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第四十七話

 秀星は、修学旅行のような『自宅以外で寝ること』が確定しているような状況では、寝るのが早いほうである。

 別につかれることはないうえに、そもそも睡眠そのものが必要ではないのだが、ベッドに横になって布団をかぶるというのは気持ちがいいもので、嗜好の一つとして楽しむということで行っている。


 ちなみに、剣の精鋭のメンバーは、秀星と同じ部屋で寝ることに対して特に抵抗はなかった。

 秀星が女性メンバーを『そういう目』で見ないということもあるが、ダンジョンの中での就寝なので、秀星がいると安心するということもある。

 誰よりも早く秀星が寝始めるということもあるにはあるが、寝ている時の秀星であっても、危機感知能力は剣の精鋭のメンバーの中でもダントツなので、危険と言うものを感じない。


「……?」


 秀星は、自らの体が動かしにくいと思った。

 少し目を開いて下を見ると、雫が自分に抱き付いている。

 横を見ると、来夏と優奈は布団をほとんど被らずにいびきをかいていて、アレシアと羽計、風香は布団をきちんと被って上品に寝ていて、美咲はポチを抱いて寝ていて、千春は頭まで布団をかぶっていた。


 雫だけは、秀星に抱き付いている。


(……体がちょっと震えてるな。表情もよくないし)


 悪夢でも見ているのだろう。

 ……秀星も、異世界で悪夢を見てうなされていた時は、よくセフィアに抱き付いていた。

 最近は一度も見ていないが。


(あんな暗い場所で十年もいたわけだしな。当然か)


 秀星は、雫の頭を静かに撫でる。

 雫はピクリと反応したが、それ以降は何もない。

 ただ……表情はすこし、良いものになっていた。

 それと同時に、秀星は気が付いた。


(エリクサーブラッドの付属スキルである『揺り籠』が自動的に発動しているな)


 『揺り籠』

 周囲に対して『安心』を与えるスキルで、自分よりも格下のみだが、不安や恐怖を取り除き、身体にもいい影響を与える。

 だが、これらは『不発にならない』ので、今現在、雫が不安や恐怖を感じているということだ。

 秀星はあやすように、ゆっくりと撫でる。

 雫は泣き始めていた。

 どんな夢を見ているのかはわからないが、秀星は、深くは気にしなかった。


「大丈夫。大丈夫、俺がいる。俺達がいる。頼っていいから。応えてやるから」


 雫にしか聞こえないように……いや、こんな静かな部屋では全員に聞こえるだろう。

 ただ、静かに、秀星はそう言った。


 ★


「新しいダンジョンが出現したから、このダンジョンをクリアすることになるとはな……」


 ノルマ+α。と言った分の素材が集まったので帰ることになった秀星たちだが、ダンジョンの外から来た報告班から、新しいダンジョンの存在を聞きつけた。

 ただ、今のところ、かなり多くの戦力が集まっているので、折角なのでボスを倒してしまおうということになった。

 新ダンジョンの規模もかなり広いので、これからはそちらを充填に使うことになるらしい。

 ただし、大きいダンジョンを二つも管理するほどの余力はこの地域にないので、一つはクリアする予定になった。


「ハッハッハ!ラスボスを相手にするのは久しぶりだぜ」

「うむ。私たちのチームはそこまでダンジョンに入らないが、面白そうだね」


 秀星の横では、豪快に笑う剛毅がいて、秀星の前では、車の運転をしているアトムがいる。

 ボスに挑むわけだが、逆に、ボスに挑むにしては過剰な戦力がダンジョンに集中していた。

 要するに挑むとしても余裕があるわけなので、いっそのこと競争にしてしまおうと主催者が発表。

 ボスを倒したチームには後金の上乗せがある。

 三つのチームまでが共同で戦うことが出来るという条件でスタートしたわけだ。


 秀星たちは、『剣の精鋭』『獣王の洞穴』『ドリーミィ・フロント』の三つの共同で挑むことになったわけだが、ここで気が付いたことがある。

 ボスがどんな奴なのかはわからない。

 ただ、戦力が大きすぎると。

 ここで、来夏が『各チームから代表を一人出せば良くね?』と言って、それが可決してしまった。


 結果、秀星、アトム、剛毅の三人が選ばれたというわけである。

 そして現在、アトムが運転する車に乗っているのだ。

 なかなか上手である。安全運転ではないが。


「お、見えてきたぜ」

「竜一が作ったナビは正確だったね」


 ダンジョンにおける『ナビ』というのは、客観的に見ると作るのは難しい。

 何故難しいかはここでは言わないが、簡単にできるのならみんなが使っている。ということで納得してほしいところである。


「他のチームに怒られるんじゃね?これ」


 ボス部屋を発見してテンションを上げる剛毅とアトムに対して、秀星は何か妙なものを感じる。

 とりあえず、扉の前に車を停車。

 キーを抜いて、ボス部屋の前に立った。

 秀星とアトムは剣を持って、剛毅はフィンガーグローブを付ける。


「さてと、思いっきりやるか!」


 はしゃいでいる剛毅。


「大丈夫なんだろうか……戦力的なことじゃないけど」

「私は君が考えていることが理解できるが、心配は要らないさ」


 空いている左手で秀星の肩をポンッと叩くアトム。

 秀星は意外そうな顔をしながらも、希望に満ちた顔をアトムに向ける。

 そしてアトムは言った。


「どうせみんなギャグ要員だからね」


 秀星の心は地獄に突き落とされた。

 ような気がした。

 いろいろと頑張っているような気がしなくもないが、全部無駄になった気がする。


「ハッハッハ!まあいいじゃねえか。とりあえず、今はさっさとボスを片付けることにしようぜ」


 剛毅はドアを開ける。

 少し開けると、そこからはドアが自動で開いて挑戦者を歓迎した。

 三人の攻撃力を考えれば、ボス前の扉であろうと自分でぶち抜けると思うが、それはそれである。


「さて、一体どんなボスが待ってんだろうな」

「少しは楽しめるといいね」

「それはボスに対して酷なのでは?」


 どうもこの空気に乗れない秀星。

 部屋の中を見る。


「……ヤマタノオロチ?」


 首が八つある巨大な蛇。

 そんなボスモンスターだ。


「秀星、何言ってんだ。股の数は七つだろうが」

「剛毅。君ってあまりファンタジーに詳しくないんだね……」

「今時、小学生でも知ってるやつは知ってるぞ……」


 ボスモンスターを目の前にして緊張感など地平線の外まで蹴り飛ばしている三人。

 このままではボスモンスターとしての沽券にかかわると思ったのだろうか。ヤマタノオロチはすべての首からブレスを放出してきた。

 ただ、全てのブレスが炎属性だったが、分けない性質(タチ)なのだろうか。

 それに対して三人は……何もしなかった(・・・・・・・)

 まったく対策がないというわけではないだろう。

 だが、わざわざ動くほどの難易度でないことは確かだった。


「……あんまり熱くねえな」

「「確かに」」


 大して気にする様子もなく、三人は普通に立っていた。

 これにはヤマタノオロチの方が驚く。

 炎のブレスだが、本来ならば鎧を焼く温度と、魔力を乗せて生まれた、建物すらも押しつぶす圧力を持つ。

 全く効いていない。というのは、ヤマタノオロチにとっては初めてだ。

 しかし、それほどのポテンシャルを持つこのブレスが、彼にとっては小手調べであることも事実。

 出力を上げれば問題は――。


「もう倒そう」

「だね」

「ああ。何かやる気起きねえわ」


 次の瞬間、ヤマタノオロチのすべての首は斬り落とされ、胴体には貨物船でも突っ込んできたかのような衝撃が発生。

 首を再生する能力を持ち、様々な属性のブレスを使用できるヤマタノオロチ。

 硬い鱗を持ち、機関銃すらも弾くほどの防御力が常時発動されているうえに、ダンジョンボスとしての特権で、ダンジョンからエネルギーを受け取ることで魔力量の問題を解決した化け物。

 ちまちました小細工はほとんど通用しないので、重い一撃を叩きこむことが重要となるのが正攻法であることは事実だ。

 そう言う意味では、相手が悪すぎる。

 神器を持つ秀星とアトム。

 そして、その体格と徒手空拳で強者となった剛毅。

 単発攻撃力においても、連続攻撃力においても恐ろしいレベルだ。

 物語を三周くらいしてから、やっていなかったクエストを消化するようなノリで、絶命。


 ヤマタノオロチとして、と言うこともあるのだろうか。

 一本の剣を落とした。


「お、剣が落ちてきたね」

「ヤマタノオロチってことは……『草薙の剣』か?」

「鏡と勾玉は落ちねえんだな」

「何でそっちは知ってんの?」

「来夏が言ってた気がする」


 来夏がどういうタイミングでそんなことを言っていたのかそこそこ気になった秀星だが、次の瞬間にどうでもいいと思ったようだ。

 すでに、三人はヤマタノオロチの素材を車に積み始めている。



 最初から最後まで緊張感など皆無のまま終了するボス戦。

 とはいえ、彼らが最初にボスを討伐し、ダンジョンを踏破したことは事実。

 報酬を上乗せする権利は、彼らのものとなった。


 躍動感?


 臨場感?


 それを語るには、このダンジョンは弱すぎる。

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― 新着の感想 ―
[一言] ヤマタノオロチのマタは股ではなく分岐を意味する又ですね
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