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第三百八十五話

 神獣の親、オリディアとの戦闘。

 人間の女性の姿を見せる前からずっと続いている訳だが、やはり、見せるようになってからはその戦闘は攻撃が全て斬撃にかわった。


 何故斬撃勝負になったのか。

 答えは難しくはない。

 オリディアが姿を見せていない時は、お互いに遠距離が中心だったというだけの話である。

 ちなみに、外見的・物理的に考えれば『遠距離攻撃』であっても、『情報的に近接攻撃』にすることで『遠距離無効』の障壁を突破すると言う手段もあるのだが、それはもとからお互いに対策済みである。

 そもそもその『情報的に矛盾している攻撃』がお互いにとっての通常攻撃だったのだから対策せざるを得ない。


 今は、オリディアは姿を見せている。

 そしてお互いに『遠距離耐性』をガチガチに固めて、『斬撃耐性の強度の調節』を行い、意図的に隙を作ることで、結果的に『剣技で勝負する方が合理的』と考えるように仕向けているのだ。

 意図的に穴を開けているのだから、それを突破するのが一番早いのは明白。

 ルールも合わせて、『お互いにとって都合の良い戦場』を作った結果が剣の勝負なのである。


「……強いというよりはこざかしいですね」

「生憎、職業が『アイテムマスター』で、『素質的に最弱』なもんでね……」


 星王剣プレシャスとマシニクルのブレードの二刀の秀星と、純白の直剣を二本振るうオリディア。

 速度はほぼ互角。

 しかし、魔法陣の出現量は秀星の方が上である。


「それほど大量の魔法陣を出現させなければ、遊んでいる私と互角にならない。人間と言うものは難儀な生き物ですね」


 秀星の周りでは、先ほどから膨大なほど何か粒子のようなものが滝の様に溢れている。

 なお、もちろん単なる粒子ではない。

 全て小さな魔法陣である。

 一つ一つが直径四ミリの雨粒ほどの大きさだが、それが滝の様に出現しているのだ。

 ちなみに、遠距離攻撃をしていないといったが、それは正しく、これらの魔法陣は全て付与魔法である。


「そうかな?俺は『神』っていう称号はそんなに好きじゃないけどよ!」


 滝のような魔法陣をまき散らして、秀星は剣を振るう。

 だが、その付与の補助を受けている斬撃などもろともせず、オリディアは剣を振って受け止める。


「そうなのですか?そう言えば、あなたの脳から放たれる魔力を検出する限りでは、神器について考察したうえで、神と言う存在の把握と……失望が見て取れますね」

「!」

「隙ですよ」


 オリディアの言葉に、本当に珍しく、秀星はわずかに剣を止めた。

 次の瞬間、オリディアの脚が秀星の腹に突き刺さる。

 『デコヒーレンスの漆黒外套』の防御をたやすく貫通し、秀星は島に墜落した。

 一体何が衝突すればそうなるのか、まるで火山の噴火のように大地が吹き上がり、一瞬で砂漠に変わる。


「ふむ、あの状態からでも受け身をとれるようですね」


 衝撃そのものを殺していなければ、島など簡単に砕け散り、海を貫通して地球の核を貫いていただろう。

 そう言う方角だった。


「!」

「……」


 そして次の瞬間、振りおろされていた剣をオリディアは剣で受け止める。

 オリディアは秀星を見ていないが、すでに傷が回復していることは分かり切っていた。

 そもそも、受けた傷をそのままにして出てこれるような、そんな戦場ではない。


「何で……他人の頭の中がそこまで分かっちゃうのかね」

「当然です。あなたが持つ『神』という称号への失望。それは私にはない思考ですから」

「そうか」


 秀星は転移魔法で距離をとった。


「一応聞いておきましょうか。何故です?」


 オリディアの瞳にあるのは、純粋な興味。

 秀星はそれをみて、溜息を吐いた。


「……オリディア。逆に一つ聞いていいか?」

「構いませんよ。それがあなたの答えにつながるのなら」

「なら、遠慮なく聞くとしよう」


 秀星はオリディアをまっすぐ見て、そしていった。


「『神よりも上の称号』……何か思いつくか?」

「……は?」


 オリディアは首をかしげた。

 そして、そんな自身に対して、オリディアは驚いた。

 首をかしげる。

 それは、オリディアという存在が生まれてから、たった二度目の仕草だからである。


「俺も考えたことがあるんだが、『超越神』とか『神を超えし者』とか、そんな感じの奴くらいしか思いつかなかったよ」

「……私もそれに否定はしません」


 オリディアは頷く。


「神って言う単語は、格差と言う点において、必ず最上位に立つほどの強さがある。王よりも、帝よりも上なのは当然として、『神』より上は、基本的に存在しない」

「……」

「実際、この地球は、裏には魔法社会が広がっているが、『頂点』に立っているものは必ず、【『神』器】と何らかのかかわりがある。【『神』獣】であるアンタも、自らよりも上の存在があるなんて考えたことが無かったはずだ」

「……」


 オリディアは何も言わない。


「さっき、『神』を超えた称号は『超越神』だとか『神を超えし者』とか言ったけど、これ、全部『神』が軸になってんだよ」


 秀星は淡々と語る。


「例えば、非凡な才能の差だったら、『秀才』『天才』『鬼才』って言う順番かな?だが、『鬼才』は『超越天才』でもなければ『天才を超えしもの』じゃないだろ?まあもちろん、鬼才には元から『意味』があるわけだから、そうなるのは当然なんだが……」


 秀星は何かを思い出したようだ。


「だが、仮にここに『神才』って言葉を出すとしよう。辞書にはなく、意味なんて定義されてない言葉だが、全員が『鬼才』よりも『神才』を上に持って来るはずだ。だって、『神』は一番上だからな」


 神のことを信じていようといなかろうと関係ない。

 神は、一番上。

 これは全員が共通する。


「俺は、『人が語る場合』は『神が一番上』っていうのはまぎれもないことだと思ってる。そして……『神』よりも上の言葉を作れないことを、『人間の限界』だと思ってる」


 嘆いているのか。悲しんでいるのか。

 秀星からは、そのような雰囲気が出て来る。


「だから……神と言う単語よりも、上の強さのある単語。それを作れなかった神々に対して、俺は失望した。この世の最高の強さを誇る存在が、『人間の限界を超えることができなかったんだな』って、俺は自分の中で結論を出してしまった」


 最後に、オリディアをまっすぐ見る。


「そしてそれと同時に、『神を名乗ることが、人の限界に達することだ』と分かった……俺はね。この結論を出した瞬間から、神という存在を、言葉を、すごいものだって思うのをやめてしまったよ」


 秀星は語り終わった。

 あとは、オリディア次第である。

 そしてそのオリディアだが……。


「フ……フフフ……アハハハハハ!」


 笑った。

 楽しそうに、嬉しそうに、笑った。


「素晴らしい。なるほど、その発想はなかった。『神が一番上』なのではなく、『神よりも強い言葉を作れなかったゆえに、神が一番上になっているに過ぎない』……その発想はありませんでした!」


 それはオリディアに取って、全身を貫くほどの、『新しい価値観』だったのだろうか。

 剣を捨て、体を抱きしめ、快感に耐えようとしているその姿は、秀星が感じた『失意』とは真逆のそれ。


「なるほど……この感動はいいですね。これを肴にして何でも出来そうですよ」


 頬を赤く染めながらも、少し落ち着いて、秀星を見る。


「あなたは『結論』を出した。しかし、それでもなお【『神』器】を使っている以上、あなたにはまだ『答え』があるはず。ええ、こうして剣を交えてみれば分かりますよ。あなたがとてつもないほど、大きな不安を抱えていることに。そして、それをそのままにしておこうと微塵も考えていないことに」


 そして、秀星に背を向けた。


「あなたは『答え』を語ろうとはしないでしょう。そして、神よりも上という概念に対して、何かしら『答え』を出している以上、どう転んでも、この戦いに私が勝つことは最初から不可能です。確かにこのまま戦えば、あなたの答えを見ることはできそうですが……おいておくとしましょう」

「感動を肴にして何をするつもりなのか知らんが、俺がお前をそばにおいておくとでも?」

「フフフ……そうせざるを得ない状況にすればいいだけのことです」

「何?」


 オリディアは、次の瞬間に転移魔法で消えていた。


「な……どこに……」

「秀星様!世界樹の浮遊島です!」


 秀星の横からセフィアの声が響く。

 それを聞いた秀星は、セフィアの方を向くよりも速く、転移魔法を自らも起動した。


 ★


 浮遊島。

 無彩色の二色と、三原色が二種類の、計八本の世界樹が存在するが、その島の中央は、実は何もない。


「フフフ……」


 転移してきたオリディアは、次の瞬間には魔法陣を完成させていた。

 圧倒的な速度である。

 まるで、いきなり魔法陣が描かれているコマをぶち込んだかのようだ。

 そして、魔法が完成したその一瞬後に秀星が転移してくる。


「……チッ!」


 魔法陣を見た秀星は、盛大に舌打ちした。


「フフフ。黙ってみていてくださいね。愛しのアナタ」

「黙れ」


 不機嫌そうに秀星は言った。

 その次に瞬間、オリディアを神々しい光が包んだ。


「……」


 秀星はその場を離れた。

 魔法陣を見て、何が起こるのかを理解していたからである。


 離れた傍から、大地が脈動し、それらに応じて様々なものが呼応し……。

 世界樹が作り上げられていく。


「……やりやがったな」


 幹を伸ばし、枝を広げ、葉をつけて、花を咲かせ、果実を実らせていく世界樹を見て、秀星はそうつぶやいた。

 彩色に輝き、その大きさも鮮やかさも、全ての世界樹を凌駕するほど。


「……驚きましたか?」

「……」


 いつの間にか、秀星の隣には、オリディアを小さくしたような幼女がいた。

 ただし、真っ白の髪には彩色の光沢が存在する。


「世界樹を束ねて、『彩色の世界樹』として自らを再定義したのか」

「そうですよ。今の私は『神獣』でありながら、『世界樹の化身』でもあります。まあ、あなたが調節したせいで、世界樹の化身としての部分が優先され、戦闘能力はほとんどありませんけどね」

「……はぁ」


 秀星は溜息を吐いた。


「好きにしろ。とは言わないぞ」

「ええ、もちろんです。では、どういうおつもりで?」

「『余計なこと』はするな」

「……フフフ。いいでしょう。今の私に、あなたに対抗する力はありません」


 オリディアは手を振った。

 すると、彩色に輝く果実が出現する。


「この時点をもって、あなたは彩色の世界樹の主人となりました。今の私は、全ての『世界樹の化身』を統合した状態なので、先ほどまであなたを主人として認定できていなかった世界樹も、あなたを主人としていることになりますね」

「統合……ってことは、世界樹はそのままで、化身はお前ひとりになったってことか」

「はい。何か不都合でも?」

「……ないな。さっきの魔法陣。全ての世界樹に対して『同意』を求めていて、全ての世界樹が許可を出した。なら、俺に反対する理由はない」


 秀星は彩色の世界樹に背を向けた。


「……はぁ。考えていた中で、一番面倒なことになったな」


 秀星はそうつぶやいた後、浮遊島を後にした。

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