第三百六十八話
シアンの世界樹の関係種族である『煙人』が世界樹のそばにいることを察しながらも、秀星はなんだかピリピリしていた。
「秀星様、エリクサーブラッドがあれば、神獣が出てきたとき、一瞬で『戦闘脳』に切り替えたうえで、全身を戦闘状態に移行することが可能です。張りつめても仕方がありませんよ」
そして、そんな秀星に対して的確な助言をするとなれば、それはほぼセフィアである。
主人印が脳内にあるので、主人である秀星の思考や精神状態がある程度分かるのだ。
「……やっぱりそう思う?」
「神獣を相手に、『万が一を備える』と言うことはほぼ意味がありません。全てが後手になります。最も汎用性がある脳の状態を維持することが必要です。今のままでは、視野が狭くなります」
「……だよなぁ」
秀星としてもいろいろ不安になっている部分があるということだろう。
なんせ、このやりとり、すでに五回目なのである。
「……不安になってるってことだろうな」
「間違いありませんね。ただ、相手は神獣です。『警戒』ではなく『観察』するくらいの余裕がなければ勝てませんよ。神獣と戦う場合、秀星様にそのアドバイスができる人はいませんからね」
「わかってるよ」
深呼吸する秀星。
それだけで、家の中に存在する張りつめていた空気が霧散する。
強者がまじめにやるというだけで、周辺にも影響が出るのだ。
庭を見れば分かるが、全ての植物が枯れている。
それに、普段は聞こえているであろう鳥の鳴き声も、地上ならあるはずの喧騒も聞こえない。
秀星が発する張りつめた空気の影響範囲の中にいたため、無駄に騒ぎたくなかったのだ。
……そして、その秀星の空気がなくなったからだろうか。
「何のようだ?」
秀星は机の反対側を見る。
そこには、机の上で正座するポニーテールで身長が低い少女がいた。
マフラーを巻いていて、巨乳である。
「まず、私の名前は影葉。よろしく」
「よろしく」
「私が入ってきたことに驚かないの?」
「そもそも入ってきたことに気が付かないとでも?お前の『本質』が『影』であることくらいわかってる」
「!」
少女が驚いた。
「なるほど、そこにいても不思議ではないし、時と場合によって形が変わる。それが影だ。お前の本質がそれなんだし、『急に現れた』んじゃなくて、『途中から混ざった』って考える方が自然だろ。第一お前、一人じゃないな?」
「……初見でわかったのは英司様だけだったのに」
英司。と言う名前。
そして、目の前にいる少女の本質を推察するためのレベル。
それを考えて、秀星は考える。
「……で、もう一度聞くが、何のようだ?」
「英司様から、今回の神獣戦に協力する。という伝言を伝えに来た」
「……何人が来るんだ?」
「三人」
「玄関の前で待機してる二人か?」
「……しっかり隠れてるはずなのに」
先ほどから驚いているが、そろそろ気が付いてほしいものだ。
「いい加減認識しろよ。お前のマスターと俺は同格なんだ。試しても全部わかるから面白くなくなるだけだぞ」
「……そう思うことにする」
「……セフィア。外にいる二人を中に入れて来い」
「畏まりました」
セフィアがリビングを出ていった。
そして十数秒後。セフィアを先頭にして戻ってきた。
入って来たのは一人のエルフと……スライムだった。
「……エルフではあるようだが」
「初めまして、私はハルヴェイン。確かにエルフですが、その『最上位亜種』である『オリジンエルフ』ですよ」
「……なるほど、エルフたちがいる場所のそばでうろうろしてたのはお前か」
「そこまで気が付いていたのですね」
「まあ、それくらいはな」
秀星はスライムを見る。
水性饅頭のようにプルプルしている一見普通のモンスターだが、秀星が見る限り、影葉とハルヴェインよりも、このスライムの方がヤバいだろう。
影葉が説明する。
「このスライムの名前はアルテ。種族は『スライム・ジーニアス』という。英司様の右腕」
「……なるほどな」
秀星は三人を見ながら思う。
(……なんていうか、キャラの濃い奴が集まるんだな)
そんなことを、自分のことを棚に上げながら思うのだった。
あとは、どのように計画を詰めていくかである。
いろいろなことができそうなメンバーである。
秀星は久しぶりに、内心で黒い笑みを浮かべた。




