第四百六十一話
「ここがアジトの出入り口だぜ!」
高志が指差す先にあったのは、どこからどう見ても『割れた空間』であった。
「……父さん、説明を求める」
「おう、さっき、『文明的だと狙われる』って言ったよな」
「言ってたな」
「だったら、文明とは全く関係ない方法で出入り口を作ればいいって考えたんだよ!」
「おお、なるほどな!」
秀星が聞くと高志は普通に説明しはじめ、そして最終的には来夏が同意した。
……要するに、『ドアとか付けてると文明的って判断されて狙われるから、空間をぶち割ってその中に拠点を作ろうぜ』ということなのだろう。
その発想を抱いた高志を嘆くべきか、その発想を採用した仲間たちを褒めるべきか。
正直なところかなり迷うのだが、ここでその議論をしても無意味である。
そもそも考案した本人がほとんど何も考えていないのだから。
それに加えて、本人ができると思っている範囲が通常の人間とは違いすぎる。
議論は不可能である。
「えーと……」
秀星は割れた空間を通ってみた。
その先に広がっていたのは、地平線まで続く草原だった。
ところどころ川が流れていたりするが、それはそれで水源として見ていいだろう。
空には雲が文字通り一つもない青空が広がっており、森の中を進んでいた秀星からすると恐ろしいほど開放的な感じがする。
そして視線を下に向けると、マンホールがあった。
あれが出入り口なのだろうか。
「……」
秀星が無言で入って、全員が続いて来る。
「おお!なんだか、とてもきれいな場所だね!」
雫が元気そうな表情でそういった。
現代日本に住んでいると、基本的に『大草原』と言う場所に足を踏み入れることはあまりない。
秀星たちが住んでいる九重市は、山はあるが草原と言える部分は壊滅的で、しかも今は開発が進んでいるレベルである。
そうなると、なおさら草原と言うのは写真の中だけの存在だ。
「こう言ったものを見てるときれいだなって思うよ。草原って言うのは基本的に、人の手が加わったものだからな」
基樹がそういった。
秀星もうなずく。
「だな、確か、元は牧畜で、家畜の餌のために作ってるんだっけ?」
「ああ。綺麗な草原も、人の手が加わらないと雑草が伸びまくった『荒野』に変わる。そうなると農地にも適さないからな」
秀星が視線を動かすと、天理も『んー』っと伸びをしていた。
元々異世界で勇者だった彼女も、異世界で見かけた環境である『草原』というのは懐かしいのだろう。
「う~」
沙耶が自分で来夏の頭の上から降りた。
そして、そのまま草の上でハイハイしはじめる。
といってもそれ相応にゆっくりなので、草原の感触を楽しんでいるようだ。
「ハハハ!沙耶は草原なんて初めてだもんな」
来夏は沙耶を追いかけて、ハイハイをやめてベタッと体を草原に付ける沙耶を持ちあげる。
それを見た後、高志が説明し始めた。
「この草原は仲間の一人が作ったもんだ。ま、本人はガーデニングみたいなもんだっていってたけどな」
「ガーデニングでここまでやんのか?」
「とにかく、大きく作ったり広く作ったりするのが好きな奴なんだよ。元の拠点にはモンスターを住まわせていたりしたけど、アイツ、『モンスターが文明に適応できるかどうかの調査なら、『都市』が必要だな』っていって、実際に都市を作っちまうような奴だから、すごいものになるんだよな」
……言いかえるなら、『すごい景色を作りたがる』と言うことだろうか。
(なんで都市なんだ。普通に村でもいいだろ)
秀星はその仲間にげんなりしたが、ここで沈んでも仕方がない。
「拠点の出入り口はこのマンホールか?」
「おう、さて、どれくらい集まってんだろうなぁ……まあ、事務員くらいは残ってると思うんだが」
そう言いながらマンホールの中に入って行く高志。
というか、おそらく梯子くらいはあると思うのだが、普通に飛び降りてしまった。
秀星と基樹、天理と来夏も飛び降りる。
まあ、飛び降りるといっても五メートルくらいなので朝飯前だが。
ちなみに、来夏だけ飛び降りた時に『ドオオオオオオン!!!!』と一トンくらいのものが降ってきたような音が鳴り響いたので、久しぶりにビビった秀星。
素材が一見分かりにくい床にはヒビが入っているのでとんでもない衝撃だ。
ただ、頭の上にいる沙耶はすやすや寝ているので、本人たちにとっては対して問題はないのだろう。
数秒後、雫が最初に来た。
「おお、なんか、秘密基地って感じだね」
さっきの音に対する感想は?
「……なあ雫、さっき、すごい音しなかったか?」
「え?私は何も聴こえなかったよ?」
「……そうか」
秀星は考えることを放棄した。
すぐに全員が揃ったので、長い通路を歩いていく。
「……これ、どんな素材で出来てるの?」
千春が高志に向かって聞いている。
技術者として、壁や床の材質が気になったようだ。
「俺も知らん」
「……そうですか」
なんとなく予想していたのか、千春はすぐに引っ込んだ。
高志は近くのドアを開けた。
「ここはロビーになってるんだ。いろいろおいてあるし、誰がどのエリアを使っているのかを確認できる表示板がある。まあ、『何かあったらとりあえず来るところ』だと思ってくれるといいぜ。カウンターにいるお姉さんが作る軽食や飲み物も美味いからな」
高志がドアを開けた。
するとそこには……。
「ちくしょう、なんであいつら、誰もデータをまとめずに雑なまま持ってくるんだ。整理整頓って言葉を知らんのか全く……」
嘆きながらキーボードを高速で叩きまくる金髪のおっさんがいた。




