第三十六話
予想していたことではあった。
「採用だな」
「これからよろしくね!」
来夏は頷き、雫がはしゃいだ。
それはいい。
新しい仲間なのだ。テンション担当だが、いても悪いわけではない。
問題なのは……。
「あのー……そいつ誰?」
いぶかしげな眼で雫を見る優奈。
普段からツンデレの雰囲気を身にまとう彼女だが、そう思ったのも無理はない。
「私は茅宮雫だよ。よろしくね!」
そう、初対面であるということだ。
というより、来夏のあの「採用だな」というセリフは、秀星、風香、羽計、雫の四人が九重市支部跡にきて、部屋の中が『こいつ誰?』という空気で満たされた時に出てきたセリフである。
完全に初対面であっても採用するのだ。来夏という女は。
「来夏さんが良いといったので、強いのはわかったです。でも、どれくらい強いんですか?」
「ふにゃあ~」
首をかしげる美咲と、ゴロゴロした声を出すポチ。
雫は美咲を見た。
そして、目がキラーンを光る。
「かわいいーーーーーーー!」
「いやあああああああああ!」
突如、雫に何かのスイッチが入ったようで、美咲のほうに突撃する。
抱きしめるついでにポチが放り投げられ、秀星がキャッチしておいた。
「あひゃひゃひゃひゃ!こんなにおいしそうな子がいるなんてねぇ。ここに入って正解だったよ!」
「え、ちょ、やめてくださいです~」
抱きしめながら体のいろいろなところを弄る雫。
どうも慣れている感じがするのだが、それは気のせいではないだろう。
それはそれとして、抱きしめている雫の胸に美咲の顔が覆われていて、とてもじゃないが息ができていない。
というか痙攣し始めた。
「雫、そのあたりで止めておけ、美咲の息が続かん」
来夏が引っぺがした。
雫は物足りなさそうにそれに従った。
そして、今度は優奈を見る。
またもやカチッと入る雫スイッチ。
瞳がキラーンと光った。
「かわいいーーーーーーぶげあっ!」
徒手空拳使いの武闘派に丸腰で近づくという勇気ある行動をした雫だったが、優奈には無力だった。
というか、優奈も手加減していない。
かなり本気で顎を蹴り上げている。しかも土足で。
本来なら骨を折る勢いだが、雫が所持している『カースド・アイテム』の影響なのか、それとも雫のみに適用されるギャグ補正なのか、大したダメージはなさそうだったが。
頭から床に墜落する雫だが、ふらーっと糸で釣り上げているかのように立ち上がり、そして次の瞬間、消えた。
いや、消えたというのは客観的な見え方であって、圧倒的な体捌きで消えたように見えるほどの速度で優奈に近づいただけである。
そして、思いっきり抱きしめた。
「むーーーーー!むむーーーーーー!」
そして顔が胸に埋もれて息ができない優奈。
「むふふ。マスコット風味の美咲ちゃんと違って、君は小動物的な風味があるねぇ。フフフ……」
だが、それも長くは続かない。
来夏が再度引っぺがす。
「……む?」
次に雫は千春を見た。
再度入るスイッチ。
「ペチャパイだーーーーー!」
「誰がペチャパイじゃゴルア!」
完全にブチ切れた千春が投げた投げナイフで壁にはりつけにされる雫。
大丈夫なのだろうか。胸にも一本刺さっているのだが。
「フン!」
すっきりしたのか、後ろを見る千春。
そこには雫が腕を広げて待っていた。
「隙ありーーーーーーーー!」
「ぎやあああああああああ!」
がっちりとホールドされた千春。
またもや、顔を胸で覆われて息継ぎ不可状態になった。
「フフフ、あの程度の投げナイフで私を倒せるとは思わないことだね。あれは残像なのさ!」
全員が頭で『ンなわけあるか』と考えたが、先ほどからあまり常識が通用していないので信じ始めていた。
秀星も、ここまでギャグ補正が強いやつを見るのは初めてである。
異世界でも痴女はいた。というか、その手の人間はどこにでも一定数いる。
ただ、実力があり我慢しない痴女ほど、迷惑なものもないわけだが。
とはいえ、雫のホールドも長くは続かない。
来夏が引っぺがした。
「何度言ったらわかるんだお前は……」
「何度言ってもわからないのが私なのさ」
雫は『フッ……』と決め顔になりながら襟首をつかまれて運ばれる。
片腕で持ち上げる来夏も来夏だが、このバカも多分治らないだろうな。
そして、雫は最後の一人、抜身のレイピアを構えたアレシアを見る。
「……ちょっとやめておくよ。心の臓をえぐられそうだし」
賢明な判断である。
秀星はとりあえず、自分が抱えていたポチを美咲に返すと、近くの椅子を引っ張り出して座った。
「さて、これからよろしくね!一応言っておくけど、第一印象は大切だから、私にいい人だと思ってほしいなら、良い子でいるべきだゾ!」
そういって右手の親指を立ててグッドサインを作る雫。
部屋中に『え、お前が言うの?』という雰囲気が充満する。
とはいえ、それは学校の教室にいたころからそんな感じか。
「……で、何の話をしてたっけ?」
来夏がアレシアのほうを向いた。
「雫さんの実力の話ですよ」
「そうよ。それを忘れてたわ。言っておくけど、弱かったらたたき出すからね」
そういう優奈。
とはいえ、反撃する気満々だった状態であそこまで急接近されるところを考えると、まず雫のほうが強いと秀星は思ったが、追及しても秀星にデメリットがあるだけなので何も言わないことにした。
「そうだなぁ……秀星、適当に相手してやれよ」
「あ。俺がやるんだな」
「おう。任せる」
リーダー命令というのなら反論はしない。
★
九重市支部の跡地の地下には、広い空間が用意されている。
ある程度高さがある部屋が地下にあったので、そこで雫の実力を見ることにした。
秀星は星王剣を構えて、雫は禍々しい短剣を二本構える。
「短剣を二本使うスタイルね」
「その通り。まあ、武器はあまり関係ないけど、二刀流が好きって感じかな」
男子中学生のような趣味である。
「さてと、何か条件とかあるの?」
首をかしげる雫。
来夏は「うーん」とうなった後、秀星を見る。
「ま、強いことがわかったらいいぜ。勝ち負けっていうより、水準を満たすかどうかを知りたいだけだからな」
来夏としては、秀星が相手なら、どんな事故が起こっても大丈夫だからということもある。
来夏のスキルを使えば確かに、『何をすればいいのか』はわかるが、それができるかどうかは別だからだ。
いまいち、雫の中にあるものがわかっていないので、客観的に見るということもある。
少なくとも、来夏はこの人選を悪いと思っているわけではない。
「なら、思いっきり行こうかな。秀星君もそれでいいよね」
「ま、本気でかかってこいよ」
秀星のほうも、不殺剣のバージョン変更で、『殺傷』も『気絶』も抜いた安全第一の剣術で行くつもりである。
過程と結果を考えるとかなり不自然だが、魔法的に整合性が取れていれば問題がないというのが神器の視点だ。今更常識だの整合性だの合理性だの、考えるだけ無駄というものである。
「なら、いくよ!」
次の瞬間、雫の右手の短剣を、秀星は受け止めていた。
(うっは……初見であの速度の斬撃を止めるとか、反応速度ありすぎでしょ)
雫も、一撃を出してみるだけで、秀星の実力が自分に匹敵、またはそれ以上だと認識した。
そこからは連撃を叩き込み始める雫。
それらすべてを、一本の長剣で受け止めていく秀星。
観戦しているメンバーも、ぶっちゃけ、この時点でもう十分だと思っていた。
(多分、現時点の動きからすれば、客観的に見れば私のほうが早い。でも全て防いでくるってことは、彼の動きには全く無駄がないってことになる)
一刀流と二刀流。
手数なら二刀流のほうが稼げそうだが、それは、二本の剣を効率よく動かすための反復練習を積んだものだけが行えるものだ。
雫はそれを実践するだけの実力を持っているが、届かない。
(……思っていたより速いな。よく訓練された動きだ)
秀星のほうも、雫の戦闘能力を図っていた。
ちょっと反撃してみる。
「――!」
雫はそれに対応して、二本の短剣を交差させて防御。
そのまま短剣をうまく動かして威力をすべて流し切ると、また連撃を開始する。
先ほどから、見える景色に変化がない。
(流れるように防いできたな。多少反撃が入っても対応できるように体に叩き込んでるのか。まあ、俺には通用しないけどな)
そろそろいいだろう。
秀星は、雫ですら目に負えないほどの速度で剣を振って、短剣を二本とも手から叩き落とす。
「え……」
呆けた雫の胸ぐらを左手でつかんで、背負い投げの要領で地面にたたきつけた。
「かはっ……」
一瞬の出来事。
だが、実力を示すことと、実力差を明らかにするには十分な攻防だ。
「で、大丈夫か?」
「あー。うん。もちろん」
秀星が手を貸すと、それを取って起き上がる雫。
短剣二本を回収すると、秀星のほうを見る。
「いやー。強いね。秀星君。ここまでだとは思ってなかったよ」
「だろうな」
雫だって本気は出していない。
それなりにまじめにやっていただろうが、手段的に見ても全力からは程遠いだろう。
だが、目的は達した。
来夏が頷く。
「ま、十分合格だな。優奈もいいだろ」
「いいわよ」
優奈としても、実力がしっかりあるのなら別に問題があるとは思っていないのだ。
警戒は少なくともするだろうが。
「というわけで、これからよろしく!」
元気な声でそう言う雫。
賛否両論。とはよく言ったものである。