第三百三十六話
秀星がキャンピングカーの中に引っ込んだので、なんだか萎えた剣の精鋭メンバー。
来夏ですら『なんだかもう帰ろう』見たいな雰囲気を出し始めたので、そうなれば、もう帰る方向に話が進んで行く。
秀星が言う『反則』と言うものが何なのか。また常識がひっくり返るようなものが視られるということは分かるが、果たしてどのようなものなのか。
気になる反面、『なんだか面倒なことになりそうだなぁ』と思う部分もある。いつものことだ。
明らかに異常と言える現象を引き起こすことに関していえば、秀星も来夏も変わらない。
だが、圧倒的な違いがある。
来夏のそれはほとんどが『ギャグ補正』と言える何かで構成されており、基本的には来夏にしかできないものだ。
しかし、秀星が何かをやらかす時は、必ず技術的な何かが絡んでいる。
バールで空間を跳躍した来夏だが、さすがに場所を指定して移動することはできない。
だが、転移魔法を使う秀星の場合、ほぼノーコストに近いもので、タイムラグもなく、ほぼ一瞬で場所を指定して即座に跳べる。
言いかえれば、『一度やったことを何度でもできる』ということだ。
そんなことばかりしているので、『敵に回すとヤバイ』と本能に打ち込むわけだ。
現実逃避するものも中にはいるが、そんなことは秀星の知った事ではない。
まあそれはともかく。
多くのエルフは、壁を破られたことには驚いたが、壊れただけなら治せばいい。
壁の修復は最優先事項として扱われ、一時間もしないうちに元通りになった。
そして、多くのエルフは秀星たちが来たことすら知らない。
広場から離れたところにある壁をぶち抜いただけであり、溶断などもいろいろやっていたので音が非常に少ないのだ。
いや、溶断なので音は出るのだが、まあ単なる消音設定である。マシニクルなのでそれくらいできる。
おじいさんは単に散歩していただけだ。
重要なのは、ほとんどのエルフが、秀星の言葉を知らないということである。
そしてハイエルフのほうも、所詮人間如きに、みたいな思考が働いて、ハイエルフたちが住む豪邸区画まで戻ってくると、もう対応したことすら忘れている。
だが、終わらない今日はない。
来ない明日はない。
「ふああ……何もないようだな」
秀星たちに対応したハイエルフは、心の何処かに残っていたであろう秀星の言葉を思い出す。
朝起きて、別に不調はないと感じた。
「フン!所詮、人間ごときに何かができるはずもない」
そう言って、彼は窓を開ける。
いつもどおり、世界樹が見えた。
「何をしようと、世界樹がある限り、我々に敗北はないのだ」
ハイエルフの青年はそうつぶやくと、ソファにどっかりと座った。
次の瞬間、彼がいる部屋の扉が勢いよく開く。
作法も何もない突入に、ハイエルフの青年は眉間にシワを寄せる。
「なんだ。ここがどこかわかっているのか?」
「そ、それどころではないのです!壁、壁の上まで来てください!これは議長からの命令です」
そういって一枚の紙を見せてくる。
それは、確かに壁の上に来るようにという議長からの勅命書だった。
「議長命令ならば仕方がない」
相手も同じハイエルフであり、青年にとって反抗できる相手ではない。
身支度を整えて、青年は壁に向かった。
そして、驚愕することになる。
「……な、なんだこれは」
壁の外を見ることは基本ない。
もとより世界樹がある壁の内側が何よりも重要であり、そもそも下の方を見ればゴミの山だ。エルフたちの中では、誰も来ようとは思わない。
だが、最早それどころの話ではなかった。
ないのだ。
何もないのだ。
「大地が……消えたというのか?」
その時、杖を持ったエルフが走ってくる。
「しかもそれだけではない」
議長が言葉をかぶせてくる。
青年はピクリと頬を動かした。
「ま、まだあるのですか?」
「まだ気がついておらんのか?あの緑の世界樹。あれはハリボテじゃぞ」
「なっ……バカな!」
「嘘ではないぞ。試しに見てみるがよい。魔力が全く放出されておらん」
ハイエルフの青年は世界樹を見る。
もともと、体の外にある魔力を操作することに特化した種族となるよう進化してきた種族。
魔力の直接視認程度、苦ではない。
「そんなバカな……」
まったく魔力が放出されていない。
全く同じに見えるが、全く別物だ。
なぜ初見で気が付かなかったのか。
「い、一体どうしてこのようなことに……」
「調査班の話では、遠くの方に、三つの世界樹の反応を感知したらしい。我々は、切り離されたのだ」
「う、嘘です。そんな馬鹿なことが……」
切り離されたとしても、彼らは世界樹があれば問題がないと判断しただろう。
だが、その世界樹すらもうない。
「で、ですが、本物があるのです。一刻も早くそれを追えば……」
「どうやって追うというのだ」
「え?」
「もうすでに、ありとあらゆる資源は増えない。すべての家の魔法具の起動のための供給する魔力が多すぎる上に、密度を変えるほどの空気中の魔力すら存在しない。今までのような『快適な生活』ができないと、苦情が殺到しておる」
さらに言えば、世界樹の魔力があるため、燃費というものも気にしたことがない。
魔法具のレベルは他の地域より数段劣るだろう。当然燃費も酷いのだ。
議長は続ける。
「世界樹の魔力はなく、空気中の魔力も少ないとなれば、我々は、大規模な飛行魔法を使うことすら不可能。研究班が言うには、もともとの島まで移動することすら……いや、この空に浮かぶ島から、本当の大地まで安全に降りることすら不可能と言う話だ」
ハイエルフの青年は膝から崩れ落ちる。
「バカな。こ、こんなことができるはずが」
自分たちが最上位なのだと疑っていなかった。
だからこそ、上には上がいるといいながら、自分たちが見上げることはなかった。
自分にできないことが誰にもできないと、本当にそう思っていた。
「い、一体どうすれば……」
「すでに協議中だ。君たちのような若者を一時的に除外しているがね」
この場に及んで年功序列は消えないらしい。
しかし、議長の言葉が耳にはいらないことも事実であった。
★
とある少年は、メイドに言う。
『レベル10が最大だとするなら、レベル2ってところだな。やろうと思えば、島を上下逆さまにして海に沈めることも出来るし』




