第三十四話
盛大に出鼻をくじかれたFTRだが、人数からしてもそう多くはなく、尋問しても大した情報を持っていないということで、収穫は多くなかったそうだ。
秀星としても予想通りなので、大した疑問はない。銀行強盗をしていた連中と同じで、実働部隊にすべてが伝わっているはずがないのだ。大きな組織ならよくある話だろう。
ただ、『剣の精鋭』のほうには変化があった。
秀星という魔戦士が所属しているということが主な理由だが、ただでさえプラチナランクだったのが、実はマスターランクに匹敵、それ以上とも判断できる戦力を持っていたとなれば話は変わる。
魔法社会の中では、剣の精鋭はいいから秀星だけは引き抜きたいだとか、そういうことを言ってくる連中はいた。
どこにも所属していないフリーチームである以上、チームを納得させることができればその時点で引き抜くことができるからだろう。
ただし、秀星のほうはそれを聞くつもりはない。
そもそも、メリットが大したものではないのだから、首を縦に振る必要があるはずもない。
それと、チーム単位としてではなく秀星本人に対してのことだが、『なぜ篝天理を殺したのか』という意見が多かった。
まだ若い秀星を責める理由のために持ち出したものだろう。
とはいえ、魔法社会といっても日本人なので、甘い考えをしている者は一定数いるものだが。
秀星としては、『そうする必要があったからだ』の一点張りである。
そういうと、『なぜその必要があったのか』といわれるのだが、秀星の個人的な心境をのぞけば、その原因は『魔剣ユグドラシル』にある。
ユグドラシルが、ファンタジーにおいては『大樹の名前』としてよく使われることをしっている人は多いだろう。
ただし、植物といっても生産者側ではなく、秀星から見れば、たちの悪い消費者側なのだ。
使用者に恩恵を与えている。と天理は言っていたが、あれは、ユグドラシルが天理に与えているのではなく、地面からエネルギーを吸い上げ、それを人間が使えるものに変換しているに過ぎない。
しかも常時発動系で、剣が破壊されてもそれは機能する。
これは、『茎』にあたる概念が使用者の中に埋め込まれており、外に見えている剣は『葉』でしかないからである。『根』は足の裏だ。あくまでも概念的なものだが。
『星明りの大地』の任務達成後の大地は植物の実りが少ないという意見は昔からあったようで、一応の理解は得た。
それはそれとして、FTRのデモンストレーションは、秀星が暴れた末に大失敗に終わり、ひと時の日常が戻ってくる。
「羽計は短期転校だったのが継続するようになったみたいだな」
朝早くに学校の屋上で集まった秀星、風香、羽計の三人。
「戻っても戻らなくても私としては大した違いはないからな」
間接的に『私は友達が少ないです』と言われたような気がしなくもないが、秀星はそれは置いておくことにした。
気にしたとしても、秀星にどうしろという話である。
風香も気にすることをやめたようだ。
「そう言えば、また転校生が来るみたいだよ」
「また来るのか?」
「うん。まあでも、どっちかって言うと編入かな。外国から帰ってきたって話だけどね」
かなり面倒なことになりそうな予感がした秀星は失礼なのだろうか。
失礼だ。間違いない。
「どんなのが来るのかね……」
セフィアは何も言っていなかったな。と秀星は思いながら、いろいろと予想していた。
★
「というわけで、転校生が来ますよ。茅宮さん。入ってきてください!」
担任の声で、教室のドア……ではなく、反対側にある窓が開いた。
「ふう、間に合った」
紫色のメッシュを入れ、腰まで伸ばした長い黒髪と、羽計くらいはある少女としては高い身長。
胸はその存在を自己主張しており、かわいらしい顔立ちは、好奇心と悪戯心に満ち溢れている。
少女は窓を開けて教室に入った。
担任はあまりの登場シーンにビビッている。
「あの、茅宮さん。いったい何をしているのですか?」
「フフフ……仁義を貫いていました!」
秀星は「たぶんロクなもんじゃねえな」と思っていた。
別に貫こうとするのは構わないのだが、TPOくらいは守ってほしいものである。
異世界にもいたが、自分が中心に世界が回っているというより、他人が中心に回っている世界に土足で踏み込むスタイルだろう。
「さて、それじゃあ自己紹介だね。私は茅宮雫だよ!」
秀星は『茅宮?』と思って、喫茶店のマスターがそのような苗字だったことを思い出した。
ただ、血がつながっているようには見えないし、そもそも、秀星は『DNA検査が裸眼でできる』ので、血のつながりがないことなど一発でわかるのだが。
(養子ってことになるのか?なんというか……爆弾を抱えたもんだな)
苦笑しているであろう店長を思い出して、秀星は内心で合掌する。
とはいえ、その爆弾を学校に送り込んでくる店長も店長だ。
「名前だけだとつまんないからいろいろ言っちゃおうかな。そうだね。好きなことは……可愛い子に悪戯することだよ!」
「「「大迷惑じゃねえか!」」」
乗りのいい突っ込み男子が三人くらいいたようで、反応している。
そして、苦笑した風香が聞いている。
「あの、趣味とかってありますか?」
「おお、可愛いねグフフフフフ」
突然気色の悪い笑みを浮かべる雫。
どうやら、風香は好みに合っているのだろう。
風香は頬が引きつっている。
「っとと。趣味かぁ……そうだね。除夜の鐘をつくことだよ!」
「「「年に一回しかできねえだろ!」」」
突っ込み男子たち。かなり優秀である。
「話が進まん。さっさと席に座れ」
「おおっ!こりゃまた可愛い子がいるねぇ」
どうやら、どちらかというとまじめで美人な印象がある羽計も『可愛い』の分類らしい。
というより、雫における『可愛い』というのは、正しく訳すると『いじったら面白いかどうか』だろう。
確かにまあ、慣れている人間にとっては面白いかもしれないが。
「ふざけているのか?」
「まあまあ、黒のパンツなんてはいている人に言われたくないよプンプン!」
「な、誰がそんなもの穿くか!今日は白だ!……あ」
いまどき小学生もかからないような罠にかかって赤面する羽計。
クラス中の雰囲気が『白なんだ……』みたいな雰囲気で満たされる。
「フフフ。みんな。これからよろしくね!」
生徒の心境としては『いやです』みたいな感じだった。
まあ、無理もないと秀星は思った。
(それにしても……なんだあれは)
雫が『持っている』もの。
おそらく、数多くの『呪われたアイテム』だろう。
本人の性格には残念ながら(?)全く関係がないようだが、あまりにも多くてわけのわからない感じになっている。
(本来なら、あそこまで大量のカースド・アイテムを持っていたら、正気なんて保っていられない)
呪いにも、身体に出るデメリットと精神に出るデメリットの二種類があるが、持っているほとんどは精神に作用するもののようで、目に見える範囲にはわかりにくい。
秀星でも、エリクサーブラッドをはじめとした『呪い無効』の要素が効いていなければ堪えられない量だ。
(だが、呪いを無効にするスキルは持っていないみたいだな。すべて、呪いは機能している)
わからない。
こんな存在は、秀星も見るのは初めてだ。
(厄介なのが入ってきたのは確かってことだな)
敵ではなさそうだ。
だが、味方として歓迎するべきかどうか、秀星は少し悩んだ。
「……?」
視線を感じた。
見ると、雫がこちらを見て微笑んでいた。
どうやら、すでにターゲットにされているようだ。
(……すでに手遅れじゃないか。勘弁してくれ)
秀星は溜息を吐きたくなったが、我慢した。
七割くらい本気で。