第四十二話
「お、秀星たちじゃねえか。おーい!」
第五十層。
ダンジョンとしてはハーフフロアであり、それらしいボスが出現する。
ただし、このボスを倒した場合、この場所だけは一か月はモンスターが出てこないし、『入って来ることができない』ので、いざという時のために倒しておくのだ。
ボスの力は確かに強い。
ダンジョンに出て来るそんじゃそこらのモンスターと一緒にしていると痛い目にある。
とはいえ、である。
「すでにボスモンスターを倒していたのか」
来夏がこちらに手を振っているが、それは『元ボス部屋』であった。
少数精鋭である『剣の精鋭』のリーダーは、ダンジョンのハーフボス程度ならソロ討伐できる。
そこに、参謀であるアレシア、名家出身の羽計と風香、研究者である千春がチームを組むと、負けなしになる。
ちなみに秀星の場合は一刀両断である。
「遅かったじゃねえか。大丈夫だったのか?」
「遅い理由はなんとなく察しているんじゃないか?」
「勿論だぜ!」
そう言ってグッドサインを出す来夏。
そんな来夏に対して白い目を向ける秀星。
雫の面倒を見るのは本当に大変だった。
戦っている時はいいのだ。それなりにまじめにやってくれる。
だが、それ以外の時がダメだ。というか時々罠にかかるからな。
イラッとした時は罠を秀星自身が作っていたくらいである。
それでいて、子守りもしなくてはならないのだ。いろいろと面倒だったのである。
「もうすでに、大手のチームが簡単なベースキャンプの資材を運んでる。オレたちがここより下の階層に挑んでいる間に、ベースキャンプができる予定だぜ」
「……仮にもボス部屋だよな」
「そういってもハーフボスだからな。一回倒し方が分かれば後は作業プレイだ」
羽計の言い分にげんなりする秀星。
不憫なボス……どんな奴だったのだろうか。
モンスターの出現傾向からすれば哺乳類だが。
「資材が運ばれてきてるって言うのは本当みたいだな」
既にちらほらと見える。
それなりに人数が多いチームは、そう言う任務も並列してやっているようだ。
おそらく、残りの資材を取りに行くメンバーと、下に行くメンバーに分かれるのだろう。
継続的に使えるものもあるが、消耗品だって多いはずだ。
「すでに、ちらほらと活動を開始している施設もあるな」
「今日の夜には完成するかもしれませんね」
「そんなに速いのか?」
「当たり前よ。だってベースキャンプができないと全く仕事ができない人だって雇ってるんだから」
優奈が言ってくるが、確かにそうだと秀星も思った。
戦闘能力が極端に低い魔戦士もいる。
もちろん、戦闘以外でいろいろなことをこなせる人材なら重宝されるが、しっかりした拠点ができないと活動不可だろう。
「で、そっちはどうだったんだ?」
来夏が聞いて来る。
「雫さん、持っていたクッキーの七割も食べたです!信じられないですよ!」
「ハッハッハ!どうせこうなると思ったからオレのパーティーと別にしておいたのさ!」
クズである。
美咲が涙目でいろいろ言っているが、来夏としては予測通りなのだからどこ吹く風。
よく考えてみれば、クッキーを渡して数時間後くらいでパーティーを決定したはずだ。
その時点で、こうなることが分かっていたのである。
「私たちの方は比較的普通だったね」
「『比較的』、を付ける必要は確かにありそうね」
「来夏が暴れすぎですよ……」
風香は苦笑し、千春は肩をすくめて、アレシアは呆れている。
来夏の戦法は、戦法と呼べない。
近づいて斬る。相手が生きていたらまた斬る。という感じだからだ。
剣を使う以上、それは誰でも変わらないのだが、何かが違う気がするのは秀星の気のせいではないだろう。
とはいえ、突撃しかしないように見えるリーダーと言うのは時に心臓に悪いものだ。
多分これからもこんな感じになるんだろうな。と秀星は思った。
「なかなか賑やかだね」
振り向くと、『ドリーミィ・フロント』のメンバーがこちらに来ていた。
竜一の背には、作業用なのだろうか、バックパックがある。
全員が戦闘系の服装なのだが……刹那だけはステージ衣装だった。
何故。
「なんであんただけステージ衣装なの?」
優奈が刹那に聞いている。
聞かれた刹那は微笑む。
「当然でしょ?アイドルなんだから」
『剣の精鋭』のメンバーは『何かが違う気がする』と思ったのだが、それはもうおいておくことにした。
チームのリーダーであるアトムが何も言わないというのなら問題はないからである。
「昔は恥ずかしがり屋だったのに、どうしてこんな子に育ってしまったのか……あ、刹那。謝るからレイピアをしまってくれないかな?」
アトムが遠い目をしていると、刹那の雰囲気がちょっとヤバくなってきた。
少しだけ慌てたような様子になっているアトム。
そうか、昔は恥ずかしがり屋だったのか。
確かに、今の刹那とは違うような感じだ。
「……仲がいいんだな」
「同じ高校の出身だからな。まあ、刹那は現役だが」
竜一の補足で分かった。
「高校一年生よ。九重市の隣、『崎原市』に住んでるけどね」
そういって微笑む刹那。
作っていることもあると秀星は思ったが、よく似会っていた。
「同い年なんだ……」
風香が何かを驚いているようだ。
確かに、刹那は大人びた雰囲気がある。
彼女の周りが年齢としては大学生であり、それにうまく溶け込んでいるので、本人も大学生だと錯覚していた。
「でも、アイドルって言われてもよく分からないです」
「ふにゃあ~」
「安心しなさい。ここに簡単なステージを作って歌うから、その時に見せてあげるわ」
緊張も何もない。
絶対的な自信にあふれている人間は少ながらずいるものだが、刹那はそういう人間のようだ。
「ステージを作るって……機材も何もないのに?」
「現地調達でどうにかなる範囲で俺が作るんだよ」
竜一がそう言った。
道也もうなずく。
「そうですね。精密機械に関してはあらかじめ作っていますが、大体は現地調達でどうにかなりますよ」
「もうそこまで来ると意味が分からないわね」
技術者である千春もそこまで来るとよくわからない。
「つっても、照明に使える魔法具を簡単に作るだけだぜ?さすがに、電気関係で作るのは俺も面倒だからな」
それは秀星も同意見だ。
「まっ、楽しみにしていなさい。私色に染めてあげるから」
「そうさせてもらうぜ。はっきり言ってベースキャンプは何にもないからな。刺激は欲しいと思っていたところだ」
来夏も上機嫌だ。
(洞窟の中で、歌って踊る。地球らしいといえばらしいのか?)
そのあたりはまだよくわからない秀星だった。
★
少しの間自由行動をすることになった。
というより、今持っている素材の換金をする必要がある。
それらの施設は最優先で作られたようで、書類をまとめている職員を多く見かけた。
「トロッコを引いている人間が多いわりに、人の入れ替わりが早いな」
おそらく、特定の位置にあるものを即座に認識する魔法具と、それらの表示を電子的に認識するシステムが確立しているのだろう。
そう言ったシステムを聞いたことはなかった。
おそらく、今回頼まれているチームの専売特許なのだ。
「素材を集めることが優先となれば、多少の予算増加は目をつぶるってことか」
とにかく、今回は量が多いはずだ。
ただ、それらの機械がおかれているカウンターが少ない。
スキルで認識することができるものもいるのだろう。
「おいっ!どういうことだ!この量で三十二万しかないだと!?ふざけてんのか!」
端の方で、そんな怒鳴り声が聞こえた。
見ると、女性職員に対してまだ若い男が怒鳴っていた。
「本来なら多いのですが、このクエストは、魔戦士様たちに対するサービスも多いのです。クエストの契約の際に、買い取り金額が二割引きになる代わりに、クエスト達成の報酬が多くなる。と事前に説明した上で契約しているはずですよ?」
「しらねえよ!マスターはそんなこと言ってなかったぜ!」
『剣の精鋭』の方は来夏からちゃんと聞いている。
だが、男のチームは伝えられていなかったようだ。
「『落ちない翼』のメンバーですね。クエストとは関係なく料金をお渡しすることは可能ですが、その代わり、あなたはこのクエストを中断した扱いになってしまいますよ?」
「知るか!俺達が戦っていなけりゃ何もできねえ連中の分際でふざけなことぬかすんじゃねえ!」
秀星は介入することにした。
「なあ、そのあたりでやめておいた方がいいぞ」
「ああ!?ガキはすっこんでろ!」
「監視カメラがあるってことを知らないのか?」
秀星は近くのテーブルを指さす。
そこからは、カメラがこちらを向いていた。
男は表情を変える。
「別にここで言い争ってもいいけど、チームの評判に傷がつく。そうなれば、君らのマスターはお前をチームから追い出すもしれないが……いいのか?」
チームから破門される。
それをちらつかせると、男は表情を変えて、提示された現金を掴むと去っていった。
女性職員がこちらを向いた。
「ありがとうございます」
「いや、礼を言う必要はないさ」
秀星は、近くのテーブルにあるカメラを握りつぶした。
ただし、機械が壊れた音ではなく、紙がくしゃくしゃになった音が響く。
「こんなペーパークラフトにだまされるような奴だぞ。労力のうちに入らないって」
「……面白い手を使う人ですね。お名前と所属どこでしょうか」
「朝森秀星。『剣の精鋭』所属だ」
「ありがとうございます」
女性職員は微笑んだ。
「じゃあ、換金宜しく」
「畏まりました」
トロッコをおいて、提示された金額、六十五万六千円をとって秀星はその場を後にした。
(いろんな奴がいるんだな)
秀星は、先ほどの男が自分を遠くから見ていることを認識しながらも、そう思った。