第三百十五話
竜人族の大移動。
実際のところ。この一件は竜人族の状況を知る者にとっては驚愕すべきものだ。
圧倒的な戦闘力を持つ竜王を頂点として、政治・経済のいずれも管轄として運営出来る執事のシュレイオと、それに育てられた官僚や兵士たち。
供給と需要がそろっており、教育機関を揃えてしっかりとした倫理教育も行うことで、人族以外の種族では総合的に見て高水準な種族となっている。
そんな種族が大移動をした。
確かに、竜王による絶対王政とは言え、その竜王がもっとも頼りにしているのがシュレイオである以上、そう簡単には決まらないものだ。
だが、実際に移動した。
これに何も思わないのであれば、それは竜人族を完全に舐めているモグリだろう。
「世界樹の消失と同時期に発生した竜人族の移動。何かしら関係があるのは間違いない」
誰もが思うことだが、誰かが言葉にしたことで、それを信じるものはエルフの中にも多かった。
そしてその方角を調べて、調査した結果……。
「何!?緑の世界樹の魔力反応が感知されただと!?」
とまあこのように、実際にそれを感知するだけの技術は持っている。
今の世代は、通常のエルフよりも長く生きるハイエルフであっても、生まれた時から世界樹と共にいるほどだ。
文字通り、実家のような安心感を感じる魔力を放出しているのである。
そして、緑の世界樹が感知された。というだけでは、竜人族が来たと言う理由が分からない。
もちろん、彼らはさらに驚愕することとなる。
「緑だけではなく、白と黒まで集まっているだと!?」
正直、意味が分からない。
だが、緑の世界樹がある以上、目指すべきだということは、誰も反論しない。
流石に傲慢だとかプライドが高いとかいろいろ言われるエルフであっても、『世界樹があると分かればこちらにもって来ればいい』などと言う馬鹿げたことを言うものはいなかった。
そして大移動である。
エルフは魔法に長けた種族。
しっかりと荷物をまとめて、そして飛行魔法を使って世界樹を目指す。
飛行は可能だがさすがに世界樹まで一息とは行かないので、近くまでは船で移動する。
……なお、ここで多少の問題が発生した。
魔法社会に絡んでいる要素は、基本的に公にはできないものだ。
沖野宮高校は魔法学校と化している部分はあるが秘匿性の高い部分はあり、そして生徒達もそれに同意している。
もちろん、秀星も守っている。
だが、エルフたちはそのあたりを何も守っていなかった。
最大限の隠蔽魔法を使って移動していた竜人族たちでさえ、シュレイオがあらかじめ、移動に必要なルートでの事前報告をしっかりと行ったうえで、時間通りきっちりと渡っていた。時間の都合の問題でアトムに報告が入っていなかったようだが。
もちろん対応金を渡している。
動くにしても動かされるにしても、タダではないのだ。
一般漁船に発見されそうになって一時期パニックになりかけたが、このあたりは最高会議から人が派遣されてことを収めた。
エルフたちは『世界樹があるのだから目指すのは当たり前だ』と言い続けるだけで反省すらしなかったが、最高会議から派遣された隊員は、『まあどうせこう言った連中は秀星を怒らせるだろうし、その時たっぷり痛い目にあってもらおう』という黒い感情が爆発したので何も言い返さなかったが。
そんな言い返さない対応に特権を感じているエルフ。という構図まではもうもはやお約束である。
実際のところ、隊員たちは脅威だと感じていなかった。
世界樹の傍で生きて、そして魔法を扱うことに長けている種族。というと確かにすごいものに聞こえるが、言いかえるなら、彼らは『体外に存在する魔力の操作に長けている』と言うことでもある。
体内に存在する魔力を操作することをあきらめ、体外に存在する魔力を操作することに特化した彼らは、確かに地上では強い。
だが、その地上の魔力が反映されない独自のルールが存在するダンジョンには潜らない。
他種族との対応を任される隊員は、それを良く知っている。
だからこそ、世界樹がそばになく、ここまで乗りこんできた彼らを、あまり脅威だとは思っていなかった。
アトムから『単純に住むだけなら、基本的に大きな義務は発生しないと秀星が言っていた』と報告を受けている隊員は、秀星に報告することなく、護送機に彼らを乗せて緑の世界樹まで飛んだ。
勝手に飛ばれて問題が増えたらたまったものではない。ということもあるが。
……ちなみに報告はしていないが、運転手全員が、自宅の屋上に立った秀星と目が合って、一瞬運転が狂ったのは秘密。
とりあえずこうして、彼らは緑の世界樹のそばに降り立った。と言うわけだ。




