第三百十九話
緑の世界樹の上から、この世で最初のエルフであるハルヴェインは見下ろしていた。
視線の先では、高さだけではなく幅もある緑の世界樹を完全に囲うように壁を作り上げていくエルフたちが見える。
その目に狂いはない。
行動そのものはあきれ果てるほどのものだ。
第一、物理的な壁を構築し、そして今のハイエルフにできる程度の魔法的な処置を施したところで、ベストコンディションの世界樹など制御出来るはずもない。
これまで彼らがそれを可能にしていたのは、単純に世界樹の方が限界に近く、さらにリカバリー機能すら与えていなかったゆえに、その壁を無視するほどの力がなかったからだ。
しかし、もうそんな手は通用しない。
「……愚かなことになったものだ」
寂しい目をしながら彼らを見下ろすハルヴェイン。
昔……彼に取っての昔なので、人間には考えられないほど昔であることは間違いないが、昔の彼らはそうではなかったような、そんな目をしている。
「……世界樹など、もともと私たちエルフが支配出来るはずがないというのに、一度の成功にすがり続けて、こうして今もそれを続けるとはな」
「……今までそれで安泰だったからそうなるのが普通だと思う」
ハルヴェインが振り向くと、彼と同じように空中に立つ影葉がいた。
「影葉か……まあ、そう言われてしまうと私としても反論の余地がないのだがな……影葉は何歳だったかな」
「十四歳」
「そうか……私が言う昔と言うのは、もう数万年も前の話だ。その頃はまだ、このような愚かなことはなかったのだがな」
「なら、何か問題が発生したの?」
「そう……だな。その通りだ」
ハルヴェインは再びエルフたちを見る。
「恨みと言うものは怖いものだよ」
「?」
「恨みと言うものが一つあるだけで……そしてそれが膨れ上がり、人と言う枠から解放された存在となった場合、その矛先は『種族』に向けられる」
「じゃあ、今彼らがああやって頑張ってるのは、その『恨み』のせいなの?」
「そうだよ」
ハルヴェインは溜息を一つはく。
「……ところで、影葉は言語の違いにより発生する『呼び方の差異』というものを知っているか?」
「簡単に言えば、水は日本人にとっては誰が言っても『水』だけど、英語なら誰が言っても『ウォーター』になるってこと?」
「そうだ。そして、日本とアメリカが交わらない限り、『水』=『ウォーター』にはならないわけだ。だが、異世界においても、『水』や『ウォーター』という呼称が通じるのはなぜだと思う?」
「?」
「数々の世界を一つの塊と認識し、その中の一つ一つに対して、それらをつかさどる存在がいる。その存在が軸になることで、数々の世界の言語が統一される。というのが、英司様が出した結論だ」
「なるほど」
「それほどの超常的な存在なら、ありとあらゆることが可能だろう」
「要するに……昔のエルフは、『神に昇華する前の何かの恨みを買った』ということ?」
「そうだ。それが原因で、『高貴さ』や『尊さ』という概念が、本人たちの中で歪んでいる」
ハルヴェインは微笑む。
「変えてくれればいいのだがな……私にはできなかったから」




