第四百八十三話
ユニハーズの拠点は広い。
剣の精鋭のメンバーが全員泊まるとしても全く問題がないレベルで個室が存在する。
その中の一つの部屋で、秀星は椅子に座ってぐったりしていた。
「……セフィア」
「はい」
秀星が呼ぶと、最初からそこにいたかのように、テーブルのそばでセフィアが返事をした。
「ちょっと、スケールが面倒になったと俺は思う」
「そうですね。サルベージされたあの船の調査に関しては、完全に『過去』の話ですが、ここで椿様という『未来』からの話が加わりました」
時間軸的な問題である。
サルベージされたあの船は二万年前。
椿が未来から来たのは二十年後。
明らかに差がありすぎるが、長い過去と、短い未来に意味があるとなれば、想定しなければならない部分は多い。
「あの船。思っていたより意味がありそうだな」
「そうですね。あの船を引き上げ、ある程度探索を終えた段階で、椿様という未来人がやってきた。となると無関係ではないと私も考えます」
「どうかかわるのかが分かるとかわからないとか、そんなことを言ってる暇もなくなったな。厄介なものを抱えて飛んできたもんだよ……」
秀星は溜息を吐いた。
「……ただ、本当にその端末っていうのが必要なものなのかっていうのが気になるな」
「はい。二十年後の秀星様が、今も持っている十個の神器を全て所持しており、なおかつ『アイテムマスター』として問題がない場合、端末を再度複製することそのものは可能でしょう。加えて、秀星様自身が時間移動を可能としますから、秀星様が未来から今にこっそり飛んできて、その端末を回収すればいいだけのこと。回収が不可だったとしても、その端末と、それに付随する必要な情報を全て記録し、持ち帰った後でフルコピーすればいいだけのことです」
要点をまとめて言ってしまえば、『未来でも秀星がいるのなら、いずれにせよ解決手段がある』ということである。
さらに言えば、セフィアは手に入れた情報と、自らの考察を全て記憶しているため、『今』のセフィアが出せる程度の提案であれば、確実に未来でもそれを出せるのである。
「だが、椿は来たんだよなぁ」
過去に椿を飛ばす意味が全くないのである。
しかし、現実として椿は未来からやってきた。
口が軽く、あまり、自分が持っている情報が今に取ってどれほどの影響があるのかが分かっていないように思える。
「あのタイムマシンの構造にもいろいろ思うところはあったけどな」
「そうですね」
「魔力制御は完璧、外的要因による破損に対する自動修復もついていた。そして……椿が触れられるであろうスイッチと機械が連動しているのは、あくまでも時間跳躍のための起動スイッチだけで、後は大体嗜好品に関するスイッチだったな」
「……言い変えますと、ほぼ完全に自動制御ですね」
「込められているメッセージとしては、『誰が操縦しても結果が変わらない中で椿を選んだ』ってところか。魔法具による完全制御のタイムマシン……今の俺でも相当本気になって作らないとヤバいぞ」
雫に対する返答として、時間移動前と後で関係者が神器を持っていれば問題はないといったが、当然、何も問題がないというわけではない。
椿が秀星と風香の娘であることは、秀星がDNA鑑定したので確定だ。
そこを問題にしようとも思わない。
問題にしたいのは、転移してきたのが神器を持つ秀星たちではなく、あくまでも神器を持っていない、もしくは使うことが出来る神器がそばにない椿である。
こうなると、話は面倒なのだ。
無事に現代まで飛んできて、その結果として森の中で不時着していた椿。
破損も怪我もなかったが、そこまでして『椿を送りこむ』ことに意味があるらしい。
……秀星としてもそんな風には見えないが。
「……一体どういうことなんだろうな」
「不明です。が、一つ確かなことがあります」
「何だ?」
「風香様が秀星様を意識せざるを得なくなる。ということです」
「……まあそれはそうだろうね」
子供はコウノトリが運んでくるわけはないのだ。
結婚もして、やることをやらなければ子供は産まれないのである。
「俺と風香がねぇ……」
なんともコメントし難い内容の話である。
いずれ降り掛かってくる話題だとは思うのだが、この様な形で、しかも未来から提示されるとは思わなかった。
「……まあいずれにせよ、良い子に育ってるんだな。まあ、風香の実家は魔法の名家だし、こっちにはセフィアがいるから、子育てが失敗することってそんなにない気が……」
「父親と妹と娘はとても純粋で綺麗な目をしているのに、秀星様だけが濁ってますけどね」
「喧嘩売ってんのか」
「そんな安い喧嘩は売りませんよ」
「……さいですか」
秀星は何を言えばいいのかだんだんわからなくなってきた。
「それから、一つ聞いてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「風香様と結ばれる。という話題になった瞬間に、急速に話題を変換しましたが、なぜです?」
「……」
秀星は黙った。
が、セフィアが相手だとあまり意味はない。
言語ではなく、雰囲気や仕草などから内心を読み取っていく『ノンバーバルコミュニケーション』において、セフィアは秀星を軽く凌駕する。
沈黙すら意思表示と変わらない。
エリクサーブラッドの影響で精神にも耐性が付与され、アルテマセンスの影響で表情をほぼ完全に消せる。が、それとこれは別物。
秀星のほうが心の奥底で『言わなくてもわかんだろ!』などと考えている以上、無駄である。
「秀星様。私で童貞を卒業しておきながらまだまだ青いですね」
「いいじゃん!実年齢でもまだ二十二だもん!」
異世界で五年過ごしたことでかさ増ししているが、異世界で得た経験が恋愛に対して何かしらプラスの効果を及ぼすとは限らない。
異世界の文明、文化に対する価値観を得るだけでは、異性のことなどわからない。
そこで考えが止まる以上、結婚して、子供を生んだ後のことを考えるなど不可能である。
魔戦士としては世界最強の秀星。
しかし、一人の男としてはまだまだケツが青いのだった。




