第三十七話
胸糞悪いシーンがありますのでご注意ください
「……ここで、アイツは十年いたわけか」
秀星は、壊滅した評議会の本部の奥底に来ていた。
見たところ、秀星が今いる部屋に、大した破壊痕はない。
あるのは、禍々しい十字架と、半ば砕けている鎖だった。
「痕跡鑑定はすでに済ませましたか?」
「もちろん。だからこそ、十年いたってわかったわけだしな」
秀星は、十字架と鎖、それと、模擬戦で胸ぐらをつかむと同時にある程度抜き取っていた痕跡を解析して、ここに雫がいたことを理解した。
「アイツの役目は、『保管庫』だったってことか」
「そのようですね。十字架には、最低限の栄養を与える機能があり、鎖には、拘束者の力を封じ込め、そして、拘束者の体の成長を認識し、それに応じて大きさを変える機能があります」
「生かさず殺さず。と言ったところだな」
『生かさず』が鎖。
『殺さず』が十字架。
雫を拘束していた拘束具は、はっきり言って『長期間にわたって人間を監禁するシステム』がそろっていた。
「おそらく、実験の失敗によって生まれたカースド・アイテムの管理のためだろうな。まあ、結果として雫がどうなるのかと言う実験もあったと思うが」
「秀星様は、その結果についてどう思いますか?」
「クズだな」
秀星は即答する。
その言葉に迷いはなかった。
「雫のあの性格だが……先天的な部分もあると思うが、人と関わりたいが故なんだろうな」
「普通なら避けられると思いますが、それは周りから見た話であり、本人からすれば、自分から関わっていっても不思議だと思われない。後は、逃げているのでしょうね」
「だろうな」
何があったのかは知らない。
ただ、十年もの間、何もすることができず、十字架と人生を共にするような状況で、精神に何も変化がないわけではない。
当然、それらの過去など否定したいはずだ。
第一、監禁されている間も、カースド・アイテムが本人に与える呪いは無効化されている訳ではない。
体の中を渦巻く不快感はずっと続くのだ。
それが、十年。はっきり言って正気の沙汰ではない。
「当然のこととして同性限定だが、人を抱きしめても不思議に思われないからな。あの性格設定」
「そうですね」
自由奔放で、自らの欲望に忠実。
そんな人間を演じている。
雫が人とかかわっていきたいという願望も混じっているので、本心を考えたものと言うこともあり、演技らしさがあまりなかった。
「第一印象が大切……か。雫本人が言っていたことだが、そう言う設定を相手に植え付けるにはもってこいか……」
「普通なら、耐えられるはずがありません。抱きしめる際に手加減しないのは、そう言うこともあるでしょうね」
「多分、呪いが本人以外には影響しないことを理解しているからだろうな。だから、抱きしめることに躊躇も何もあったもんじゃない」
ウザがられることなど覚悟の上。
「それはそれとしても、期間を考えると六歳のころにとらわれて、ずっとここにいたことになるわけだが……それにしては学力がそれなりにあったな」
六歳となると、まだ小学校にすら行っていない。
悩まされ続けて、一周回ってあの性格が形成されたことは分かるが、社会常識も学力も足りないはずだ。
「それをどうにかするだけの能力を持つものがいるってことか」
あの喫茶店の店長の評価を上げる必要が出てきた。
最初から高いのだが……。
「秀星様はこれからどうするのですか?」
「まだ決めていない。というより、何がしたいのかが雫本人にもわかっていないだろうし、それを考えると、まだ何もしない方がいいかもしれないな。頼ってきたら別だが」
いずれにせよ、これからもできることが増え続ける秀星の選択肢は多い。
今決めたところで、その時にまた事情が変わるだろう。
ならば、ここで断定しても仕方がないのだ。
秀星はそう言うと、十字架に背を向けた。
「……十年間の監禁か。あれはつらいからなぁ」
経験者である秀星は、そうつぶやいた。
★
『ねえ外して!これを外してよ!』
泣き叫ぶ少女。
いや、少女と言う年齢に達していない女の子だろう。
小さな体に、短い手足。
だが、そんな少女の体を、十字架と鎖が拘束していた。
『うるせえガキだな』
『仕方ねえって。まだ六歳なんだろ?コイツ』
そんな少女を見て話しているのは、二人の男。
どちらもまだ若い。
片方はめんどくさそうな雰囲気を持ち、片方は陽気な雰囲気を持っている。
『ねえ、なんでこんなことするの?しずくがわるいことしたの?』
『ハッハッハ!悪いことなんてしてないさ。単に、お前がこうなるために生まれてきたってだけの話だからな』
『FTRから良い商品があると聞いて買ってみれば、こんなに使い道があるガキだったからな。目的の通りに使っているだけだ』
魔法について研究する際に、様々な失敗が出て来る。
だが、失敗した末の状況に、方向性を持たせることはできる。
その結果、カースド・アイテムを生み出しはするが、それ以上の被害が抑えられるように、当時の評議会は決定した。
親もいない、試験管で生まれたという事情。
最初から、呪いに対して一般人より耐性があるようにできている少女に、非道なことができるというのも『巨大な組織である故』であり、誰かが所有しなければ安置することすらできないようなアイテムたちを生み出すほどの失敗を、既に評議会は重ねている。
迷いはない。
『安心しろ。ちょっと変なもんが体の中にできたり、悪夢を見たりするだけだ』
『ハッハッハ!それに耐えられるガキがいるわけねえだろ』
そう言うと同時に、二人の男は、大量の鎖をとりだす。
すでに少女を大量の鎖が拘束しているが、それとは別。
大量のカースド・アイテムにつながる鎖だ。
『ま、これからは保管庫として頑張れよ。死ぬまで続くだろうからな』
『ほら、これがお前の役目だぜ』
それらの鎖を、少女を拘束する鎖につなげる。
次の瞬間、膨大なほどのエネルギーが、少女の体の中で渦巻いた。
『いっ、イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
痛みはない。
だが、体の中に、大量の虫が湧いたかのような不快感。
一瞬で少女の体を支配し、躊躇なく暴れまわるその勢いに、少女は悲鳴を上げる。
『おー。いい声で泣くじゃねえか』
『俺は一秒も持たなかったからな。ハッハッハ!』
叫び続ける少女の前で、男たちは愉悦に浸る。
『さて、俺らはそろそろ戻ろうぜ』
『だな。俺らも暇じゃない』
そういって、少女に背を向ける男たち。
『ねえ、外して、外してよおおおおお!』
『そりゃ無理な相談だ』
『安心しろ。それが一生続くか、呪いが増えるだけだからな』
『イヤアアアアアアアアアアア!』
泣き叫ぶ少女の願いは、届くことはない。
☆
「はぁ……はぁ……」
起きた雫の目は開ききっていた。
ベッドの上で上半身を起こすと、髪はボサボサになっていることと、額が汗でびっしょりなのが分かる。
寝間着姿で、窓のところまで歩いた。
雨が降っている。
土砂降りと言うわけでもなく、小雨と言うわけでもない。
傘があれば、普通に町中を歩けるような雨。
「……乗り越えたと思ったんだけどなぁ」
そうつぶやいた雫には、いつもの活発さも、好奇心も悪戯心も宿っていない。
疲れて、乾いて、失意に満たされた少女の瞳だった。
「悪夢はアイテムたちの影響だし、無くなることなんてないから、これからも見続けていくんだろうなぁ」
雫はそうぼやいて、雨に濡れていく町を見る。
幼稚園にも通っておらず、ずっと研究施設にいた雫にとっては、そんな景色すら新鮮だった。
あの監獄を抜け出してから、雨の日はまだなかったから。
「どうすればいいんだろうなぁ」
何度も自問自答し続け、最後には、希望を持たないことを選んできた雫。
「……これは、私だけの問題か」
諦め続けてきた十年間。
これからも、変わらないと思い続けたいのだ。
もしそうでないとしたら、変わらなかった十年間が否定される。
それだけは、彼女にとっては嫌なのだ。
「ふう……んっ!」
頬を両手でパチンと叩いて、心に喝を入れる雫。
「よーし!今日も頑張ろっか!」
そういって、いつも通りの元気な少女になる雫。
彼女の願望が入っている演技であり、そこに、不自然な点は見当たらない。
だが、分かるものが見れば、気味が悪く、気色悪く、不快で、惨めなものだった。
そしてもうひとつ。
数々の呪いが今も彼女を悩ませているのは事実。
だが、それらの呪いに、『悪夢』は、含まれていない。