


「で、ここか」


 現在、擬態魔法と浮遊魔法を併用して現地に向かっていた。

 ごく普通の事務所だ。

 それなりに近くにあったので、秀星からすれば近所感覚である。


「周辺の空気が寂びれてるな。流石に、このあたりはいろいろまずいのかな?」

「そう言うものでしょう。よらぬ神に祟りなしです」

「本当になかったらいいんだけど、たまにあるからな……まあ、時間はあるけど無駄にしたくないし、パッパと片づけますか」


 秀星とセフィアは事務所の前に降り立った。

 五階建ての立派な建物である。

 周りはさびれているが。


「真正面から行こうか」

「ヤクザの蹂躙気分ですね……」

「まあ、ぶっちゃけ変わらんな」


 ドアを開けて入った。

 すると、中にいた素行の悪そうな人達が秀星とセフィアを見る。

 数は五人。


「おい、テメエ。なにしにき――」

「『スリープ』」


 オールマジック・タブレットを出すまでもない。

 ちょっと秀星が使った睡眠魔法一つで、五人は眠った。


「まったく、機密を抱えているんだから、物理的な部分だけじゃなくて、状態異常に対して対策を持っていてほしいもんだな」

「素行の悪いだけの事務所のヤクザにそれを求めるのは酷だと私はおもいますが……」


(うるさいな。異世界でも、そういった機密を抱えていた研究所とか貴族とかは、マジックアイテムを使ったり、結界を使ったりして頑張ってたんだよ)


 地球に帰ってきたら、この魔力的な技術の低さである。

 日本は技術国家ではなかったのか。もうちょっと研究員も頑張ってほしいというのが秀星の考えだが、求めるのは酷である。


「さて、本来なら階段を使って上に行くところなんだろうけど……」

「今回の場合は地下ですね」


 あまり人に言える研究ではないだろう。魔力関連なのだ。

 隠しきれているのか、若干分かりにくい。


 階段を見つけて降りると、そこは広々とした研究室になっていた。

 白衣を着た研究員もかなりいる。


「おい、貴様一体どこから――」

「『スリープ』」


 また眠ってもらった。


「さて、寝たふりをしている人間はいなさそうだし、呪いを発生させている道具を見つけて壊しますか」

「この部屋で行われている研究材料に関してはどうしますか?」

「風香の実家のポストに、茶封筒に入れて報告しよう。俺達で扱っても仕方のない情報だろうしね」


 もっとすごい戦力や技術を秀星は持っている。

 今更貰っても何もうれしくないのだ。

 秀星がチラッと見ると、呪術関係のものが綴られているが、たいしたものではない。


「お、あった」


 一番立派な机の中に黒い紙があった。

 ファンタジーにでてきそうな古代文字で書かれているが、『八代風香』という名前が書かれているので間違いはないだろう。


「セフィア。これで間違いはないか?」


 セフィアに見せる。

 頷いてきた。


「異世界で見た奴隷契約書と細部が違いますが、この紙があることで、八代風香に呪いが発生しているのは間違いないでしょう」

「解除方法は?」

異世界(むこう)と同じです」

「じゃあ燃やして」

「はい」


 セフィアが指をパチンと鳴らすと、契約書は一気に燃えた。


「さて、あとはいろいろ漁りますか。スリープの効果は一時間は続くし、この程度の事務所を調べるのは造作もないだろ」

「そうですね」

「とりあえず、何かヤバいものがあれば確認はするけど……この机が一番豪華で、厳重に保管されているのは……これか」


 ジュラルミンケースを取り出した。


「これが一番厳重……なのか?セフィアはどう思う?」

「私もそう思いますよ」

「ていうか、今の間に全員拘束しちゃったのか……」

「はい。全員寝ているので簡単でした」

「だろうね。一体普段から何個手錠を持っているのかしりたいところだけど、まあ、それは今は置いておこうか」

「そのジュラルミンケースはどうするのですか?」

「鍵がかかってるみたいだな……まあ、ちょっとした頭脳プレーでこういったものは解決できる」

「頭脳プレーですか?」

「うん。おりゃ!」


 バキャッ!という音がするとともに、ジュラルミンケースの蓋が開いた。


「な?」

「頭脳とは名ばかりの力技ですね」

「その力技を容赦なく行使できるのも一つの知恵だ」


 ケースの中身を見た。

 そこには、一辺三センチの立方体に加工された紫色の結晶体がある。


「……これは俺達で回収しておこう」

「そうですね」

「もう時間はないし、俺は戻るとしよう」

「この事務所のもの達はどうしますか?」

「どうせ全員手錠で拘束してるんだ。八代家の資料と一緒に、鍵もつけておこう」

「資料に関しては私がまとめて置きます」

「任せるよ。それじゃあ、また後で」


 秀星は転移魔法を使って学校に戻った。


 ★


 放課後。


「そうだった。既に呪いは終わっているのに、本人に伝わってないんだった」


 山に向かって走って行く風香を見て、秀星は思いだした。

 あの呪いは解けても本人はよくわからないのである。


「そうだ。あの資料が既に八代家に送られているということは、八代家の当主も、呪いがかけられていて、もう解けていることは分かっているはずだ。セフィア!」

「はい」

「呪い云々で、風香が山に向かっていること、八代家にリークしておいてくれない?」

「しておきました」

「え、そうなの?」

「もうそろそろ、彼女の親戚が向かっている頃でしょう」


 毎度のことだが、仕事が早い。


「よかったよかった」

「既に、今回の件は一段落終わりました」

「セフィアの仕事って早いね」

「メイドですから」

「不思議なはず何だけどねぇ……納得できるのは……慣れか」

「慣れですね」


 さて、今回のことはいろいろ終わった。

 八代風香に対しては、という前提付きだが。


「で、セフィア。調べたか?」

「はい」


 セフィアは紫色の結晶体を出した。


「この結晶体ですが、召喚魔法用の結晶体でした」

「召喚魔法?」

「奴隷契約……厳密には『隷属魔法』と呼ばれますが、本来は制御できないレベルの召喚獣を出した後、隷属魔法でそれを制御する。というシナリオだったのでしょう」

「なんで風香に隷属魔法がかけられていたんだ?」

「おそらく、生贄にするつもりだったのでしょう。八代風香は魔力の保有量が多く、生贄に適しています。この結晶の発動時に生贄にすることで魔力を確保し、隷属状態を引き継ぐことが目的だったのだと推測します」

「なるほど。まあ、よくある手段か」

「はい」


 別に珍しいというわけではない。

 大した怒りもない。

 手段を選ばなかった。ただそれだけだからだ。


「とはいっても、この結晶が俺のところにある限り、それは無駄になっただろうね」

「はい」


 セフィアはうなずく。


「八代家の中に、裏切者がいる可能性。あると思うか?」

「確実にあるでしょう」

「なんだ。まだ終わってないのか」

「ご命令とあらば、私が処分しておきますが……」

「ま、今はまだいいんじゃない?ただ、護衛は必要だろうね」


 秀星はオールマジック・タブレットを出した。


「『サモン・エスコートバード』」


 魔法陣が出現し、小さな黒い鳥が出てきた。


「そうだな。俺の都合がいいように八代風香を護衛しろ」


 黒い鳥は飛んで行った。


「さて、まあ、これで大丈夫だろ」

「そうですね」


 秀星は帰ることにした。

 何かを心配する様子すら、彼にはない。

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