第三十一話
評議会の仮設本部は地図にも載っていない島である。
とはいえ、あまりにも小さい島だと地図には載っていないことは別に珍しくはないのだが、評議会の仮設本部と言うだけあって規模は大きい。
だが、島である。
入るためには船や飛行機を使ったり、秀星のように海を走る必要がある。
当然、偵察にもそれ相応の準備が必要になるわけで。
「……敵対しなくてよかった。本当によかった」
そんな偵察船の上で、簔口亮介は望遠鏡で秀星と魔竜の戦いの様子を見ていた。
召喚結晶は自分で用意したものだ。
秀星に会った時点で通用するとは思っていないわけだが、それでもどこまでやれるのかどうかが気になるのは事実。
「赤子の手をひねるように戦っているな……と言うより戦っているのか?召喚結晶のデータそのものは五年前のものを持ちだしたものでしかないのだ。最新技術に及ぶとは思っていなかったが……」
少々複雑である。
「あ、ついに剣を持ってるのに蹴り始めた。どんな膂力をしているんだあの化け物」
膂力がありすぎるゆえにいろいろと適当になっている気がする。
「まあそれ以上に気になるのは……」
魔竜が移動したことで、仮設本部そのものに被害は今のところない。
ほぼほぼ壊れているのでどのみち使えないが、『逃げるなら今のうち』と言う状況だ。
それはいい。
簔口が見ているのは、そのすぐそばにある装甲車。
大統領でも中にいるのではないかと思うほど高級感あふれるものだ。『VIP用装甲車両』と言えばわかりやすいだろう。ただ、明らかに動揺している。
「ドヤ顔で登場しようとして、ハプニングが起こってどうすればいいのかわからなくなったようだな……私も若いころはあったなぁ」
その頃は、恩師が助けてくれたものだが、その恩師も、もうこの世にはいない。
若いころの自分を思いだして感傷に浸る簔口。
「あ、秀星がついに剣を思いっきり振ったな……ん?傷が全くないのはどういうことだ?」
魔竜を三体とも切った秀星だが、魔竜の方に傷がないのだ。
いや、秀星に遭遇した様々な犯罪集団はそう言った感じになっていることが多いので、別に珍しいことではないのだが、この戦闘では最初からそのようなことはしていなかった。
そう思った簔口だが、急に魔竜が秀星と戦うのをやめた。
「……もしや、隷属状態と言う状態異常そのものを斬ったのか?」
召喚結晶を実際に完成させた簔口だからわかる。
本来、上位の存在と言うのは、下位のもの達の言うことは聞かないし、そもそも興味などないことが多い。
魔竜の召喚結晶は、召喚には本当の意味で膨大な魔力を消費するものの、長期間の運用が可能となる。
簔口は、コスト以上のリスクがあることはしない主義だ。
それ相応にコストを抑えている。
それでも、隷属状態でなければ制御はできないが、そもそも、隷属状態にできるような精神的に甘いドラゴンが人をそこまで興味を持つかどうかと言う話だろう。
文献を引っ張りだしたが、得にそう言う記述はない。
「隷属状態でなければ、人を襲うことすらなかったのは認めよう。ならば、今戦っていないのは、『命令される立場ではないから』か」
膂力もそうだが、持っている技術の量と質がすさまじい。
少なくとも、自重と言う言葉が行方不明だ。
「おいおい、何かよくわからない箱から食材をとりだして、調理しはじめたぞ……うわ、なにあのステーキ。めちゃくちゃうまそうだな」
何をとち狂ったのか、料理を振るまいだした秀星。
魔竜たちは上機嫌でそれをがつがつと食べる。
人間にわかる発声器官を持っていないので、魔竜たちが何を言っているのかはわからない。
だが、ものすごくおいしそうなのはわかる。
「周りにいる野次馬がものすごく食べたそうな顔をしているな。まあ、竜がいなければ何とかなったと思うが、あれは無理だろうな」
秀星は、魔竜に魔法をかける。
三体の魔竜は体が光った後、秀星に礼を言って、大空に旅立って行った。
「……え、何処に行ったんだ?」
候補としては魔獣島だが。
「まあいいか。それで、秀星は次に何を……あ、装甲車のところにいったか」
簔口はもう、何を言えばいいのかわからなくなった。
「はぁ」
溜息を吐いた後、スマホを操作して、帰還命令を出す。
数秒後、船が動きだした。
簔口は船内食堂で何かを食べることにした。
すると、若いスーツ姿の男性が話しかけてくる。
七三分けと銀縁眼鏡と言う、役員感があふれている。
簔口の部下、敷島零士である。
「支部長。このタイミングでの帰還命令はどういった意図が?」
「もういいものは見られないだろう。それに、私が知りたかったのは、魔竜が秀星に通用するかどうか。ということだけだ」
プラチナランクを倒せることは分かった。
マスターランクになるような化け物なら魔竜を倒せるだろう。
秀星のように圧倒的なものになるのかどうかとなると、話は別だが。
「あの少年。すさまじい戦闘能力でしたね」
「ああ。絶対に敵にまわすなよ」
「無理ですよ……私だって死にたくありませんから」
犯罪組織の役員なので、時に冷酷であり、残酷であっても、人間である。
まだ死にたくはない。
「ただ、私はそれが気になっている訳ではないのです」
「では、なんだ?」
「評議会の仮設本部の壊滅。これは要するに、継続するために奴らが必死になって集めたものがなくなるということになります。実際、本部の大きさは小さなものでした。本当に、無駄なものは置けないレベルでしょう」
「ふむ……実質的に継続は不可能。まあ、まだ残っていると言いだすだろうが、通常業務すらもままならんだろうな。で、お前が言いたいのはその先だな?」
「はい。もしも評議会が壊滅していた場合……『あの少女』を見るものがいなくなりますが……」
「……そういえばあったな」
零士の言葉にあることを思いだす簔口。
どうやら、まだまだ問題はあるようだ。