第三十三話
今まで通りの運営が利かなくなった評議会。
その本部の奥底には、様々な保管庫や機密資料室が存在する。
FTRの襲撃によりそのほとんどは破壊されているが、最奥には、評議会が隠し続けてきた『保管庫』が存在した。
「……」
一人の少女がいた。ボロボロの貫頭衣を身にまとい、鎖でがんじがらめにされている。
長い間切っていないはずだが、腰あたりで長さが止まっている黒い髪。
紫色のメッシュが入っているのが特徴と言えば特徴。
そして、その鎖から繋がった様々な禍々しいアイテムたちが、少女の役目を示していた。
厳重に監禁するための拘束具も、扉を固く閉ざす錠前も、全てが魔法的に行われている部屋。
そんな中、少女はあることに気が付いた。
自分を縛る鎖が、その効果を失っていることに。
「……?」
少女は、長らく入れていなかった力を、ぐっと入れる。
すると、拘束具は悲鳴を上げて、砕けていった。
久しぶりに自由を取り戻した少女は、自分の視界を遮る目隠しをとって、自分が存在する部屋の様子を見る。
禍々しいアイテムたちが並ぶ中、少女は、その一つを手に取った。
黒い棺のようなもの。
それに手を振れると、部屋にあったすべてのものが、その棺の中に納まる。
「うん!これで出られるね。それにしても、私を維持できなくなったということは、評議会がどうにかなったのかな?」
少女の顔に、絶望も、失意も、怨念もない。
あるのは、好奇心だけ。
「まあいっか!さてと、この貫頭衣じゃちょっとまずいね」
棺の中から、マントやブーツを出していく少女。
中にはシャツもあったので、それらをとりだして着ていく。
「よし、ばっちり!」
黒や紫といった毒々しいというか闇っぽい雰囲気を纏う少女。
傍目からは何がばっちりなのかよくわからないが、本人にとっては良いようだ。
上機嫌で二本の短剣を両腰に吊って、扉を開ける。
「おー……かなりぶっ壊れてるなぁ……」
ここまで乗りこんできたと言うより、上で暴れすぎて下にまで影響が出た。と言うべきものだろう。
少女はブーツによって強化された跳躍力で、踏み場にできそうなところをピョンピョンと跳ねていく。
そうして跳ねながらいろいろと見ていくが、評議会の規模であることを理解し、そして、もうここが壊滅したことを悟った。
「ふーむ……評議会はもう実質的に機能していないのかな?だとしても、私を放っておくなんてひどいと思うんだけどね。ぷんぷん!」
誰かが見ているわけでもないのに、腰に手を当てて頬を膨らませる少女。
感情が抑えられない体質なのか、そういう性格なのか、それとも単なる演技なのか。
「くんくん……お、誰かこっちに来てるね」
おかしい嗅覚である。
というより、そこまで人の嗅覚と言うのは優れているものなのだろうか。
「敵っぽい臭いはしないなぁ。私の確認に来たのかな?」
敵っぽい臭いとはいったいどのようなものなのだろうか。
そんな疑問はさておき、少女はワクワクしながら、その人物を待った。
来たのは、まだ二十代半ばの青年。
落ち着いた雰囲気を持ち、黒髪を切りそろえている。
全身を黒で固めており、腰に刀を吊っているが、色々な部分の留め具、そしてアクセサリーとして、鎖が巻き付いているのが特徴。
青年が少女を確認すると、確認してくる。
「雫。で合っていますか?」
「うん。私の名前は雫だよ。お兄さんは?」
「私は茅宮道也。そうですね、評議会が壊滅したので……しがない喫茶店の店長兼フリーの魔戦士ですよ」
「なるほどなるほど」
雫は微笑む。
面白い人を見つけた。と言いたそうな雰囲気だ。
「それで、お兄さんは何をしに来たのかな?」
「あなたのことを知っていたことからなんとなく察していると思いますが、確認に来ました」
「だろうね。で、どうするつもりなの?」
「いえ、危険人物ならそれなりの対応をしようと思っていたのですが、頭のネジが外れているだけなので、問題はないと判断しました。出来る限り、普通の生活を送れる程度の便宜をはかるつもりですよ」
「もう、頭のネジが外れているだなんて、初対面の人に向かって失礼だよ?」
あえて言葉で表現するとするなら『ふんす』と言った感じで答える雫。
「話には聞いていましたがマイペースですね」
「私は夜行性だからね」
「関係ありませんよ。ちなみに今は午後二時です」
「ありゃ。真昼間だ。まあ、嘘だからいいけどね!」
えっへんと言わんばかりに大きな胸を張る雫。
道也は取り敢えず無駄な部分はスルーする作戦に切り替えたようで、本題に入った。
「あなたが望むのなら、普通の生活ができる程度の便宜は図りますよ」
「へぇ、お兄さんはそんなに凄い人なの?」
「凄くないわけではない。とだけ言っておきます」
道也の方もあまり大きなことは言わない。
とはいえ、雫もなんとなく察した。
「わかった。お兄さんの案に乗っかるよ。ただ、魔戦士としても活動できるとうれしいな」
「評議会に所属しない限り自称のようなものなので問題はありませんよ」
「むむ?私がやっていたことは結構かっちりしてたんだけどなぁ」
「それは十年ほど前の話ですね」
「あれま、十年も前の話なんだ。そりゃ常識も空気も変わるよねぇ」
うんうんと頷く雫。
本来なら困惑し、絶望してもおかしくはない状況で、全く悲観しないその精神。
天性のものであると同時に、変わることが無かったのだろう。
そう言う雰囲気だ。
「それじゃあ宜しくね。お兄さん」
「自己紹介した通り、道也と言う名前があるのですがね」
「むむ、こんな美少女にお兄さんと言われてうれしくないの?」
「そんな精神年齢は過ぎ去りました。それでは、地上に戻りますよ。というより、ここがどこなのかさっぱりわからないでしょうし」
「もっちろん!」
そう言って親指を立ててグッドサインを出す雫。
一体どこにそのサインを出す要素があるのだろうか。
「あ、そうだ。どうせなら、お兄さんの妹になるよ。戸籍的に」
「……本音は?」
「普段は喫茶店の手伝いをしてるって言い訳しやすいからね!」
「別にそれは構いませんが、あなたが厨房に立つことはありませんよ。雑用オンリーです」
「む。私の料理センスを舐めているね。黒焦げハンバーグとか毒みたいなカレーなら作れるんだよ!」
「壊滅的ではありませんか……」
ハンバーグにしたって、説明の通りにすれば大体何とかなる。説明書を疑うことなくきっちりすればいいのだ。せめて途中で確認くらいはするべきである。
カレーを作っている会社も、売れるものを作るために研究をしっかりしているので、箱の裏面に記載されている説明書の通りにやれば『普通においしい』と言える物を作ることは可能だ。
「とりあえず、料理に関しては私がやりますからね」
「あと、学校は通えるかな?」
「勉強できるのですか?」
「フフフ……無理!」
道也は『でしょうね』と言いたそうな表情で雫を見た。
「……かっこ2引く6足す3割る7かける2かっこ閉じるの0乗は?」
「えーと……えーと……答えは、そんなことを知っていたとしても社会に不必要であるということだよ!」
「……」
コミュニケーションが面倒になったような顔つきになる道也。
こんなバカが妹になる。
それは要するに、これからこいつに振り回されるということになるのだ。
(誰かに押し付けたい……)
だが、今度は自分にいろいろ振りかかりそうだ。
残念なことにカルマギアスが近藤葉月を抱えていた理由と同じだが、抱えているデメリットと放りだしたデメリットで、放りだしたデメリットの方が大きいとなれば抱えていくしかない。
友人からの提案でここに来た彼だが、かなり後悔し始めていた。
「最悪、魔戦士としても喫茶店としても稼ぎがあるので問題はありませんが、それでは高卒の資格すら取れませんよ」
「一夜漬けすればノープロブレム!」
「プロブレムオンリーの間違いでは?」
とはいえ、この議論をここでしていても仕方がない。
道也は肩をすくめた。
「まあいいです。まずは外に出ましょうか」
「うんうん!これから私の物語が始まるのだ!どんどんやっちゃうよ!」
そういいながら腕を上げてテンションを上げる雫。
道也は思った。
(主人公には……まあ、向いているような気がしなくもないような……いや、単純に迷惑なだけか)
結局思考を放棄した。