第四百八十二話
突如現れた『お父さん!』と呼んでくる少女。
『人違いです』と即答したわりに判断に困っているわけではない。
少女が乗っていたジェット機のようなものがタイムマシンであることは鑑定で分かっているし、見ただけでDNA鑑定ができる秀星は、少女が自分の遺伝子を持っていることが分かっている。
「あ、言い忘れてました。私は朝森椿と言います!」
とても純粋で綺麗な瞳でそう言っている椿。
「……なあ、オレって自己紹介するべきなのか?」
「何で僕に聞くんだ。あ、僕は林道草太。宜しくね」
「よろしくです!お父さん。草太さん!」
元気な様子である。
(……美奈を元気にさせたような感じか)
謎の比較をしている秀星である。
「あ、あの、本当ですよ?」
「ああ、見ただけでDNA鑑定ができるから疑ってないぞ」
「おおっ!未来のお父さんが言ってたとおりです!」
「……そうか」
自分の娘を過去に送るとなれば、それくらいの知識は伝えるものなのだろうか。
「まあとにかく……拠点に行くか?ユニハーズってわかるよな」
「あ、ここって、前のユニハーズの拠点があるんですね!二十年後の未来では島ごとなくなっているので、行くのは初めてです!」
((え、島ごとなくなるの?))
なんのために今探索しているのだろうか、と秀星は思ったのだが、ここで追求しても仕方のないことだ。
「……まあとにかく帰ろっか」
「ん?森の中になにか取りに来たんじゃないのか?」
「いや、まだ在庫はあるから問題ないよ。というより……なんだか勝手に迷子になりそうだしなぁ」
最後の方は小声の草太。
秀星もちらっと椿を見る。
……自分の娘とは思えないほど純粋な瞳だが、たしかになんだか方向音痴っぽい気がする。
「ならまあ……戻るか」
というわけで、拠点に連れて帰ることに。
★
裂けている空間が拠点の出入り口。
椿は大はしゃぎだ。
「おおっ!あれが、おじいちゃんがバールで開けた裂け目ですね!」
「未来でもできるのか!」
「はい!」
できるんだ。
逆に、出来なくなっているとは微塵も考えていなかったのも確かだが。
中に入って、ロビーに行く。
夕食が近いせいか、広いロビーには秀星と草太を除いて全員がいた。
そんなロビーに入ると同時に、椿が元気な声で言った。
「二十年後の未来から来ました!朝森椿といいます!よろしくお願いします!」
当然のことだが、空気が凍った。
数秒間、誰も何も言わなかったが、高志が最初に復活する。
「おー。こりゃまた幼いのがきたなぁ……」
「むっ!あ、おじいちゃあああん!」
走っていって高志に抱きつく椿。
「お、おじいちゃん?」
さすがの高志も意味不明。
「俺のことをひと目見てお父さんって呼んできたぞ」
「え、秀星の娘?」
「はい!そのとおりです!」
何をどう言えばいいのやら。
「未来から来たっていうのは間違いないのか?」
「時空魔法がかけられたタイムマシンに乗ってきてたし、DNA鑑定したから、俺の娘っていうのはほぼ確定だ」
秀星が説明している間も、椿は高志に抱きついている。
秀星をひと目見て抱きついてこなかったところを見ると、おじいちゃんっこなのだろうか。
後で高志をぶん殴っておく必要がありそうである。
「しかし、こりゃまた純粋な目の娘に育ったもんだなぁ」
「未来のお父さんは、おじいちゃんに似たと言ってました」
「ハッハッハ!可愛いやつだぜ」
そういって、高志は椿の頭を撫でる。
「ん〜♪」
気持ち良さそうな様子の椿。
こういうことが普通にできるのが高志なので、慣れたものである。
そして、椿の視線が横に移って……。
「あ、お母さん!」
走って行って……風香に抱きついた。
「え、わ、私?」
「はい!お母さんはお母さんですよ!二十年前のお母さん、とても若いです!」
そりゃそうだろうね。
「てことは、秀星と風香の娘ってことかぁ」
雫がそう言って、全員がそれを理解した。
「え、ええええええ!?」
そして混乱する風香。
まあそれはそうだろう。
流石に高校二年生が想定できることではない。
「皆さん若いですね。ただ……お父さんとおじいちゃん。来夏さんと基樹さんはかわらないですね」
秀星と基樹は、『俺たちってあのギャグ組と同じ枠なのか』とすごく嫌そうな顔をした。
「あと、基樹さんは今交際している美奈お姉さんと結婚するので、親戚なのです!」
「なるほど」
「えへへ、基樹くんと結婚かぁ」
美奈がトリップし始めた。
が、椿は放置。
「ちなみに、あそこで柔道をしている沙耶さんと晶さんも将来的に結婚するので、朝森家と諸星家は親戚ですよ!」
椿が赤ん坊二人を指差す。
二人が『ん?』といった視線で椿を見るが、興味がなくなったのかすぐに柔道を開始した。
なぜ赤ん坊が柔道をするのかという部分にツッコミを入れないあたり、かなり毒されている。
「……今更だけど。そんなに未来の話をしていて大丈夫なのかな」
雫がそんなことを言った。
秀星は即答する。
「時間移動をする前とする先で、関係者が神器を持っていた場合は問題が軽いから大丈夫だろう」
雫が気になったのは、雫の過去を改変する際、秀星とアトムが本気で作業していたことだろう。
そのようなことがまた起こるのではないか。ということだ。
これに対する返答として、要点だけをまとめて言うならば、『改変されることも含めて一つの世界』ということである。
運命の話をするとき、『そもそも未来で自分が何をするのかは決まっている』といわれるが、それとほぼ同じ。
改変される前はどうなるのか、改変された後はどうなるのかがそれぞれ決まっており、そしてその決まった未来を知っている存在が、神々がいる世界には存在する。
神器という概念インフレの象徴が、時間移動前と後で存在する場合は、ほぼ問題はないのである。
雫の話のときは、改変するために向かった過去では、秀星もアトムも神器を持っていないから面倒だったというだけの話だ。
「そういえば、何で来たんだ?」
高志がここで根本的な質問をした。
「未来で出てくるとても重要なモンスターが目指す端末のようなものがあるので、それの保護ですね。未来では壊れていまして……」
「へぇ、未来でねぇ……」
「ちなみに壊したのはおじいちゃんです」
「……」
全員の視線が高志に集まる。
高志。未来で何やってんだ。という視線だ。
「……いや、『今』の俺は悪くねえだろ!」
確かにそうなのだが、なぜか高志の場合は悪いと思えるのだ。
不思議なことである。
「……まあ、それが目的なら、端末をどうにか発見して確保だな。どんなもので、どこに保管するのかも決まってるのか?」
「はい!ええと……」
椿は外套の胸の内ポケットを探った。
そして、USBメモリが数本入りそうな、中に何も入っていないケースを取り出す。
椿の顔が真っ青になった。
「……持ってくるの忘れました」
「だろうと思った……ちょっと貸せ」
秀星は椿からケースを受け取った。
そして、左手にマシニクルを出現させる。
そのまま発砲。
ケースのそばにホログラムの時計が出現し、高速で時間が経過していく。
「……おお」
椿が驚いた。
ケースの中には、USBメモリが三本入っていた。
「す、すごいです!いったいどうやったんですか?」
「タイムマシンを見れば、いつの時間から来たのかはわかる。その一日前の時間を設定して、その時間におけるこのケースの状態を再現しただけだ」
「そんなことできるんだ」
ぼーっとした雰囲気でみんな聞いているが、アステルとオウガは、秀星がいった『再現』という言葉に引っ掛かるものがあった。
要するに、そういう使い方もある。ということである。
「ありがとうお父さん!」
秀星に抱き着く椿。
……思ったより、誰にでも抱き着くのかもしれない。
高志の孫であることを考えるとパーソナルスペースは狭いのも無理はないか。と改めて思うのだった。




