第四十三話
パーティーメンバーに変更はなかった。
それだけで優奈と美咲の顔が蒼くなり、そもそも子守りをしなければならない秀星は表情が抜けた。
雫は特に変わった様子はない。というより、アレシアと別のパーティーなので多分うれしいのだろう。
流石のアレシアも、ダンジョンの中では面倒見きれないのだ。
とはいえ、この五十層より下の階層は、モンスターの強さも上がり、罠も強力になる。
秀星がいるとはいえ、真剣にならざるを得ないだろう。
優奈と美咲はともかく、長い間地下で拘束されていた雫の精神はかなり不安定だ。
道也にある程度鍛えられたのか教えられたのか、十六歳としては自然なものだが、かなり作っている感じがあるため、実力と言う意味では強いのだが、戦闘方法を注意してみるとカースド・アイテムによる膂力に頼ったものばかりである。
不安要素の有る三人だが、秀星がいれば問題がないという来夏の判断は分からないわけではない。
秀星も、文句を言いつつも反対しないのはそう言う部分をわかっているからだ。
「雰囲気が変わったね」
「急にモンスターが強くなっているです」
「グルル……」
「でも、後ろに秀星がいるって分かると安心するわね」
トロッコを引く秀星の前を歩く三人の会話である。
雫もそれなりに真剣だ。
優奈もしっかりと確認するようになっている。
美咲はモンスターしか見えていないが、ポチの方はしっかりと周りを把握できているようだ。
「そう言えば、私たちってマッピングとかしてないけど、大丈夫なの?」
雫が言うマッピングというのは、『地図作成』の話である。
迷わないようにするという意味もあるし、何か必要なことがあれば書きこめる。
さらに言えば、今回のように『一時的に拠点に戻る』という目的がある場合、かなり重要と言えるだろう。
ただし、ダンジョンではそう言うものにはならない。
その質問には優奈が答えた。
「ダンジョンはね。常に構造が変わり続けるのよ」
「え、そうなの?」
「そうです。広さは変わらないですけど、ちょっとずつずれるです」
ボス部屋と外周の広さを除いて、ダンジョンは常に変わり続ける。
それも、人が気づかない程度に、少しずつだ。
そのため、マッピングするにしても、短時間しか持たない。
「あまり有用性がないっていわれているのと、長い間使えないっていうことで、情報としても安いんだ」
「へぇ、そうなんだ。でも地図、売ってたよ」
「あれは、スキルとか魔法具とかを使って、簡単に作れる人達が小遣い稼ぎで作ってるだけよ。需要はあまりないけど、短時間なら使えるからね」
優奈は一応いろいろ見ているようだ。
秀星も確認している。
ちなみに、ワールドレコード・スタッフを使えば、数年後の特定の時間のダンジョンの姿を把握することは可能だ。
次々と書きこんでいくこともあるのが地図と言うもので、『書き終わった状態』がワールドレコード・スタッフなのだ。数年後であろうと問題はない。
「でも、いま私たちって、ベースキャンプまで戻れるの?」
「問題ないです。ポチは通った道を忘れないです。構造が変わっても、頭の中でうまく整理出来るですよ」
ポチの種族名は『トレース・タイガー』
本来ならば、戦闘能力よりも他の能力が高い種族だ。
トレースの意味は『痕跡』であり、歩いている時にいつも、魔力的な痕跡を足から出しながら進んでいる。
通った道を忘れない。と美咲は言うが、厳密には目印をつけながら歩いているようなものだ。
ただし、多くの痕跡を残す魔法はダンジョンの構造変化とともに失われることが多いのに対して、ポチの場合は普通に残る。
優秀なのである。
「あれ、向こうのパーティーの方はどうなの?」
来夏たちの心配をしているのだろうか。
「大丈夫よ。来夏はそういったいろいろなものが『視える』からね」
「あ。そっか」
剣の精鋭のメンバーは、来夏のスキル『悪魔の瞳』を知っている。
見えるものを増やすスキルだが、やろうと思えば透視もできる。
ダンジョンならば帰って来るくらいならできるのだ。
かなりの集中力が必要になるが、来夏の視点ですらなく、第三者視点で見ることも可能だろう。
ただこうなると、ダンジョンの中でパーティーを分ける場合、来夏と美咲は別々のパーティーに所属することになる。
それらを踏まえたうえで考える必要があるのだが、秀星がいるので入れられたのが現状である。
「まあいっか。おりゃ!」
雫は出現した蛇を細切れにした。
相変わらず連撃数だけはすさまじい。
「モンスターの難易度は上がってるね」
「しかもさっきから爬虫類になってきたな。すごく大きなヤモリとか出てきたし」
「え、あれってイモリじゃないの?」
「イモリは両生類です」
小五(美咲)に負けるのが雫の生物知識である。
ついでに言うと、両生類は粘膜、爬虫類は鱗だ。遠くから見てもさっぱりわからないがそう言う違いがある。
「フフフ、まあでも、見た感じは同じだもんね!」
「「「……」」」
見分けにくいことは認めるが、それはそれでどうなのかと思った三人である。
さすがに思考放棄は良くない。
とはいえ、雫は一夜漬け脳であり、短期間ですごく覚えられるが長期間持たない。
テストには強いが日常生活ではボロカスなのである。
「爬虫類になってきたけど、何か意味はあるのかな」
「いや、意味はないと思う。ただ、ちょっと戦いにくくなったな」
哺乳類ばかりだったので、今まではそれなりに高さがあったので戦いやすかったのだが、爬虫類になった瞬間に戦いにくくなった。
優奈は蹴りが中心になったし、雫も足技を絡めて攻撃している。
逆にポチは喜んでいる節があるが、美咲はやることが少なくなった。
ぶっちゃけ秀星は難易度の差を感じないが、客観的に判断すれば戦いにくいのは分かっていることだ。
大きい方が攻撃しやすいのは当たり前で、低い場所を全力で攻撃するのは少々苦労するものである。
「でも、そこまで難易度が高くないように感じられるのは、秀星がいるからだね」
「安心できるです」
「グルル……」
「きっちり援護はしてくれるからね」
「おかげでだいぶ慣れてきた」
好評で助かる。
「おい、ちょっと待てよ」
急に後ろから声が聞こえてきたので振り向くと、換金所で怒鳴っていた男がいた。
取り巻きを連れているようで、かなり余裕のある雰囲気を持っている。
怒鳴っていた男が持っている武器は両手剣で、取り巻き二人は片手剣と盾だった。
「……さっきぶりだな」
「秀星の知りあい?」
雫が男たちを見て首をかしげる。
「つい先ほど少し話しただけだ」
「友好的には見えないわね」
優奈が肩をすくめる。
男たちは秀星を見た後、雫、優奈、美咲の三人を見て、鼻の下を長くしている。
(……三人が美少女であることは俺も認めよう。だが、できる限り距離を開けておく方が身のためだと思うがなぁ……)
秀星はそんなことを考えていた。
「おいガキ。その女どもを俺によこせ」
「……」
一瞬、『できることならそうしてやりたい』と思った秀星はきっと疲れているのだろう。
「……俺達が『剣の精鋭』だってことは知っているんだよな」
「ハッ!剣の精鋭だと?少数精鋭だとか言っておきながら、大した量のクエストも達成してねえクソみてえなチームだろうが」
事実ではあるが、そもそも、少数精鋭と言うのはそう言うものではない。
「糞みたいなチームですって?」
優奈がキレ始めた。
さて、どうしたものか。
「ま、はっきり言って聞く気はないな。第一、そんな要求が最初から通るとはお前も思ってないだろ」
「そりゃそうだ。クックック。なら、決闘と行こうじゃねえか」
「……」
魔戦士において、決闘と言うシステムは確立されていない。
モンスターの対応だったりといろいろあるが、任務では犯罪組織を相手にするため、ルールなど関係ないし、見世物としてもそこまで意味があるものではない。
魔戦士同士で戦う暇があるのなら、その労力をモンスターを倒すことに使うべきだ。と言うことでもある。
だが、ルールがないからと言って行われていないわけではない。
「……俺にメンバーの脱退を指示できる権限があるわけないだろ」
「つべこべ言わずにさっさと構えろや!」
男は両手剣を構えてこちらに突撃してきた。
決闘と本人は言っているが、本来は口より先に手が出る性格なのだろう。
とはいえ……。
間合いのつめ方。上段からの降りおろし。
別に、とびきり悪いというわけではない。
今回の探索に呼ばれるだけのことはある。ということなのだろう。
必要な筋肉を鍛えているのがわかる。
しなやかさもある。
「才能がないわけじゃないな」
しかし……。
「なっ……」
振り下ろされた剣は、秀星をすり抜けた。
「「「はっ?」」」
周りも一瞬、理解できない時間が発生し……。
「うぐっ」
秀星は男の無防備な額にデコピンを打ち込む。
一瞬顔をゆがめる男だが、すぐに表情を戻して……。
その視界に、秀星がいなかった。
「こっちこっち」
後ろから声がして、男は振り向きざまに横に一閃。
確かに、秀星はいた。
だが、またすり抜ける。
いったいどういうことなのか全くわからない。
「……ざ、残像でも切ってるみてえだ」
「お、実は正解なんだ。よくわかったね」
後ろから声がするので、また一閃。
今度は、左手の人差し指と中指だけで止められた。
「くっ……」
「残念」
男は距離を取って、剣を構える。
だが……刃の部分がなかった。
「え……」
「あ、君が捜しているのはこれかな?」
秀星は、男が持っていた剣の刃の部分を八等分したものでお手玉をして遊んでいた。
「こ……こんな……」
「さて、もうそろそろ実力の差は分かったと思うが……」
「こ……降参だ」
「素直でよろしい」
秀星は男の近くまで来ると、すべての刃の部分だけの剣を空に放った。
呆然としている男の手から柄だけになった剣を取ると、スッと構える。
すると、八等分されていた刃が順番に落ちてきた。
ためしにブンブンと振ってみる。
切断された形跡が全くないかのように、剣は剣としての形と保っていた。
「ちょ……ちょっと見せてくれ」
「いいよ」
男に剣を渡す。
そして、刃をまじまじと見つめる。
数秒後、信じられない。と言いたそうな声色で、つぶやく。
「せ……切断された痕がねぇ」
周りもいろいろ驚いていたが、もう理解できる範囲を超えていた。
「まあ、君たちも必死になって訓練すればこれくらいはできるようになるよ」
「「「「「できるかあああああ!」」」」」
当然ともいえる叫びがダンジョンに響いた。