第三百十四話
「我からは、一つ。君に聞いておきたいことがある」
アークヒルズは、呟くようにそう言った。
「なんだ?」
「君は、我々が世界樹のそばでの居住権を獲得したいと言ったとき、対価を求めなかったそうだな」
「ああ。そうだったな」
「何故?」
「……」
秀星はアークヒルズの何故と言う問いの真意をうまく掴みながら考える。
そして、口を開いた。
「俺は、世界樹のそばにいるということだけだと、それは単なる『権利』であって『特権』だとは思ってないんだよ。俺はね。『権利』には『義務』が生じて、『特権』には『対価』が伴うって考えてる」
そう言って、アークヒルズを見る。
「だから俺は、単純にそばで住みたいって言うのなら、『権利』だと判断して、義務しか与えなかった。義務って言うのはね。俺が与えるのであって、あんた達が何かを俺に払うわけじゃない」
「なるほど……それは要するに、世界樹にかかわることで、『特権』に該当する何かがあるということだな」
「言いかえるならそんな感じだ。そしてその『特権』の内容は当然、世界樹が直接俺に与えている物を、アンタたちがほしいと思った時だ」
世界樹は様々なものを生み出しているが、そのすべてを秀星に送っているわけではない。
選んだ上で、秀星に渡している。
アークヒルズは頷いた。
「……なるほど、君には君の価値基準があるということ。そして、君が管理する以上、世界樹もまた『システム』として成り立つ。と言うことは理解した」
あえてアークヒルズは、『平等』という言葉を使わなかった。
目指すべきであって、誰も正解を知らないそれを、アークヒルズは求めたりはしない。
強者だからと言って、評価されるに値する存在だからと言って、享受できるとは限らない。と言うことを知っている。
だからこそ、『平等』という言葉を使わない。
「それ相応にいろいろ見てきたのはお互い様か」
「おそらく、質のレベルで言えばお互い変わらんだろうな」
秀星の呟きにアークヒルズは不敵な笑みを浮かべて応える。
「我がもし、誰の責任も負わない立場であるなら、君の下についていきたいと思えるほどだ」
「残念だが、俺はあんたはいらんな」
「だろうな。君は『視野が狭い者』を評価しない。我の視野の広さは、君が評価するに値しないということなのだろう」
方や、真理に近い十の神器を持つ少年。
方や、天翔る最強種族を束ねる竜王。
価値観が違うことは当然として、『どんな常識に支配されるのか』が大きく異なる。
そして、アークヒルズは既に、もう今から視野を広げることができるほどの柔軟性が、頭の中で消えかかっている。
目の前にあるものから目を背けるほど愚かではないが、過去も未来も比較できなくなってきている。
おそらく秀星の下に付いたところで、『視野が広がる可能性』は低い。
確かに、すごいものが視られるだろう。自分が考えもしなかったものを感じられるだろう。
だが、見るたびそこで止まってしまう自分を、秀星が評価するとは思えないのだ。
「残念なことだ」
「まあ仕方のないことさ」
秀星はクックックと笑う。
「ちなみに、君を雇うとすれば、一日でどれくらい払わなければならないのだろうか」
「さあ?別に本気を出さなくても、一日で一億とか二億稼げるからな。俺のその時間を使うって言うのなら、本気出したら最低でも稼げる金額、三億以上はもらうぜ」
「呆れた数字だ」
「これでもまだ『自分が稼げる金額』で我慢してるぞ」
「なるほどな。そして君に取って、『剣の精鋭』というのは、それほどの価値があるというわけか」
「そうだよ。八割くらいリーダーだけどな」
「それもまた呆れた数字だ」
アークヒルズは、秀星が来夏をどれほど評価しているのかについての数字で呆れた。
人にそれほどの評価が付くことなど、ほぼあり得ないだろう。
「大きく価値基準が違うな」
「だろ?俺を上司にしたいか?」
「遠慮しよう」
アークヒルズはあっさり降参した。
敵にまわしたいとは当然思わない。
だが、自分の上に据えておきたいかと言われると、振り回されそうで嫌。
それが朝森秀星と言う男である。
(父親に似たな)
アークヒルズは、秀星を見ながらそんなことを思うのだった。
これ以上話したとしても、もう意味はない。
お互いにそれを察したこともあって、それ以上、彼らの会話が続くことはなかった。




