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第三百七十三話

 秀星の肉体は基本的エリクサーブラッドの影響で常にベストコンディションなわけだが、他の神器の影響で体に負荷がかかりすぎると、それをもとの状態に戻すためにリソースを割かなければならない。

 しかし、そうして元の状態に戻ったとしても、エリクサーブラッドの効き目が薄い。


 その理由として、『ベストコンディション』を判断する基準が崩壊しているからである。

 エリクサーブラッドですら本来即座に治せないレベルの急上昇した能力値は、使った後でも余波として体の中に残る。

 しかし、心の方も体の方も、その感覚に対して定着しようとする方向と、元に戻す方向の二つが対抗してバランスが崩れる。

 神器の能力により一時的な強化を起こし、そしてその力を持って他の神器の力を振るう。

 しかも、振るった相手が『神獣』である。

 その影響は大きいのだ。


 放置すると、エリクサーブラッドですらどうにもならない状況となる。

 行きつく場所がない状態であり、しかも体の中で発生する二つの方向性の格差がすさまじいうえに変動する。


 そのため、どうにかして落ち着かせる必要がある。

 もちろん、それもまた神器によっての調節である。


「……というわけで、調節するとしますか」

「そうですね」


 秀星とセフィアは、自宅の地下で向かい合った。

 セフィアの手には、逆手に持った二本の短剣が存在し、秀星は無手である。

 しかし、お互いに動作はゆったりしたものだ。


「とりあえず、以前の形に戻す。ということでいいですね?」

「そうだな。それくらいがいいだろ」


 構えるセフィアに対して、秀星はだらけ切ったような立ち姿である。

 しかし、いろいろなものが体の中で『渦巻いて』いる秀星。


「では、行きますよ」

「ああ」


 次の瞬間、背後から心臓に向けて短剣がつきだされていたので、それを左手で弾いておいて、その次の瞬間には右側から首を狙われていたので、それを右手で弾く。

 たまに短剣ではなく蹴りが飛んできたりするし、別の端末が出てきて攻撃してくることもある。


 全ての攻撃に様々な付与が混ぜられており、防御に失敗すると普通に死ぬのだが、この程度ならまだ軽いものである。

 まあそもそも、ここからいろいろと『鎮めていく』ので、とりあえず最初は高いレベルで安定させる。

 ちなみに、双方無言である。


 最初は膨大な数の付与だが、後半になるにつれてその付与は少なくなり、逆に手数が多くなって行く。

 要するに『秀星に取ってはテキトーにやっても対処できるようなレベル』まで下げていくのだ。

 当たりどころが悪いと死ぬことに変わりはないのだが。

 これくらいになって来ると、秀星がソレ(・・)を認識するより速く、エリクサーブラッドがベストコンディションを定める。


「……!」


 秀星は、セフィアが正面から突きだしてきた短剣を右手の人差し指と中指で受け止めた。


「……調節が終わったようですね」

「ああ。みたいだな。しかし、セフィアは最初から最後まで本気だったな」

「当然です」


 秀星にもいろいろ意図はあり、それを予測しようと頭を使うものはいるが、実質、その全てを理解しているのはセフィアだけである。

 控えめにいって、そんじょそこらの神器使いですら一方的に倒せる戦闘力がある。

 もちろん、それでも神獣の親を相手するときのために神器使いを集める理由もあるわけだが。


「……飯にするか」

「すでに出来上がっております」

「さすがだ」


 秀星はセフィアに背を向けて、地下室から出ていく。

 もしも『魂』を見ることができる人間がいるとするなら、地下室に入るまではブレブレだったそれが、まっすぐで、芯の通ったものに変わっているのが分かるだろう。

 もちろん、セフィアはそれができるからこそこんなことをしている訳だが。


(……世界樹も残り少ないですが、そろそろ、マズいことになるかもしれませんね)


 これからもジーニアス・リフレクトは使う機会はあるだろう。

 それをさせるのが『神獣』という存在だ。


(いずれにせよ。今の使用頻度を考えるとペースが速い。調節が長期になる可能性もありますね)


 エリクサーブラッドによって全て回復できてしまうため、あまり問題がないように見えるが、実際は簡単ではない。

 特に、ブレている時の秀星は、あまり大きな刺激を与えない方がいい。

 通常の人間では考えられない思考速度がアルテマセンスにより発生する。

 魂がブレている時、加減がなかなかできないのだ。

 ぶっちゃけ、襲撃に対して何かをした場合、そのすべてが過剰防衛になるくらいである。


(瞬間的なものであれ、秀星様を叩き潰せるくらい強い人がいれば楽なのですが……)


 可能性がある人間はいるが、いずれにせよ楽ではないというのが現実である。

 溜息を吐きたくなるのをこらえて、セフィアは秀星についていった。

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