第四話
次の日の朝。
秀星は寝癖が付かない。
エリクサーブラッドの影響で、髪質に影響が出ているのだ。
そのおかげでいつでもサラサラである。
でもワックスをかけた時はしっかりと固めることが出来るのだ。秀星としては意味が分からない。
「秀星様。お弁当を作りました。持って行ってください」
「え、冷蔵庫の中、何か残ってた?」
一昨日、昨日とスーパーに寄っていない。
カップラーメンがあったから適当に済ませていたのだ。セフィアにはいろいろと調査を任せていたということもある。
ちなみに、普通にセフィアが家にいるが、親は?と思っている人がいるかもしれないが、秀星に両親はいない。
中学二年の頃に、別々の理由で亡くなった。
現在、秀星は親の遺産で生活しているのだ。
「材料は買いました」
「……その格好で?」
「勿論です」
相変わらずのメイド服で答えるセフィア。
大丈夫なのか?と秀星は思った。
「いや、もちろんって……ていうか、お金、渡してないと思うんだけど……」
「異世界にいた時に、時間を見つけて宝石や金銀を確保しておき、こちらでうまく換金しました」
「え、できたの?」
「私の格好を見て、どこか裕福層が雇っているメイドだと思ったのでしょう。メイド服の材料も仕立て上げも、この世界で最高峰です。醤油がついても落ちるほどですからね。そのようなものに対して、あまり細かい追及はできないものですよ」
なんとなく分からないわけではない秀星。
確かに、英国の王族に仕えているメイドを思わせるほど、セフィアの容姿は整っているし、メイドとしての雰囲気や仕草も完璧だ。
メイドだからこんな凄さがある。と言う考え方を、丸ごと再現したようなもの。
なので、「メイドですから」という言葉に異様な説得力を感じるのである。
「はぁ……そう言うものなのか?」
「あとは密輸船に潜入しました」
「オイオイ……」
できる戦闘力を持っているのは分かる。
分かるのだが……。
「その格好で?」
「誰にも発見されませんでしたよ。マシニクルの小さな機材を使って、センサー機器を狂わせたあと、資金だけを丸ごといただきました。汚い金は奪ったもの勝ちです」
「……」
正論なのか、正論とかそう言ったものを求めていいのかわからない秀星。
(異世界でもよくやったなぁ。まあ、いいや。しーらね)
ただ、納得することにした。
「金があって困ることが無いのは確かだけどなぁ……まあ、弁当は持って行く」
弁当を鞄の中にいれた。
さすがに、中身が分かるようには作っていないようだ。
★
「……セフィア。本気出しやがった」
学校の屋上が出入り禁止になっている場合がある学校がちらほらあるが、沖野宮高校はそうではなく、そのかわりに網状のフェンスが高く作られている。
景色は若干楽しめないのだが、その代わり、広々とした空間を使えるのだ。
まあ、ベンチが数個ある程度でほとんど何もないのだが、これでも、学園祭の時はそこそこ人が集まるらしい。実質五階である屋上まで上がって来る人達はある意味すごい。
閑話休題
セフィアから弁当をもらったが、とっても綺麗で美味しそうな感じだった。
悪いわけでは無論ない。
だが、手作りにしてはすさまじい。どう考えても家庭レベルじゃない。
たまに……いや、頻繁に、セフィアはやりすぎる時があるのだが、ここでもそれが出てくるとは秀星は思わなかったようだ。
実際のところ、若干怖かったから屋上に来たというのもあるのだが。
「……一番疑問なのは……なんでまだ温かいんだろう」
そう。弁当の内容だが、温かい方がうまそうな感じだ。
実際、数時間なら熱が普通に持つ弁当箱もあると聞いている。
だが、そう言うものではない。百八円をもってしかるべきところに行けば買えそうなプラスチック弁当なのだ。どこからどう見ても保温性能など皆無。
「弁当に保温の付与魔法でもかけてるのか?気が付かなかったが」
感知能力に関しては高くなっている秀星だが、わざわざ意識しない細かな部分は荒っぽいのだ。
セフィアが使った付与魔法には気が付かなかった。
「そう言うところばかり、最初からすごかったな……さて、完食。ん?」
弁当の蓋を閉じた時、階段を上がってくる音が聞こえた。
「……」
秀星は、階段を上がってくる足音だけで、その人物の内心を察することが出来る。
ある程度、と言ったレベルだが、それでも一応できるのだ。
神器獲得の際、その試練で必要なものだったのだがな。そのせいで疑心暗鬼になっている。
その判断力から察したところ……明らかに『普通』ではない。
さすがに屋上で弁当を食べていると状況的にまずいだろう。
秀星は無言で左手を出して、オールマジック・タブレットを出した。
「『メルティング・プレゼンツ』」
すると、秀星の存在そのものが空気中に溶け込んでいく。
一秒後には、もう何も見えなくなっていた。
屋上に上がってきたのは、八代風香だった。
スマホをタップして、屋上に誰もいないことを確認して、頷いた後、スマホを左耳に当てた。
「私です。八代風香です」
誰と連絡してるのだろうか。
「はい。今日の放課後、モンスターの捕獲に向かいます」
討伐ではなく捕獲か。珍しい。
(ていうか、神社の出身と言っても、そう言うことってできるんだ)
『悪霊退散!』とか言いながら札をぶつけるものをイメージしていた秀星である。
「あの、私は、白狼が何か人間に危害を加えているとは考えられないのですが……はい、すみません」
一瞬、顔色が曇る。
(ん?一瞬だけ、顔が青くなったな。弱みでも握られているのか?)
白狼と聞いて、エイドスウルフのことだろうか。と秀星は考える。
ただ、他にも白狼と呼ばれる種族がいるかもしれないので、確かめる必要がある。
「はい、わかっています。それでは、また報告します」
そういうと、通信を終えた。
秀星は空気に溶け込んだまま、マシニクルの出現思念を発した。
右手に機械拳銃が出現。
そして、思念だけで入力を行う。
(通信記録のハッキング)
『Hacking communication record』
マシニクルの方にもテロップが流れた。
それを放つと、透明な線がスマホに直撃する。
そして、通信記録を一瞬で奪った。
ついでに、これからの通信も全てこちらで把握できる。
はっきり言ってプライバシーもくそもないが、こういう理不尽な性能を持っているのだ。
それが、神器と呼ばれるものである。
風香は気が付いた様子はない。
当たり前と言えば当たり前だ。ハッキングは気が付かれては意味が無いのだから。
風香は屋上から校舎内に入って行った。
「ふむ……魔法解除」
溶け込んでいた雰囲気がなくなった。
そして、マシニクルを見る。
「マシニクル。偵察機と仮想型ディスプレイを出せ」
『Object · Scouting machine · Virtual display』
小型のドローンと、半透明な板が二枚出現した。
半透明な板はウィンドウで、パソコンの画面のようになっている。
「テレビ電話ができるようにしろ。偵察機を昨日会ったエイドスウルフのところに向かわせるんだ。向こうが特殊な波長でしゃべることを忘れるなよ」
小型のドローンが一瞬ピコピコした後、猛スピードで跳んでいった。
すでに、ウィンドウにはカメラの映像が映っている。
数秒後、あの白い狼が映った。
【ん!?なんだこれは……おお、昨日の人間が写っている】
「名前を言っていなかったな。俺は朝森秀星だ」
【ほう、話ができるのか。私はナターリアだ】
「そうか。で、ナターリア。聞きたいことがある。お前たちがいる森で、『白狼』と呼べるモンスターはお前たちだけか?」
他にもそう呼べるものがいるのかどうかが分からない。
ただ、エイドスウルフにしか接触していないのでよくは分からないのだ。
【『白狼』か……そもそも私たちは、白狼と呼ばれるものではないぞ。エイドスウルフと言うだけあって、確かに狼の形でしかいられないが、別に白い姿でずっといる訳ではない。白い姿は時々しかなっていないのだ。幻術で偽っている訳ではなく、配色を実際に組み替えているからな】
「なるほど」
戦いと言うより、生き残ることを得意としていそうである。
実際、そう言うものなのだろう。
【それを前提にするが、エイドスウルフ以外で『白狼』と呼べるモンスターは他にもいる。と言うより、私たちのように群れを成しているのではなく、単一個体として山に存在する『白銀狼マクスウェル』というモンスターのことだろう】
「白銀狼マクスウェルねぇ」
【熱気と冷気を自在にコントロールし、さらに、そこに魔力を混ぜ込むことで、炎と氷を生み出すのだ。どちらも汎用性の高い手段であるとともに、マクスウェルはこのコントロールが超絶的にすぐれているのだ】
「魔力の保有量は?」
秀星は頭をひねる。
(熱気と冷気のコントロールの手段と言い、それらを炎や氷にする手段と言い、何かと魔力を使いそうだが……)
実際のところどうなのだろうか。
【魔物としてはそこそこの魔力しか持っていないとされているが、必要な作業を効率よく行うため、圧倒的にコストパフォーマンスに優れている】
「なるほどな。ところで、マクスウェルが人を襲う可能性は?」
【空気中に存在する魔力を体内に取り込むのがやつの食事のようなものでな。人間は疎か、生物を自分から狩りに行くことはない】
山にそんなところあったかな。と秀星は考えるが思いだせない。
後で確認しておくことにしたようだ。
「それにしても……マクスウェルと言う名前と、熱気と冷気をコントロールするという基本性質……思考実験の『マクスウェルの悪魔』か?捕獲と言っていたが……あ、ナターリア。もしマクスウェルが捕獲されたとしたら、この山はどうなるんだ?」
【マクスウェルは生態系に影響しないのだ。襲わない代わりに襲われることもないからな。ただ、熱を自在に認識、操作するやつの技術を手に入れようと捕獲するものはそれなりに多いと聞く】
マクスウェルの悪魔。という思考実験が存在するくらいだ。
それをある意味で再現しているのだから、欲しがっているわけで。
だからこそ、討伐ではなく捕獲なのか。
【ただ、私としては、捕獲にしても討伐にしても、気分のいいものではない。良き話相手なのだ。洞窟内に流れ込んできたサケもくれるし】
(めっちゃええやつやん……)
感動する秀星。
「なるほど。情報ありがとう。また話そう」
【構わぬ。ところで、この機械はこちらが保有しておいても良いか?いざという時にあってこちらに損はないからな】
「こっちとしてもデメリットはないな。いいぞ。それじゃあな」
通信終了。
「魔力操作における部分で、マクスウェルの力を狙っている奴がいるってことか……セフィア」
「はい」
セフィアが秀星が座っているベンチの後ろに現れる。
「どうするべきだと思う?」
「そもそもマクスウェルの強さは、八代風香のレベルで捕獲出来るものではありません」
「あ。マクスウェルって強いの?」
「はい。マクスウェルは寛容な性格です。命を狙ってきたとしても、笑って見逃すくらいの器量があります。しかし、八代風香の方は納得しないでしょう」
あの様子ならそれもそうだろう。
「……あの様子だと、風香の方になにか事情がありそうだもんな」
「マシニクルが奪ったデータを確認しました。呪いをかけられている様です」
「呪い?」
「異世界にあった『奴隷の首輪』に似たような効果です」
「ああ。あれか。逆らった時の苦痛ってすごいんだよなぁ……似たようなものを、呪いとして再現しているってところか」
奴隷に一度落ちたことがある秀星だから言うが、電気的なものがするし、直接痛みと言う情報が送られてくるような感じがするのだ。
従わせることが目的なので、従うまで出力が上がる。
結果的に、耐えるのは困難どころの話ではない。
「それで、どうするのですか?」
「はぁ……あと昼休みどれくらいある?」
「二十五分ほどあります」
「組織の方はどこかわかってる?」
「ハッキングデータの確認のついでに特定しています」
フウ……と息を吐く秀星。
(よし、決まりだ)
秀星はベンチから立ち上がる。
「昼休み中に、その組織の本部に行こうか」
「畏まりました」