第四百九十七話
実際に海まで行ってみると、本当に紫鯨で来夏が遊んでいた。
「お、おおおおおおおお!」
そして謎の歓喜の声を出す椿。
まあ要するに何を言えばいいのかわからなかったのだ。
「お、秀星!来たのか!」
ちなみに来夏がいるのは海の上である。
クジラで遊ぶのをやめて、こちらに走ってきた。
海の上でクジラで遊んでいたゆえに全身びしょ濡れである。
なお、その海の上で普通に立っていたこととか、いろいろ突っ込まなければならないことに関してはだれも突っ込まないので、もう最早デフォルトだと思っているのだ。末期症状である。
「来夏さん。凄いです!あんなにポイポイってクジラを投げてる人、初めてみました!」
初めてみたというか、二人以上いてたまるか。
「ハッハッハ!凄えだろ。ていうか、秀星もできるんじゃね?」
「……まあ、できなくはないんだけど」
神器を十個所有し、魔力量が膨大、かつ、クジラの持っている毒はエリクサーブラッドによって効かないので、たしかに秀星にも同じことは可能である。
可能なのだが、大幅に何かが違う気がする。
「鯨さん。グッタリしてますね」
「……酔ったのかな?」
椿がクジラを見てそういった。
風香の意見が多分正しいだろう。あんな扱いをされて、脳がまともに機能したら動物ではない。
「で、秀星たちどうしてこっちに?」
「様子を見に来たんだ。あの鯨、かなり特殊な事情を抱えてるからな」
「特殊な事情?」
「ああ、宇宙から飛んできた隕石型発信機から漏れている魔力が、このあたりに流れ込んでるって話だ」
「あー、だからユニハーズの拠点から変な魔力が来てたのか」
秀星はそれをきいて、よく見えているな。と感じた。
『悪魔の瞳』は、『どこに何があるのか』ということを広範囲で知ることができるスキルだ。
アステルの場合、見えている範囲の情報を正確に、かつ深く鑑定するわけだが、来夏の場合、その深さがほぼ皆無である。
言い換えれば、『見て理解できるかどうかはともかく、全部見える』ということだ。
「その魔力って……」
「ああ、この近隣の海底にある巨大な壺みたいなやつに流れ込んでる。そうだな……あのクジラが出てこれそうなくらいでかいやつだ」
「それ最初に言えよ!」
モンスターを生成する魔法具なのか、それとも本来いないものを遠くから呼び寄せるのか、いろいろ考えられることはあるが、今はどうでもいい。
この鯨だけでは終わらない。それだけは確実だ。
「近隣って言うけど、だいたいどの辺りだ?」
来夏に聞くと、キョロキョロと見渡したあと、一点を指差す。
「向こうの方角だな。離れ小島があって、そこからのほうが近いと思うぜ」
かなり遠くまで見えるようだ。
「……そういや、あの鯨は?」
ぐったりして酔っていた筈のクジラはいなくなっている。
「あの鯨なら、壺の方に向かって泳いでるぜ」
「意外と静かに泳ぐ鯨ですね。お母さんもちょっと驚きです」
「鯨さん。なにか目的があるのかな」
「目的もなしに行くような状況には見えないけど……」
まあ、それはそれとしてだ。
「秀星。どうする?」
「俺はその壺を見てすらいないんだ。実際に行って確認する」
「あ、お父さん!私もついていきます!まだ戦闘シーンを見ていないです!」
「……これ、私もついて行ったほうがいいのかな」
「フフフ。来夏さんはともかく、三人はだれか忘れていませんか?」
「え?」
すると……。
「おおおおおおおおい!ここにいたのかあああああああ!」
高志が『ドドドドドドドドド!』という効果音が聞こえそうな勢いで走ってくる。
「父さん、何しに来たんだ?」
「いやひどくね!?人をゴミ箱に突っ込んだ後でそれいいます!?」
いろいろ言ってくる高志だが、秀星は気にしない。
来夏がいると判断していたので高志を連れて行きたくなかったのだ。
後の祭りだが。
「で、壺を見に行くんだよな。俺も行くぜ!」
「……」
「秀星、そんな露骨にいやそうな顔するなよ」
「だって、絶対に面倒なことになるんだもん」
これまで、高志が一緒にいて面倒なことにならなかったことがあるか。
そんなことはない。
「まあでも、連れて行かなかったら面倒なことになるんだよなぁ……邪魔はしないでくれよ」
「安心しろ。空気は基本的に読まないだけで読めないわけじゃないからな」
なおさら悪い。
自分で『犯人は俺だ!』と言っているようなものである。
とはいえ、もうどうしようもない。
幸い、戦闘力はあるし、なんだか死にそうにないので心配する必要がないという部分は事実だ。
(こんな風に、周りが諦めながら生きてるんだろうなぁ)
多数決でいえば、『反対』ではなく『棄権』
しかも、それを相手がそうさせるように狙ってやっているのだ。
最悪である。




